2011年10月22日

終番レビュー【Steins;Gate】【花咲くいろは】【うさぎドロップ】【ロウきゅーぶ】【NO.6】

【Steins;Gate】 7点
 最も安定して面白かった作品。毎週楽しみにしてました。



【花咲くいろは】 7点
 この作品を語るにあたっては、まず映像の美しさに言及しないわけにはいきません。P.A.Worksはもちろんですが、背景を担当したスタジオ・イースターの花いろ班も大いに評価されるべきでしょう。手描きからデジタルへの移行により、特に時間的制約の厳しいテレビアニメにおいては背景の質が飛躍的に向上していますが、本作品はその最先端にあり、一枚一枚が絵画として飾りたくなるような美しさでした。とてもよく自然に動くキャラクターなども併せて考えて、映像のレベルにおいて現時点ではテレビアニメ史上最高の作品だと言ってもいいのではないでしょうか。

 一方、ストーリーはシリーズ構成の岡田磨里の作家性が強く出たものとなっていました。緒花の感情が溢れ出すシーン、特に第12話の夜雨の中を駆けるシーンや、第24話のグローブジャングルを回すシーンなどは、マリーならではという印象を受けました。


 以下、輪をかけて適当でいい加減な思いつきを書いてみます。『いろは』のストーリーは全体としてみれば、少女が親元を離れて修行して帰ってきたら成長して恋愛ができるようになっていた、っていう超王道ストーリーだと思うのです。例えば『千と千尋の神隠し』であり、例えば『ブレイブ・ストーリー』ですよね。緒花を大人として扱い、その一方で年功序列的であり、わりと性差別的でもあり、厳しい試練を与える、という喜翆荘での経験は、緒花にとって現代版イニシエーションのようなものだと言えるでしょう。そしてイニシエーションを通過したら大人の女性になるわけで、恋愛ができるということですね。それに、“大嫌いだった、ドラマのない街”に戻っても、目標を持って生きていけると。たぶん一番わかりやすい例は『千と千尋』で、それまでの「千尋」という名前を奪われたり、劇中のある場面で初潮を迎えていたりと、イニシエーション的なものをけっこう意図して作っているのだと思うのです。

 こういったものはそのまま表現すると、辛い仕事をしたり苦行に耐えたりと、あまり見たくない作品になってしまいがちです。実際『いろは』も“社畜養成アニメ”とか言われてましたし、そういった点で見るのをやめてしまった人も多いでしょう。ということで、これをもうちょっと楽しい感じに加工することがあるわけですが、そうすると魔法少女ものの王道的ストーリーの骨子というものができてきます。

 『セーラームーン』シリーズをはじめ数々の魔法少女ものを手がけてきた佐藤順一氏は、魔法少女もののセオリーとして「最後には魔法が使えなくなってしまう」ということを言っています(『オトナアニメ』Vol.20)。あるいは、魔法のペットとのお別れも定番です。『ストライクウィッチーズ』では年をとると魔法力が消えてしまうわけですし、『魔女の宅急便』ではキキが成長して(生理が来て)ジジ(黒猫)の声が聞こえなくなるわけですよね。魔法の力を失うこと、魔法のペットと別れることは、主人公が現実世界に還らなければならないことを意味します。日常に始まり、非日常を経て、日常に終わる。魔法を使える時間(非日常)の間には試練があって成長があります。そして、物語の最後には魔法は使えなくなってしまい、昔と何一つ変わらない現実世界に戻ってきてしまうけれど、主人公の内面には確かな成長があって、その強さを得た主人公はこれからもがんばっていける、というわけです。魔法少女ものの王道中の王道と言われた『ジュエルペットてぃんくる☆』にはこのようなストーリーの骨子が実によく表現されていて、涙無しには見れません。魔法少女じゃないけど『ブレイブ・ストーリー』もまさにこんな感じですね。

 ちなみに、この類の作品では、作品の一番最初と一番最後によく似たシーンがあることも多いと思います。例えば『魔法少女リリカルなのは』第一話と最終話の両方に、布団の中のなのはが鳴り出した携帯を取ろうとして、ベッドから落としてしまうシーンがありましたね。2つのシーンはとてもよく似ていて、そのためにその2つの間の決定的な差――なのはの内面の成長――に気付くようになっているのです。

 まぁ、もう『いろは』と全然関係ないところまで話が脱線してしまいましたので、このへんでおしまいとさせていただきます。



【うさぎドロップ】 6点
 これは素晴らしい癒しアニメだなーとかでもこれは子育てファンタジーであって子育てものではないんじゃないかなーけっこう不自然なとこあるしとかいろいろ考えてたのですが原作の結末を知ってしまってもう何もかも吹っ飛んだ感。しかしアニメ版にもしっかり伏線は張られていて、原作の結末を知ったことで、なるほどそういうことか言われてみれば確かにといった感じでアニメ版が整合性の取れた脚本に思えてきたのです。



【TIGER & BUNNY】 5点
 以前に記事書いたので省略。



【ゆるゆり】 4点
 同じく、以前に記事書いたので省略。



【ロウきゅーぶ】 3点
 もっかんとセックスしたくてしたくてしょうがない病



【NO.6】 2点
 最終回が明らかにヤバい。これは何かを物凄く間違えている。最終回だけが、原作既読の僕にも理解不能であり、たった一話だけで作品全体の完成度をぶち壊しています。

 実のところ、第10話までのアニメ版脚本は原作より良かったと思うのです。わかりにくいところはあったかもしれませんが、前半は原作にほぼ忠実であり、後半は出来事の順番を変更したり、無駄な部分を大幅に削ったりして原作後半のテンポの悪さが改善されていました。また、原作では殆どかませ犬に過ぎない沙布をしっかり引き立てたのは、男性視聴者を離さないようにという判断なのでしょうが、間違いなく物語を面白くしていたと思います。第10話までの脚本に文句はありません。

 ところが最終回だけは原作を無視したオリジナルストーリーであり、しかもそれが全く意味不明です。NO.6の各所から謎の黄色い光が飛び出し何かが起こっている、紫苑撃たれて死ぬ、沙布降臨、紫苑生き返る、楊眠いつの間にか死んでる、などの改変はする必然性もないし、というかもはや話がつながっていません。原作通りの結末をやろうとするともう一話分尺が欲しいのは確かですが、だったら第10話までの展開をもう少し急ぐべきでした。それができないならシリーズ構成という役職は何のためにあるのでしょうか。

 作品全体が酷かったのではなく、最終回以外の全ての回は十分良質であるにも関わらず、最終回だけが圧倒的にクソだという点で、NO.6最終回「伝えてくれ、ありのままを」は悪例として後世に語り継がれるべき存在だと考えます。

posted by おりあそ at 19:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/231645908

この記事へのトラックバック