2013年06月29日

僕と女性向三国志の世界のお話。

(もともとリプライのつもりで書き始めましたが、長くなりすぎたのでブログ記事にしました)


僕が見ていたのは主に12〜6年前ぐらいかと思います。当時はBLなんて言葉を聞くことは少なく、女性向という遠回しな言葉が使われていることが多かったですね。もっと直接的な表現としては「やおい」もありましたが、あまり使われていなかったような。

一番最初に偶然見かけたのは荀ケ×徐庶っていうレアなCPでした(たしか「笛吹堂」っていう、郭嘉×曹操が中心のサイトでした。このCPは火葬と略すのが一般的でしたかね)。最初の頃は何のことかわからず、「房中術って何だろう?」みたいな感じだった気がします。

だんだん意味がわかってくると、歴史系裏電網探索とかでそっち方面のサイトをめぐるようになっていました。当時の鉄板人気は惇兄×曹操(遁走)と曹操×荀ケあたりだった気がします。

当初は魏、特に荀ケを中心に見ていたと思います。魏では後に、鍾ヨウ×荀攸っていうCPが好きになりました。荀攸がなぜかドSの鬼畜だったり、ほんわか癒し系だったり、実にいろいろでした。

当時の潮流としてはだんだんイッヒが盛り上がるようになってきていて、僕も「月下庭園」「花天月地」「Dark Side of the Star」などのサイトをよく見ていました。イッヒや郭嘉×陳羣人気の周辺で、呉質×郭奕なんてマニアックな人たちも注目されていましたね。

蜀のほうはあまり見ていませんでした。馬超、劉備、諸葛亮あたりに興味がもてなかったので、CPが限られてしまったせいかもしれません(関羽や張飛は髭キャラなせいか、やおい人気は薄めだった記憶です)。それでも姜維や趙雲の周辺で少しは読んでいました。

無双系もあまり見ていなかったので、僕はよく知らないかもしれません。中国演義遊戯(三國無双解体新書)の投稿小説のコーナーとかである程度雰囲気は掴んでいましたが……。個人サイトでは無双準拠とそうでないものを分けているところが多かったですね。

中学生の頃に僕の興味はだんだん呉に移っていきました。特に女性向ではなかったですが「江東の空」「雨天好日」というサイトがお気に入りでした。呉ではやはり周瑜人気は圧倒的で、策瑜や瑜策が中心でしたが、周瑜総受け状態になっているものもよくありましたね。

僕は興味がなかったのですが、甘寧×凌統あたりの人気も根強かったですね。僕が見ていたあたりでは、孫河や呂範がけっこうスポットライトを浴びていて、CPに組み込まれていました。

僕が見ていた頃は、イッヒと並ぶくらいに、孫権人気が高まってきていた時期のような気がします。僕も「ONE STEP」という策瑜メインのサイトで権陸SSを見かけたあたりからか孫権にハマっていきました。

最終的には僕は孫権の学友である朱然に魅力を見出し、孫権×朱然というCPに至りました。このCPを扱っていたサイトは本当にごく僅かでしたが、脳内補完で楽しんでいました。この2人に陸遜、胡綜、周瑜あたりを加えた人間関係が一番お気に入りでした。

あと全体的には、国や勢力を越えたCPがけっこう多かったのが印象的でしたね。僕はそういうものをイマイチ理解できなかったのですが、まったく会ったこともないはずの2人がCPになっているものが多くて面白かったです。

ひとまずこのへんで。
posted by おりあそ at 02:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする