2015年06月23日

アイドルはなぜ魅力的なのか? あるいは、劇場版『ラブライブ!』はなぜ失敗作なのか。

劇場版『ラブライブ!』の中盤で、μ'sは重大な選択を突きつけられる。3年生の卒業をもってμ'sとしての活動を終了するのか、それともμ'sを続けるのかである。穂乃果は逡巡の末、μ'sが「スクールアイドル」だから、という理由で活動を終えることを宣言する。この瞬間から突然、今まで大して重要な意味を持たなかった「スクールアイドル」という言葉が物語のキーワードとなる。穂乃果は「スクールアイドルの未来」のために各地のスクールアイドルを招集、スクールアイドルだらけの一大フェスティバルを開催し、そこをμ'sのラストステージとするのであった。こうして劇場版『ラブライブ!』は――言い方を変えればTV版第1期以来のアニメ『ラブライブ!』は――、名も無きスクールアイドル大集合のお祭りをもってその幕を閉じた。

しかし、アニメ『ラブライブ!』のラストを飾るイベントが、このようなものであっていいはずがないのである。

問題点を明確化するために、3年前に現実世界で開催されたあるライブイベントと対比してみたい。それは「ゆび祭り 〜アイドル臨時総会〜」といって、普段はライバル同士である人気のアイドル10組が一堂に会し、次々にライブを行うというイベントであった。このイベントが話題となった最大の理由は、指原莉乃という当時AKB48で人気を急上昇させていたメンバーが自らプロデュースをしたことにある。つまり「ゆび祭り」は、μ'sが企画してライバルであるスクールアイドルを集めた、劇場版のクライマックスを飾ったあのお祭りと非常によく似たイベントだったと言えるだろう。

実は「ゆび祭り」は感動的なイベントであった。それは何故かというと、指原莉乃というアイドルの人生物語を象徴するイベントだったからである。もともと指原は故郷の大分県において、熱狂的なアイドルファンとして育った。モー娘の全盛期に小学生時代を過ごし、様々なグループのライブに通い詰める重度のアイドルオタクになったのだ。そしてアイドルへの憧れが高じて上京、自分自身がAKBのメンバーとなり、ブレイクを果たしてこのようなイベントを企画できるほどの地位に登りつめた。つまり「ゆび祭り」は、指原のアイドル愛が余すところなく表現されたイベントであり、アイドルオタクの成り上がりストーリーを体現したからこそ、感動的なイベントだったのである。

では、アニメ『ラブライブ!』のストーリーを締めくくったあのお祭りは、どのような物語性を内包していたのだろうか。筆者の考えでは、残念ながら「どのような物語性もない」のである。あのお祭りでは、「スクールアイドル」がキーワードになっていた。しかし今までの『ラブライブ!』で、「スクールアイドルはいかにあるべきか」とか「スクールアイドルの未来」とかいったことが主題になったことは一度もない。穂乃果たちは、今まで他の(A-RISE以外の)スクールアイドルのことなんかちっとも考えてこなかったのである。最後の最後になっていきなり《スクールアイドルという問題》を提示されても、あまりにも唐突だと言わざるをえない。

今回の劇場版ラブライブ!でとにかく目につくのが、このように行き当たりばったりで物語の流れを無視したストーリーである。映画の前半では、脈絡の無い強引な展開でニューヨークに行くことになるが、そこで何かを得ることはなく、後半ではまったく無関係なストーリーが始まってしまう。後半のストーリーから逆算すれば、前半では「スクールアイドル」の問題が提示されていたり、μ's活動終了への伏線が描かれていたりしなければならないはずだが、そういったことは全然なく、ライブ場所を求めて街を探検したりアメリカ人と交流したりするだけである。また、ニューヨークで迷子になった穂乃果は、彷徨っているうちに一人の女性シンガーと出会い、ホテルまで連れ帰ってもらう。この女性シンガーにはいろいろと不思議な点があり、穂乃果以外のμ'sメンバーには見えないなどの設定があるため、「未来の穂乃果」だというのがネット上では最も有力な説である。この女性シンガーは帰国後にも一度穂乃果の前に現れるのだが、それっきりストーリーからは退場し、穂乃果に思い出されることもなく、謎も一切明らかにならない。映画のキーパーソンであるかのように登場しておきながら本筋にはちっとも絡まないというこのキャラクターは、何のために出てきたのか本当に謎なのである。他にも、映画冒頭で描かれる、穂乃果が水たまりを飛び越えるという過去エピソードがこの映画のストーリーに全然そぐわないなど、とにかくこの映画の脚本はいたるところが継ぎ接ぎだらけの雑なものであり、一貫したテーマがないので物語性を感じられない。「物語性がない」と言うと、『けいおん!』なんかの例を持ち出してくる人がいるかもしれないので予め書いておくと、『けいおん!』にはストーリーはない(大したことは起きない)が、物語性はある(一貫した主題がある)。それに対して劇場版『ラブライブ!』には、ストーリーはあるが物語性がないのである。

さて、劇場版『ラブライブ!』は以上のように脚本に重大な瑕疵を抱えているにも関わらず、この劇場版が良かったという人々の多くがこのことを大した問題ではなかったと考えているようだ。ここがポイントである。もし以上で挙げたようなことがそもそも物語上の瑕疵ではないと言うのなら、それは根本的なセンスの違いだからどうしようもない。しかしそうではなく、瑕疵だとは認めつつもそのことによってこの映画の価値が損なわれないと考える人々が多くいるという、その点にこそ本質的な問題がある。なぜなら、これほど重大な物語的欠陥を目にしておきながらそれを大した問題ではないと言うのは、「アイドルアニメなんだから可愛ければそれでいいじゃん」「百合さえあればなんでもいいじゃん」という物語性軽視の態度に他ならないと考えられるからである。

『ラブライブ!』はTVアニメ第1期以来2年半のあいだ爆発的に人気を拡大し、日本の二次元コンテンツを代表する作品の一つにまでなったが、残念ながらそれと同時に、物語性をひどく軽視するファンを増やしてしまったように思う。そういった人々は、μ'sを一方的かつ即物的に消費するだけであり、μ'sのメンバーに共感したり、あるいは彼女らから何かを学んだりしようとするチャネルを持たない。そしてそういった人々の消費態度は、実際に『ラブライブ!』の作品そのものに反映されるようになってしまった。その結果がこの劇場版における脚本の崩壊だと考えられるのである。

たしかにμ'sのメンバーは二次元のキャラクターであり、実在する人物ではない。しかし、雑誌連載時代のファンは彼女らがまるで生きている人間であるかのように交流し応援してきたのではなかっただろうか。もちろん本当に生きているわけではないと知りつつも、それでも彼女らの人生を共有できると信じる真摯な姿勢、それこそがTV版第1期の物語を生み出した原動力であったと思う。劇場版の脚本では、そのような真摯さはすっかり失われてしまった。μ'sのメンバーはこれまでどのような人生を歩んできて、どういう動機でμ'sに参加し、何を考えて今まで活動してきたのか、そして今後はどうするつもりなのか。それらのことを踏まえれば、μ'sはどのような結末を迎えるのがふさわしかったのか。そういったことを真剣に考えた上で脚本を練り込んでほしかった。

アイドルは単に華やかに笑顔で歌って踊っているから魅力的なのだとか、メンバー同士仲睦まじく百合的関係性を構築しているから魅力的なのだとかいうのは、それぞれ一つのアイドル観であるし、それ自体が悪いわけではない。しかし、アニメ制作陣、つまりアイドルを生み出す側の人間までそのようなアイドル観に染まってしまってはならなかった。アイドルにはそれぞれの人生があり、物語性があるからこそ魅力的なのだ。そのことをわかってほしかったと思う。


 = = = = =


以下では、以上で書いてきたのと本質的には同じことを別の観点から論じてみたい。それは、キャラクター描写という観点である。

これは『ラブライブ!』がTV版第2期以来ずっと抱えている問題なのだが、このアニメの制作陣は、穂乃果以外のメンバー8人を脚本のレベルで真剣に描き分ける気がなくなっているのである。第2期第5話、第8話などの一部の例外を除けば、ことり、海未、花陽、凛、真姫、にこ、絵里、希の8人は、要するに「その他大勢」であって、本質的に異なる行動を取るわけではないのだ。

この問題を理解してもらうために、今度はTV版第1期最終話を思い出してほしい。この話数では、穂乃果がアイドルを辞めると言ったことでμ'sが休止に追い込まれた状況において、メンバーたちがそれぞれに異なる行動を主体的に起こしていた。たとえば、にこは凛と花陽を説得して3人でアイドル活動を継続し、花陽は穂乃果を自分たちのステージに誘い、絵里は穂乃果に導きを与えた。こういったそれぞれの行動は、それぞれの人間性をよく表している。そしてこういった行動は結果として結び付きあい、連鎖してμ'sの復活につながる。だからこそこの復活劇は感動的なストーリーなのである。

それに対して、劇場版『ラブライブ!』で穂乃果以外のメンバーがストーリーの本筋に絡む主体的な行動をすることはない。肝心のμ's活動終了問題に際しても、それぞれのメンバーがそれぞれの思考で異なる行動をとるどころか、穂乃果が結論を述べた途端、ことりの「想いはみんな一緒のはず」などというセリフで全員一緒くたにされてしまう(この同調圧力、真剣に怖いし、これが肯定的に描かれているのがもっと怖い)。第2期以来ずっと、彼女らの役目は穂乃果が下した決断に「さすが穂乃果」と言って従うことになっているのであるが、これはただのマシーンであって、人間ではない

このように8人のメンバーの主体性が奪われてきた一方で、それと反比例するかのように各メンバーの薄っぺらいキャラ付けは強化されてきた。たとえばこの劇場版において花陽が最も目立つシーンは、花陽がいつも通りにお米キチガイであるということがこれでもかというぐらいにしつこく描かれるシーンである。この劇場版において、花陽がどういう想いでアイドル活動をやっているのかとか、メンバーとのあいだにどんな新しい人間関係が生まれたのかとか、そういうことは全然描かれない。その代わりに、とにかく花陽はお米が大好きで白米が食べられないと気が狂ってしまうほどだということだけが強調されるのである。端的に言って、この映画を作った人たちは小泉花陽をバカにしているのではないかと思う。

キャラ付けにおいては現実のアイドルだってそんなもんじゃないかと思う人がいるかもしれないが、そうではない。たとえば、いつもカメラ目線を絶やさず満開の笑顔で視聴者にアピールする「まゆゆ」という優等生的キャラクターがなぜ魅力的なのか。それは、ファンがそこに渡辺麻友の野心の大きさと意志の強さ、そして完璧なアイドル像への執念を見て取るからである。スキャンダルで名を売ったり、アイドルの殻を破る破天荒な行動を取るメンバーたちが人気を集めるなかで、それでもなお自分が信じた理想のアイドル像にこだわり、それに徹しようとしている。アイドルとファンの距離がぐっと縮まった現代において、完璧なアイドルを演じ続けることの困難さ、時代遅れさを自覚しつつも、それでもなおその道を貫こうとしている。その職人気質、ストイックさ、生き方が人を惹きつけるわけである。このように、アイドルのキャラ付けは表面的にわかりやすいものであると同時に、その人の人生や信念と深く結びついたものでもあるからこそ、見る人の心を惹きつける。アイドルは人間だからこそ、魅力的なのだ

翻って劇場版『ラブライブ!』において、我々は花陽の白米キチキャラに何を見ればいいのか。あるいは、一様にニコニコとして歌い踊るμ'sの9人のその笑顔の裏に何を見られるのか。それこそが問題なのだが、今の制作陣にそのような問題意識はまるでないようで、判で押したような浅薄なキャラ付けを毎度繰り返すばかりである。もちろん、判で押したようなキャラ付けが普遍的に悪いと言っているわけではない。そういうキャラクターが適している作品だってある。しかし『ラブライブ!』は、元々はそういうキャラ付けをする作品ではなかった。それなのに作品人気が高まり、ファン層が入れ替わるにつれて、人間を描こうという当初のスタンスがすっかり失われてしまった。雑誌連載時代そして第1期の頃に比べて、μ'sメンバーの魅力がめっきり減ってしまったように感じられるのは本当に残念なことである。『ラブライブ!』を、こんな消費の仕方をするための作品にしないでほしかった。

劇場版『ラブライブ!』が素晴らしいと言っている人たちは、μ'sというアイドルに対してまるで愛玩動物か観葉植物に対するかのように接し、見かけや単純な反応、単純な関係性だけを楽しんでいる人々なのではないだろうか。それに対して僕は、μ'sのメンバーがたとえ二次元キャラクターであっても彼女らを人間として感じたいと思っているし、彼女らの人生に共感し、それを自分が生きるための糧にしたいと思っている。要するに今の『ラブライブ!』を賞賛する人々と僕とでは、アイドル観が根本的に違っているのである。


posted by おりあそ at 00:27| Comment(386) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
自分の価値観が正しいみたいな書き方ほんとウケる
Posted by クソコテ at 2015年06月23日 09:58
たまたまツイッターで流れてきて記事読ませて頂きました。
もともとこの作品は雑誌、アニメ一期、アニメ二期、スクフェスだったりそれぞれ9人のキャラクターがブレブレのものですよね。
展開するコンテンツのたびに、今まで存在していたキャラクター性が死んでまた新しい「可愛い」入れ物に「最強の可愛い分かりやすいキャラ付け」をながしこむ作り方をされていたと思います。
こういった作品の作り方にだんだん疑問を感じていたので、こうして同じように愛玩動物みたいにただ愛でるだけの作品の触れ方をするファンがおおくなったことに疑問を感じているひとがいてほっとしました。
いきなりコメントしてすみませんでした。
Posted by at 2015年06月23日 10:12
アニメに物語性なかったのは間違いない
だから映画見てないが余計に見る必要を感じなくなった
Posted by at 2015年06月23日 10:14
監督が京極で、脚本が花田の時点で駄目だと思っていたが、ここまで酷いとは思わなかった。
その人の能力も大きいが、企業体質から所謂「売れれば何でも良い」の意図が見える。
元一ファンとして、言いたいことがこのブログに集約されている。
Posted by at 2015年06月23日 10:28
初めまして。
劇場版「ラブライブ!」に対するご意見読ませていただきました。
読んだ上でいくつか質問と意見を述べさせていただきます。

物語性が無い、ということでしたが私はしっかり
あったように思います。
前半のNYでライブ、後半の日本でのスクールアイドルによるお祭り。一見関係性はなさそうに見えますが、μ'sがNYでライブを行ったことで人気が爆発しそれに伴いμ'sを続けるのか、辞めるのかを迫られるということだと私は思います。
あのNYライブが無ければおそらくμ'sは予定通り解散していたでしょうし、スクールアイドルによるお祭りが開催されることもなかったかと思います。
また、一人一人のキャラクター描写が無いとのことでしたが、劇場版という限られた時間の中で9人全てを描き分けるのは無理があるのではないでしょうか?
アニメ版では1人に対して30分費やせるのに対し、劇場版では2時間弱という短い時間でμ's解散をみんなの納得させる展開までもっていかなければなりません。海未の弓道場でのシーンや絵里の家でのシーンなどがあったわけですし、それらを各キャラクターの描写と捉えてもいいのではないでしょうか?
また、花陽のお米キチガイのことですが、花陽にとってお米とはアイドルと同じくらい大好きなものです。それを描写しなければ、逆にファンの方からお然りの声が出ると思いますよ。
最後になりますが、適所でAKB48の指原莉乃さんや渡辺麻友さんと比べておられますが、そもそも二次元と三次元を比べるのが間違っていると思います。
確かにAKB48もμ'sもアイドルという点では共通していますが、あくまでそれだけです。全てのアイドルがこうあるべき!ということは無いわけですし、AKB48とμ'sではアイドルを始めるきっかけも異なっているわけですから。
はっきり言ってμ'sのメンバーが実際にいたら、強過ぎる個性でみんなドン引きでしょうし、逆にAKB48の方々がそのままアニメになったら今度はキャラクターが弱すぎてつまらないアニメになるのでないでしょうか?
比較をするならもっと前提条件を揃えて、公平な状態から始めるべきではないですか?
以上、長文及び駄文失礼いたしました。
あくまで私個人の意見ですが、こういう考え方もあるということを知っていただきたくて今回書かせていただきました。
それでは失礼いたします。
Posted by シーナ at 2015年06月23日 10:29
 おりあそ様の評が興味深く、比較検討のために私見を書くことをお許しください。

 劇場版の物語ですが、私的には夢のような話だと思っています。
 ここにおける「夢」とは、幸せな…という例えでなく、文字通り非現実的・超現実的だという表現であり、人によっては「悪夢」だとか、或は取り留めもない「走馬灯」でもあると思っています。
(言葉が悪いかと先に夢と表現しましたが、自分にとって部分的には悪夢でした。劇中でストレートに「もしかしてこれって夢?」というやりとりがありますが、見方によってはかなり悪趣味にも感じます)

 元より論理性を捨て、象徴的表現に終始した、ドラッグムービーのようなものだと感じており、そして、夢という例えを使ったように、映像でなく自身の中に物語が発生する映画だと思っています。


 そう感じた理由は大きく2点で、
 まず、(1期からの京極演出の特徴ではありましたが、)頻繁に時間を飛ばし、つながりの見えない断片的なエピソードを重ね、しかもそれが穂乃果の夢現を行き来すること。
 次に、劇場版の物語が、露骨にこの5年間と、その結果としていま現実で(作中でなく現実で)この作品が直面する状況が話に組み込まれていることです。


 前者については、謎の女性や、唐突に思える「水たまりを跳ぶ」描写、現実味のない人気の高騰、また、場所も状況も時期も見えないμ'sのラストライブに顕著です。
 特にラストライブについては、直前に雪穂らが3年生になっている=それまでの3年後だと示されるものの、その描写からさえ切り離されて、果たして花の上で踊るあれが3年後なのか、回想なのか、実在した光景かさえあやふやです。

 これらは正に本稿でおりあそ様に批判されている物語構造の破綻であり、それを肯定する人間は近視眼的に目前の出来事(×物語)だけでキャラクターを消費する、筋の良くない消費者だ、と言われるのも尤もなのですが…。
 ここまで話の繋がりが細断されていることに、ただの破綻でない意図を見出したくもなります。


 そこで後者ですが、劇中でμ'sはこの5年間を追体験するように描かれているように感じます。
 (異国で、あるいは知名度の低さにより)孤立してPVを作っていた頃から、実感の追い付かない急激な人気の高騰を経て、周囲から商業的な責務を強く期待されるに至ります。
 時にキャラクターのセリフの端々に露骨であるので、ラブライブ!という作品の現状と、作中のラブライブ!という大会をメタ的に重ねているのは間違いありませんが、過去まで含めての描写であるとの解釈です。

 劇場ラブライブの物語は「ラブライブTVシリーズ2期最終話の続き」ではなく、「5年間の追体験」にあると感じています。
 そのため、テレビシリーズとして連続した物語として読み込もうとすると違和感がありますが、5年の追体験を目的とした夢のような映画、走馬灯のような映画として成立しているというのが私見です。


 そうして5年の夢や走馬灯として映画を見たときに、冒頭の「水たまりを跳ぶ」という描写は、(安易で、劇中には唐突な)成長や進歩のメタファーとしての飛躍のみでなく、1stPV冒頭の穂乃果のジャンプを暗に引用しての、5年前への意識のリセットを図るギミックだと感じています。
(1stPVのジャンプ直前のカットをバンクとして劇場で度々利用していたり、1stPV冒頭のシーンの再現が劇場終盤にあったりすることもそう感じる理由です)

 これもまた、劇場のみで解釈しようとすると成り立たないものの、5年を追体験する夢として考えると成り立つ、の一例かと思います。



 ただし、
 夢のようだ、追体験のようだ、といったところで、「そうとも解釈できる」の域は脱しません。

 また、5年の走馬灯として考えたとき、冒頭でも触れたように、物語が発生するのは映像でなく自身の内側です。例えば最近ラブライブに触れた人が映画を見たときに、同じ感想にはならないでしょう。

 走馬灯だからといって、映画100分のなかで話を細断する必然性もありません。映画単体で見ても連続し完結する物語を作ってもよかったでしょう。

 するとここまで書いたものは「自分の妄想で補完したら、こう成り立った」という正に私見、主観的な話でしかないのは確かです。
 それを「自身の中に物語がある」と言い換えるのは、他人からは、劇場版の物語の不成立を糊塗するようにしか見えないかもしれません。
 素直に映画を見たときに、物語のアラが目につくことは確かですし、物語として破綻している、という評もやむなしだろうとは思っています。


 それでも、劇場版ラブライブの物語を肯定する人間は、物語を求めず断片化されたキャラクター性を消費したいだけではないか、というのは腑に落ちきらず、ここまで言い訳を重ねています。

 最終的に、物語をどこに求めるかの違いかもしれません。
 自分は、物語を、劇場ラブライブという99分のフイルムのみに閉じ込めて求めてはいないようでした。テレビシリーズ1期2期劇場という一連のシリーズのみにも、G'sのみにも求めておらず、G'sとアニメ、そして自身を含めた現実での諸現象も含めて、この5年間の総体にラブライブという物語を求めている気がします。

 おりあそ様が本稿で触れている「指原莉乃とゆび祭り」の例えは、(指原莉乃に明るくないため、引用するに適切でないかもしれませんが、)自分にとって「劇中の秋葉原でのライブ」でなく、「この劇場版そのもの」に対応します。これまでの5年という物語の上で劇場版に大きな意味が発生すると思っています。


 …と長らく書いても、結局はおりあそ様の評に対する主観的な言い訳でしかなく、「そうですか。でも、映画の物語は成立してませんよね」で一発で排される話ではあるんですが…。

 劇場はあえて物語を崩して、個々人の内面をもって補完すること前提のつくりになっているのではないか、だからこれはこれで良いと思う、という私見です。

---------

 ところで、この言い訳から外れるので触れずにいましたが、「高坂穂乃果の物語にしかなっていない」というのは、私的にはG'sマガジンで最初に生まれたころからそうであったと感じているため、その意味での違和感はありませんでした。

 とはいえ、ほかのキャラクターを人格あるものとして描いてほしいというのは全くその通りで、劇場どころか4thシングルのドラマパートのころから特に、ネタ付けされた個性を誇張した描き方には嫌悪感がありました。ドラマCDはその特性上やむなしかもしれない…と考えてきましたが、2期以降テレビシリーズでもそれが顕著になったのは残念です。
Posted by ごるだう at 2015年06月23日 11:09
自分も一期を見て面白いと感じ、二期はあれ?ラブライブってこんなんだっけ?と感じ、劇場版なら!と意気込んで観劇したら???だったので、この記事になるほどなぁ、と得心してしまいました。
一期はストーリーの無駄が少なく展開してテンポがよかった。キャラの自己紹介から目的の提示、障害を乗り越えていく過程の中で、それぞれのキャラの尊敬すべき個性や精神に比較的頻繁に触れられたのがよかった。
それが二期、劇場版では激減し、キャラの表層の個性を繰り返し描写しているだけに
Posted by ななし at 2015年06月23日 11:10
ドルオタがなんでアニメ見てんですか?
ドルオタならドルオタらしくハコのなかでヒューヒュー言ってればいいと思いますよ!
Posted by at 2015年06月23日 11:10
これだけの批評文。賛成反対はあって当たり前だし、この人も否定はしていない。
ただ、これを見たくらいですぐ人格否定し攻撃や罵倒しかできないから
ラブライバーはドン引きされるんだよ。
いや、故にラブライバーなのか
Posted by at 2015年06月23日 12:06
ホント、イミワカンナイ。
もっと広く見れないのかね(笑)
Posted by at 2015年06月23日 12:08
二期にキャラクター性がないと言っているが
むしろ人間味がないのは一期の方なのではないか?
雑誌ではほとんど触れられていなかった廃校について持ち出し、アイドルになるまでの過程にいたっては穂乃果、花陽、にこ以外にはアイドルになる必要性を感じなかったし、一期では廃校という枷に縛られて結局はキャラがキャラとして動けていなかった
二期でもキャラが動いてるとは言いがたいが、枷もなく自由に動いてるという点では一期よりよほど人間性それもあの年頃の女の子としての描写を感じれる
Posted by at 2015年06月23日 12:10
ちんほるぽっぽ大明神
Posted by グッチ at 2015年06月23日 12:11
私は劇場版はこれはこれで面白かったとは思います。
ただそれは『学年ごとの曲が聴けたり、またμ'sのメンバーがわちゃわちゃしている所を見られたから』という理由にすぎません。
劇場版で穂乃果以外にきちんと(きちんとというよりマシな)個人描写をされていたのは凛くらいでしょうか。これからリーダーとして引っ張ってゆくのだろうと予感させるシーンはありましたが、他のメンバーは確かに軽薄でしたね。
3年生がまとめて「私たちはつづけない」というスタンスを取るのは物語上必要でもあり彼女らの意思が垣間見れたのはまだ良かったです。
穂乃果を心配する海未(これは海未の物語ではなくあくまで穂乃果の物語の登場人物としての海未、という印象でした)、米キチの花陽(劇場版の花陽はこの辺りしか見せ場がなく今回のネタキャラにされた感じがします)、いつも通り穂乃果の言うことを全肯定することり、曲をつくっておくだけの真姫。

僕が周囲の大絶賛に違和感を覚えるのは「これが自分の追いかけてきたμ'sの『最後の』物語として相応しいと本当に思えるのか」と疑問を感じるからです。
「一つのアニメ作品をどう終わらせるのか」ならばまだいいのかもしれない。ただ今回の劇場版を見る限り「μ'sというアイドルグループの物語をどう終わらせるのか」について描かれているはずなのに、周囲の環境にばかり影響を受け、μ'sメンバーは"いつも通りの愛らしさ"を振りまいているだけで個人の意思(解散という局面に再び際し、反対・賛成ではなく「なぜそう思うのか」個人の物語を掘り下げるべきを、穂乃果の下す判断の材料としてしか描かれていない)を感じられない…そんな人形のような姿に僕もショックを受けました
Posted by at 2015年06月23日 12:12
ラララライ体操VSラブラドール
Posted by ラララライ at 2015年06月23日 12:13
座間キャンプ
Posted by ぜうしくん at 2015年06月23日 12:13
さんぽっぽ体操着
Posted by ゾンビ美味しい at 2015年06月23日 12:14
一理ある
Posted by at 2015年06月23日 12:15
アイコン
Posted by 玉子vsかたくりこまんぽっぽー最終回 at 2015年06月23日 12:15
ここまで自分と近い考え方のラブライブ評は初めて読みました。
おかけで二期からのモヤモヤが解消されました。
ありがとうございます。
Posted by at 2015年06月23日 12:29
批評読ませていただきました、おもしろかったです。

おりあそ氏が指摘するように、これまで穂乃果達はスクールアイドルに目を向けることはほとんどありませんでした。
ではなぜここに来てそのような展開になったのか。
それはμ'sの9人がスクールアイドルであることにこだわろうとする意思が芽生えたからです。
スクールアイドルであるためには3年生の卒業をもって、μ'sとしての活動をおしまいにしなければいけない。
かといって、来たるドーム公演に対してもスクールアイドルとして何かできる事はないか。
そんな中で穂乃果が思いついたのがスクールアイドルのお祭だったんだと思います。


キャラの描き分けに関しては指摘の通り、もうちょっと練られる余地はあったのかなあと感じないこともありません
2期からもそうですが、9人が一緒にいる場面では動かすのを不得手としているような印象はあります。
(逆に、2年生組を切り離した2期5話の修学旅行回なんかは必然的に発生した役割分担がそのままキャラに落とし込められていて見応えありました)



私は今回の映画を完璧な作品だったと思っている人間の1人ですが、
そんな私が書いた感想です、よかったら読んでみて下さい

スクールアイドルμ'sが眩しくて〜ラブライブ!The School Idol Movie〜
http://blog.livedoor.jp/uritwi/archives/45186260.html
Posted by ゴミサカ at 2015年06月23日 12:35
ツイッター上で見かけて読ませていただきました。
自分はテレビアニメ第二期からラブライブ!という作品を好きになったので、まだこの作品に触れて一年と少しです。だからなのかもしれませんが、劇場版はとても素晴らしい作品だと思いました。
その根拠について語っても、おそらく自分よりもこの作品(の当初の姿)に思い入れの強いブログ主さんに理解していただけるとは思わないのでここでは控えます。

劇場版を心から楽しめたことは間違いないのですが、一方でブログ主さんの批判には、自分も共感するところがあります。
特に各キャラクターの扱いについては、諸手を挙げて賛成はできませんが、安易なキャラ付けの犠牲になったメンバーがいたと自分自身感じていました。
一番気になったのは海未の扱いです。一期では理想論者の穂乃果に対して現実的な観点からブレーキをかけていた海未が、劇場版ではトラブルに見舞われるたびに混乱して膝を抱え泣きだす子供のようになってしまっています。

また、二期以降の物語は蛇足が多くキャラクターのリアリティが希薄、というのも判ります。

ですからブログ主さんの意見を頭ごなしに否定する気にはなれません。
もっと言うと、最後の一行に
>要するに今の『ラブライブ!』を賞賛する人々と僕とでは、アイドル観が根本的に違っているのである。
と理性的な一文を書き添え、「正しいか間違いか」の問題でなく「合うか合わないか」の問題だというスタンスでいてくださったこと、とても嬉しく思います。
それだけに、記事タイトルに「失敗作」と書かれているのが悲しく思います。むやみに中身のない誹謗中傷を呼び込むことにもなりかねないですし、そこだけは訂正してほしいと思うのですが、しかし「アニメ化以前から好きだったコンテンツがずさんな製作によってチープなアニメになってしまったのに、なぜか世間では評価されている」という悔しさもわかるので、あまり強く言うことはできません。

個人的には見る度に新しい発見があり、これまでのラブライブ!のアニメで一番丁寧に作られている印象があったのですが、この記事を反芻して自分ももう一度劇場版と向き合ってみたいと思います。
長い文字数と時間を割いてわかりやすい批判記事、ありがとうございました。
Posted by at 2015年06月23日 12:42
おたくの気持ちの悪いほどのまどマギマンセー記事を見て

あなたの言う事が偏った無意味な物だとよくわかりましたw
Posted by at 2015年06月23日 12:54
やたらと一期を絶賛されているが一期の方がご都合主義すぎだと思う
あの世界のスクールアイドル人気が相当なものでも
一期のようにただ歌って踊ってそれをPVにあげるだけ
イベントをやっても数回、しかもそのほとんどが学校という閉じられた舞台でやっている(それにノーブラではステージという意味では失敗しているし)
とてもじゃないがこのようなアイドルという名を借りたおままごとで廃校を阻止できるとは考えれないし、ましてや一期最後のステージが満員になるとは考えにくい
一期でも結局はあの9人はマスコットとしか描かれてなかったのではないか?
Posted by at 2015年06月23日 12:56
2期を見てから書かれてはどうですか?
Posted by at 2015年06月23日 13:08
見事に京極監督の手のひらの上で転がされているねこの人
Posted by at 2015年06月23日 13:12
ストーリーの肉付けがはしょられまくっているのは、ミュージカル風に見せ場のシーンの見せたいところだけを並べ立てているので、そういう演出なのかなぁと思いました。悪く言えば、リアリティを重視してない作風ということですね。

ただ、いきなり「スクールアイドル」が出てきたとありますが、2期の終始一貫したテーマは、「スクールアイドルであるが故の有限性」だったと思います。
2期後半で「μ's9人」の物語から「みんなで叶える物語」にシフトしていったことを考えると、その後の「スクールアイドルの未来のため」に肥大化していくのも自然な成り行きと感じました。(物語の流れとして、説明がはしょられている部分は多いですがw)

ブログ主さんのアイドル観は、おそらくそのはしょられてしまった部分からにじみ出てくるアイドルの人間性にこそ重きを置いているということですよね。
そういった部分は、1期2期を見る限りスタッフさんも叶うならばすべて表現したかったんでしょうけれども、アニメという限られた時間枠の中で表現しようと思ったら優先順位の問題で省略されてしまったんでしょうね。
ラブライブ!はアニメだけのコンテンツではないので、アニメではアニメでしかできないことをやり、あとは他の媒体に託してるところもあると思います。

気持ち悪い長文を長々と失礼いたしました。
ブログ主さんの感想もたいへん興味深く読ませていただき面白かったです。
Posted by at 2015年06月23日 13:27
そもそも最初からラブライブのキャラクターの行動原理にあんまり現実感がないからアイドルの人間性だとかを論じる作品ではない気がする
というか人間が頑張る姿を描くならスポーツものでもバトル物でもいいわけで愛玩性っていうのもアイドルに求められるものの一部としてあっても良いのでは
Posted by at 2015年06月23日 13:30
劇場版を褒めてる人はバカだって言いたいみたいだけど、ここまでストーリーを読み取れてないとさすがに笑えてくる。あなたが求めてるものではなかったんだろうけどただそれだけ。勝手に失敗作ってことにしないでくださいね。
Posted by at 2015年06月23日 13:30
よくこんな文章長々と書けるなあ
Posted by at 2015年06月23日 13:37
初めまして。ツイッターから流れてきて読ませていただきました。
いろいろと考えられており、同意するところもあれば、いやしかし違った見方もできるのではないかというところもあり、コメントしたくなりました。失礼いたします。

ひとつにこれは、氏のアイドル観やアイドル物語はどうあるべきかに関しての記事であって、ラブライブ劇場版のについての記事ではないのではないでしょうか。氏のアイドル論は尊重しますが、ラブライブ劇場版は単にそれを書くための材料にされているように思われます。いちラブライブファンとしては、そのように作品を扱ってほしくないと感じました。あしからず。

そしてまた、この映画を評価する人々が、浅薄にかわいさをアピールする描写のみを楽しんで評価しているだけではないということも、知っていただきたいと思います。

この記事で氏は、”アイドル〜中略〜物語性があるからこそ魅力的なのだ。そのことをわかってほしかったと思う。”とおっしゃっています。個々のキャラクターの人生描写や物語性が重要であると述べられているいるのだと思います。
ただ、ラブライブはアニメ一期においてはキャラクターの人生や物語性を重視した構成になっていましたが、それがラブライブ全体の作風でありテーマであったかというと、そうではないと思います。ラブライブはプロジェクトであり、いろんな側面があります。アニメ1期には1期の、アニメ2期には2期の、雑誌連載には雑誌連載の、また、現実のライブにはライブの、それぞれがメインとしているものが異なります。それら全てでもってラブライブが成り立っており、ラブライバーというものはそれら全体を支持しているものです。

今回の劇場版を1本のアニメとして見ると、確かに1つの物語として流れが前半から分かりやすく組み立てきれていない印象もあり、キャラクターの「お約束」描写が目立つ部分もあり、そのほかにも考えるところは多々あったかと思われます。ただ、全体としては、ラブライブを象徴するにふさわしい作品に作られていたのではないかと思います。

そこで、じゃぁこの映画は何のためのものだったのかという話になりますが、それはやはり、「みんなで叶える物語」なのだと思います。劇場版では、まずそのテーマの再確認というか追体験をし、場所としてのスクールアイドルプロジェクトラブライブ(大会)についてμ'sが考え残せることをして、そして最後μ'sとしてのラストを締めくくりました。氏は”「スクールアイドルはいかにあるべきか」とか「スクールアイドルの未来」とかいったことが主題になったことは一度もない”とおっしゃっていますが、そういうことはないと思います。アイドルについて、またそれとはまた違うスクールアイドルについて、それぞれのキャラクターがどんな考えを持ってやってきたかは、アニメでも度々描写されてきています。端的なのが二期の10話で、μ'sとはなにかという問いに対して、「みんなで叶える物語」という答えを出しています。この言葉は、ラブライブを通じてのテーマとされており、今回の劇場版でもやはり前面に出されています。穂乃果がスクールアイドルを続けてきてそしてμ'sを終わりにする今、何をしたいかと考えた結果に出てきたのは、みんなで夢をかなえるそのような素晴らしい体験をしてきたラブライブ(大会)という場所をあとの皆にも残したい、皆にもそのような素晴らしい体験をして貰いたいという願いだったのでしょう。だからスクールアイドルを集めたイベントを、みんなで協力して開催したのでしょう。そして最後、僕たちはひとつの光の映像で、μ’sとしての最後の歌を歌って映画は終わりになっています。

劇場版で披露された3曲。Angelic Angel、SUNNY DAY SONG、僕たちはひとつの光が、それぞれ別の舞台で歌われています。3つともとても象徴的な歌になっています。3曲をそれぞれのテーマにふさわしい場所で歌っており、このライブシーンを中心に映画を見てみるのもこの映画の良い見方ではないかと思っています。

以上私見ですが、今回の劇場場、予想と違った作りではあったものの良かったと思っている者の意見です。長文失礼致しました。
Posted by 通りすがり at 2015年06月23日 13:59
twitterで流れてきたので批評読ませて頂きました。
ラブライブという作品に対して真摯に向き合う文に1ファンとして嬉しく感じました。

確かにラブライブはシーンとシーンが繋がってなくてストーリーが一貫していなかったり、全体として統一性のないように見える場面が多々あります。アニメの楽しみ方として、全体像を掴んで理解するという楽しみ方もありますが、一瞬一瞬のシーンを楽しむという楽しみ方もあるように思います。
そういった見方で見れば、2期や劇場版も楽しんで頂けるかもしれません。
Posted by at 2015年06月23日 14:03
監督はミュージカルを意識しているのだと思うし、実際そうおっしゃっているみたいです。
ストーリーに対する批判意見があるみたいですが、それはストーリーを主軸として絵を作っているのではなく、そもそも話というものがラブライブにおいてメインに推したいものではないからです。
それは杜撰に制作してるということではなく、映画の限られた尺の中でどこを魅せる作品にしたいか、という取捨選択の結果だと思います。
映画に限った話ではなく、ラブライブという作品は1期の1話から「何を魅せたいか」という演出方針は明確な作品です。
そしてその魅せ方は成功していると思うし、だからこそどんな作品でもストーリーが気になる人からは納得のいかないという意見も出るのだと思います。
結局は「好みの問題」で終わってしまうことかもしれませんが、その映画がどんな性質を持っているのか把握した上で見るとまた違うように見えるかもしれません。
Posted by at 2015年06月23日 14:16
>これだけの批評文。賛成反対はあって当たり前だし、この人も否定はしていない。
ただ、これを見たくらいですぐ人格否定し攻撃や罵倒しかできないから
ラブライバーはドン引きされるんだよ。
いや、故にラブライバーなのか

この記事を読んで否定してないって言えるのと、そういうことするのがラブライバーだけって思ってるあたりがもう…
Posted by at 2015年06月23日 14:16
映画見て何かモヤッとしてましたが、この文章で納得しました

行き過ぎたキャラ性の単純化は何となく感じていましたが・・・
それによる物語性の喪失は2期から始まってましたよね

結果として物語が成立しない土壌と、キャラだけを消費するファンが出現してしまったんですね
Posted by at 2015年06月23日 14:48
劇場版『ラブライブ!』のシナリオを、純粋に物語としての出来具合だけで評価するのも結構ですが、僕は初めに、この映画が娯楽作品として、幅広いニーズにほぼ完璧に応えていることを大いに評価したいです。

「幅広いニーズ」と言うと、花陽なんかの例を持ち出してくる人がいるかもしれないので予め書いておくと、もしかしたら低評価の原因になるかもなぁと思ったのは、キャラクターを深く掘り下げるシーンがなかったところです。ミュージカル的な要素や、場面の転換が多かったこともあってか、穂乃果以外の登場人物の心情を丁寧に描く部分はそれほどありませんでした。
Posted by at 2015年06月23日 14:48
当初から人間を描こうなんてスタンスでしたかね?
雑誌にしろナンバリングシングルのドラマパートにしろ
相当ぶれてましたしそこまで掘り下げられてた気がしないんですが。
結局「判で押していないキャラクター性に没入したい」ってだけで、
2期以降急に広がりだしたアニメの世界観を拒絶してるだけな気がしますよ。
そりゃあ説明不足気味だし膨張速度早すぎますけどね。
もうちょっと俯瞰して、1期で提示された人間たちを2期以降どういう世界観が取り囲んでいるのか、冷静に見てはいかがですかね。
アニメ作中の「ラブライブ」を、商業化していくアマチュアのショーイベントととらえると映画の前後半もしっくり繋がりますよ。
Posted by at 2015年06月23日 14:49
>2015年06月23日 14:48さん
>結果として物語が成立しない土壌と、キャラだけを消費するファンが出現してしまったんですね

これに関して一言添えるのなら、キャラクタを消費するファンというものは人気が爆発したコンテンツには必ず現れるものです。いわゆる「にわか」層です。

それ自体が悪というわけではなく、
(これを悪としてしまうと、それこそ教育レベルまで問題が広がってしまう)
>そしてそういった人々の消費態度は、実際に『ラブライブ!』の作品そのものに反映されるようになってしまった。
ことこそに主さんの言う所の問題点があることを理解しておいた方が良いかと思います。
Posted by at 2015年06月23日 14:57
自分も面白くないと思ってた
Posted by at 2015年06月23日 15:14
自分も面白くないと思ってた
Posted by 名前なし at 2015年06月23日 15:14
納得できる部分はあれど、引っかかる部分が多すぎる。
Posted by at 2015年06月23日 15:18
一期の時点で雑誌展開時からのキャラの性格変更だとかストーリーの雑さ加減(脈絡なく学校存続とか)見てればラブライブに主軸となるものはキャラ売り以外無いことは分かってた事じゃないですか。あの時点でストーリーを重視する人は軒並み去ってキャラ萌えとスクフェス勢のみが残ったって印象。映画の展開の無理矢理さも仕方ない。

世の中の二次創作メインの風潮、「好きなものを客が勝手に作ってそれぞれの視点で好き勝手に好きになる」て時代に合わせてうまく乗っかった作品。その点において本当にうまい作品だと思います。
Posted by at 2015年06月23日 15:19
確かに一部を除いてのキャラの扱いが酷くなった印象はあった
やたらと海外でヒステリックになっていた海未、好き嫌い無い花陽の異常なまでの米キチ、穂乃果に影響されるだけのことり、にこの靴を投げる希、そういう扱い受けたキャラの推しで複雑な気持ちの人もいました

ライブシーンは良い映像もあったけれど、1年組の曲では凛だけが衣装を貰いソロパートも長くセンターで踊っている横で真姫と花陽は私服で踊っていたり、サニデイソングでは海未だけが映らない場面があったりしたのも気になりました
9人でμ's、みんながセンターとアニメで言っていただけに悲しかったです
Posted by at 2015年06月23日 15:22
やらおんアフィライブのことを悪く言うのは許さんぞ
Posted by at 2015年06月23日 15:37
タイトルが臭い
なぜ失敗作なのかって…
自分の意見を述べるのは別に構わないけど、自分がそう思ったからってまるで全員が失敗作と感じたみたいなタイトルやめてもらえます?
Posted by at 2015年06月23日 16:01
個人のブログなんだから失敗作って題名のエントリ読んで「みんながそう思ってるんだ!」って思うほうが問題だと思うけど
Posted by at 2015年06月23日 16:06
初めまして、twitterから来ました。アニメ化の時点で判断するのは如何なものかと?ただ実写化されたら秋元ファミリーには絡んでほしくないですね。
Posted by 7743 at 2015年06月23日 16:53
タイトルのインパクトと長文(ほとんど読んでない)
こんだけ人が釣れるんだから炎上させたりとかする人が、後をたたないのが良くわかる記事でしたありがとう
Posted by at 2015年06月23日 17:07
あなたの個人的な意見を押し付けないでください!という人間は、永遠に議論できない。人間同士の会話で個人的ではない意見なんてどこにも存在しないんだから。もし個人的な意見を許さないのなら、「ラブライブの映画最高でした!」という記事にも同じようにコメントしなければならない。それをしないのであればただの多数派の暴力でしかない。

極端なキャラ付けは、2次創作でも見られるような、作り手と受け手とでイメージの共有ができているから可能な表現だと思う。筆者も言ってるように凛ちゃん回のような人物像にせまる話は2期でも健在だったけれど、1人1人の物語がアニメラストへ繋がるというよりは、1人につき1話は掘り下げようというノルマ形式だったんだろう。9人全員の物語をまとめてラストへ!などというのはものすごく難しいだろうからこれについてはあまり非難しようとは思わない。
映画版は主題がわからないままで、視聴者に解釈を任せていい部分とそうではない部分とをもう少し考えて欲しかった。一番気になるのはやはり誰もμ’s存続にこだわらないところ。彼女たちの解散理由である「9人でいられない」は解決したのだから、よほどの理由がない限りは続けたいと思うのが自然。また穂乃果だけが謎シンガーと会話し様々な課題を突きつけられたことによって、穂乃果と他のメンバーは本当に同じことで悩んでいたのか?という問題が生じ、「答えはみんな同じだよね」とはいかなくなってしまう

映画版の感動は映画本編の出来の良さというよりも、アニメ・雑誌・その他のメディアで長い時間かけて作ってきた物語があったからだろう。多くの人の中には、色んなメディアが混じりあっているものの、その人なりの確固たるμ’s像があるだろうから
Posted by at 2015年06月23日 17:16
実写化の話なんて誰もしてないのに浮いたコメントやめなよw
Posted by at 2015年06月23日 17:26
そもそもこれってアイドルを題材にした作品ではあるけど商業アイドルじゃなくてあくまで部活動でしょ?
ストーリーだとかキャラクターの掘り下げだとか言いたい事はわかるけど
AKBとの比較の論評は的外れですよ
Posted by at 2015年06月23日 17:27
はじめまして!ありあそさんは花陽ちゃんが大好きなんですね
Posted by at 2015年06月23日 17:39
ネットで記事が話題になった結果、「長文すぎ〜」とか、「読んでないけど〜」とか、「AKBガー」とか
記事の内容を全く読まない・理解しないで叩きのコメントを残していく人が現れる

このブログ主の言ってる「ただ消費が出来ればいい」思考停止のファンがラブライブに大量に付いたってことの証明ですね

そのような考え方が公式にまで伝染して、アニメ2期や今回の映画が出来たのだとすると、同じファンとしては確かに残念でなりません…
Posted by at 2015年06月23日 17:43
「μ'sとそのメンバー」、「スクールアイドル」のどちらかを欠くと今度はアニメ以外のコンテンツとの矛盾が出てくる、というのを考慮しないで何の縛りも無い普通のアイドルと比べること自体がずれてる
Posted by at 2015年06月23日 17:46
ラブライバー冷えてるかー?
Posted by at 2015年06月23日 17:50
キャラの単純化とか言われてるけど
全く二期見てないかね?
廃校に踊らされてる一期の方がキャラが複雑で人間味があったってならもう一回見直した方がいいよ
Posted by at 2015年06月23日 17:53
TLで話題になっていたので読ませて頂きました。

私自身、映画を見てなぜだか冷めた気持ちで劇場を出たのですが、その気持ちについて考える良いきっかけになりました。

ストーリーの都合上、穂乃果にスポットが当たるのは仕方がないとも思いますが・・・。
「みんなで叶える物語」である以上は偏重せずに描いて欲しかったなあ、とも思います。
Posted by at 2015年06月23日 18:08
ストーリー全体が曖昧すぎるのはわかる
キャラクターの扱いに不満があるのもわかる

それを補完させられる物語はいくらでも作れそうなのに
2期の卒業→劇場版までが駆け足過ぎて
なんでそんなにコンテンツ終わらせようとしてるのだけがわからないんだよね
声優側の問題?
Posted by at 2015年06月23日 18:10
ハターキの歌詞を聴くだけで何だかすばらしい物語があったように感じてしまう問題
Posted by at 2015年06月23日 18:14
劇場版制作が決まったのは2期制作の途中だったようです、製作陣は2期まででとりあえず完結させる方向で制作したと考えられます
劇場版は言わばおまけなんです、スクールアイドルのなんたるかとかは結局あとから持ってきた問題なんだと思います
そもそもテレビシリーズの時点からアイドルとはなんなのかと深く考えていたのはにこだけだと思います
スクールアイドルとは言ってもμ's本人達からしてみれば部活動を一生懸命がんばるのと同じ感覚だったのでしょう
劇場版ではニューヨークでのライブ中継によって人気を得たことによりμ'sが自分たちだけの物語ではなくなった、それについて考える穂乃果が描かれています
ラブライブってジャンル的にはアイドルアニメかもしれませんがテーマはアイドルじゃないんですよね、がんばるとか夢とか希望とか描いているスポ根ものに近い存在だと思います
Posted by at 2015年06月23日 18:19
これだよな〜
俺が特に他のキャラ推しってこともあるけど、ずっとモヤモヤしてた所をよく言ってくれた
ありがとう

>劇場版『ラブライブ!』で穂乃果以外のメンバーがストーリーの本筋に絡む主体的な行動をすることはない。

>第2期以来ずっと、彼女らの役目は穂乃果が下した決断に「さすが穂乃果」と言って従うことになっているのである

>このように8人のメンバーの主体性が奪われてきた一方で、それと反比例するかのように各メンバーの薄っぺらいキャラ付けは強化されてきた。

>花陽がいつも通りにお米キチガイであるということがこれでもかというぐらいにしつこく描かれる

>この劇場版において、花陽がどういう想いでアイドル活動をやっているのかとか、メンバーとのあいだにどんな新しい人間関係が生まれたのかとか、そういうことは全然描かれない。

>その代わりに、とにかく花陽はお米が大好きで白米が食べられないと気が狂ってしまうほどだということだけが強調されるのである
Posted by at 2015年06月23日 18:25
劇場版のストーリーは自分もよく分からなかったです。
いきなり歌い始めたことにはとても驚きました。
たくさん歌を聴けた!という満足感はあったのですが・・・。劇場版よかった!というよりも最後の曲がよかった!という風に感じました。
二期最終回のような感動はうまれなかったです。特別版?があるらしいのでそちらはどうなんでしょうか・・・。
穂乃果のことだけでなく、6曲いれるくらいならせめて半分くらいにして、ほかのメンバーのことも書いて欲しかったです。
Posted by at 2015年06月23日 18:31
内容自体は概ね同意できるしラブライブが嫌いで書いてるわけじゃないってのは伝わるけど今のラブライブを好きな人を馬鹿にするような書き方はどうかと思う
Posted by at 2015年06月23日 18:42
なぜここまで映画がファンから好評なのか
なぜラブライブがここまで大人気のコンテンツになったのか
なにがウケたのか、なにが他と違うのかを考えてみるのも色々な観点を知ることも大事だと思いますよ

俺は面白くなかったから好きな人はオカシイという結論は批評とは言わないかな、と思います
Posted by あたま at 2015年06月23日 18:49
大体百合厨のせいだと思うわ
作中に男ファンが全くいなかったり、ちょっとした恋愛話があってもいいのに
女同士で仲良しごっこするアニメしか売れないんじゃ
そりゃスタッフも苦労するよね
Posted by at 2015年06月23日 18:50
皆さんのように強い思いがあるわけではないですが、
以前から花陽には「タ゛レ゛カ゛タ゛ス゛ケ゛テ゛ェ〜!!」と白米関係のことだけ喋らせておけばいいという制作側の意図に嫌気がさしていました。
もちろんこの意見にも賛否両論あるのでしょうが、私はもっと内面的な部分に惹かれていて花陽を応援してるので、こちらの記事はすごくしっくりときました。
好みは人それぞれですし、それをとやかく言ってはいけないと思いますが、制作側も様々なことを考慮して欲しいなと思っています。
Posted by at 2015年06月23日 18:50
確かにラブライブは特に二期からですが、キャラ付けで話を持たせようとしているところが散見されますね。
海未をぽんこつにしたり、にこを話の中で足手まとい扱いしたり。
今回の花陽のキャラ付けも製作者に愛されてない故なんでしょうね。
Posted by at 2015年06月23日 18:51
確かに映画単体で見れば浮かび上がる疑問は多々あります。ラブライブ!という一つのコンテンツとして見ることが前提な作品だと思います。分かりやすくいえばアニオタからみれば駄作。ラブライバーからみれば神!って結論で落ち着くかと。
Posted by at 2015年06月23日 18:55
本当に、ブログ主さんのおっしゃる通りだと思います。
ラブライブ、µ’sという9人のドラマを描くつもりで始められました。ですがどうでしょう、彼女達を待ち受けていたのは消費されるだけの待遇でした。
その一番の原因はスクフェスだと思われます。
アニメで描かれたµ’sの像を無視した、ストーリー、そしてµ’sが一年では絶対に作れない量の衣装や曲をだし、スクフェスユーザーの望むµ’sだけを提供してきた結果、映画でも「肉付け」をできなかった、と。
あの映画は、ランティス、サンライズの苦肉の策だったんだと思います。これ以上続けるとµ’sという9人の人格は更にないものとして扱われてしまう、と。
Posted by まんじゅう at 2015年06月23日 19:07
スクフェスについてはメディアミックス作品ではよくあることなんだけどね。おおよその設定を共有したキャラで色んな世界観を楽しむってのは別にキャラの人格の問題ではないかと。雑誌、SID、アニメで性格が違うのも問題のないことだと思う。

もしも映画が存在せず、アニメコラボシングル「Sunnyday song/僕たちはひとつの光」として発売されていたとしても、俺は同じ感動をしていたのだと思う
Posted by at 2015年06月23日 19:16
あれは断片的、象徴的、夢幻的なシーンの集まりだから、一貫性がないようにも見えるけど、テーマ性はありますよ。うえの方で誰か書いてたけど、ここまでぶつ切りだと何か裏があってもおかしくない。
Posted by at 2015年06月23日 19:35
自分にとっていいものではないから『失敗作』というのはちょっとどうかなとは思います
今回の映画は『スクールアイドル』と『アイドル』の違いというのもテーマになっていたと思いましたしリアルアイドルの例えは正しくないんじゃないかなあ
Posted by at 2015年06月23日 19:44
上の人のコメントを見て、
確かに自分も花陽が好きなだけに、ここは前から引っかかってるところでした

>劇場版『ラブライブ!』で穂乃果以外のメンバーがストーリーの本筋に絡む主体的な行動をすることはない。

>第2期以来ずっと、彼女らの役目は穂乃果が下した決断に「さすが穂乃果」と言って従うことになっているのである

>このように8人のメンバーの主体性が奪われてきた一方で、それと反比例するかのように各メンバーの薄っぺらいキャラ付けは強化されてきた。

>花陽がいつも通りにお米キチガイであるということがこれでもかというぐらいにしつこく描かれる

>その代わりに、とにかく花陽はお米が大好きで白米が食べられないと気が狂ってしまうほどだということだけが強調されるのである
Posted by at 2015年06月23日 19:46
この記事にはほとんど反対
映画という短い時間の中で、「穂乃果の生き様」、つまり困難をポジティブに捉えて自分なりの最高の楽しさを生み出せる生き様、を虚実交えて描き切っているからテーマが無いと言うのは
Posted by 匿名 at 2015年06月23日 19:47
うわぁ・・
Posted by at 2015年06月23日 19:51
単に叩きたいだけだろ
Posted by at 2015年06月23日 19:56
読ませてもらいました!はなよ好きです!
お米バカなはなよちゃんが私は好きなんですよ!あの幸せそうな笑顔が!

すみません笑

私は穂乃果もかよちんの次くらいに好きなので、色眼鏡で見てしまっているかもしれませんが...
二期終盤で「また穂乃果センターかよ、つまらん」という意見を多数見かけて、愕然としました。 物語を見ていない、理解できてない人がラブライブというコンテンツには多すぎるんだなと思います。
じゃあ、この人たちは一体誰ならμ'sラストライブのセンターとして満足するんでしょうね。
結局は自分の好きなキャラなんだろうなと。
だから「物語の軸」穂乃果を叩く。ただただ気に入らないから。あれこれ理由をつけて。粗を探して叩く。簡単な図式だと思います。
ストーリー<<<<<自分の好きなキャラ
というファンが多いので、穂乃果を邪険に扱う人が多いのだと思ってます。そんなこと言ってる私も、花陽の決意するシーン好きですし笑

ただ、主人公が埋もれてしまった物語ほど苦痛なものはありません。ですから、私は穂乃果が出過ぎだとは全く思いませんでした。
筆者さんの言うこともごもっともだと思います。
ただ、ラブライブに関しては、「キャラがあっての物語」ではなく、多くの方が「''自分の好きな”キャラがあって、二の次に物語」と解釈してるのではと思います。
筆者さんも少なからずそうではないでしょうか...?私自身もそういうところはあると思います笑
Posted by 名無し at 2015年06月23日 19:57
いや、ブログ主はかなり真摯に文章書いてるでしょ
この記事や過去の記事を見ればブログ主が元々どれだけラ!が好きかなんてすぐ分かるのに

すぐ「単に叩きたいだけ」とか言うから「μ'sを一方的かつ即物的に消費するだけ」のファンが・・・って言われるんだよ
Posted by at 2015年06月23日 20:03
大変仰る通りだと思います
艦これでも同様の問題があるのを見るに
脚本担当の花田十輝の才能の問題でしょうね
Posted by at 2015年06月23日 20:03
この人一方的批判はしてないのにほんとラブライバークソだな
Posted by at 2015年06月23日 20:04
そもそも一期の時点で、μ'sメンバーの成長というものは終わっていた、と自分は思いますよ

だから二期ではμ'sメンバーの成長物語ではなく、ラブライブ!という大会に優勝する、というストーリーになったのではないかと。

言い方を変えると、一期の時点でラブライブ!という物語は完成されていたのではないかと、そこからストーリーを広げるのはそもそも無理があったのでは?

Posted by てんしんはん at 2015年06月23日 20:11
基本学生スポーツ系の作品でライバル校強豪校以外のその他大勢まで普段から意識してる
作品あまり見たこと無いし、プロになるかならないかなんて選択を決断突き付けられる
前に考えてる作品も野球以外じゃあまり見ない
だから劇場版で外野から要請投げつけられて初めて、自分達だけの世界で一度引いた
ラインを改めて自分たち以外まで広がった世界を見ながら引き直すことになったってのは
個人的な感覚として違和感がなかったかな

あと、劇場版でμ'sが他校のスクールアイドルについて考えてたかというと微妙な所で、
あくまで自分たちが大好きなこの場所を守りたい、後輩たちにもこの楽しい場所を知って
ほしいっていう1期における音ノ木坂学院がドームでのラブライブ開催に置き換わった
だけで、他校のスクールアイドル個々人のことまで考えて行動したわけじゃないと思う
1期の頃に雪穂(と亜里沙)以外の名前も顔も知らない後輩に対して音ノ木坂学院は絶対に
必要だ残すべきだなんて考えての行動だったかという当たりと同じ構図かと
(音ノ木坂存続もラブライブドーム開催も自分達が去った後の話というのも同じ)

単にドーム開催を守るだけならあの合同ライブは必要なくて、プロとしてμ'sを続ける
決意だけあればよかったはずなので、スクールアイドルが好きでラブライブも大好き
だけど、自分達はあくまでμ'sであってラブライブそのものになる気はないという意志
と、みんなのラブライブはみんなの力で残すものという気持ちが、あの合同ライブの姿
だったと解釈してる

最後の一文で何もかもに予防線張っている以上、何言っても無駄なんでしょうけどね
Posted by at 2015年06月23日 20:12
まず、各メンバーのキャラ付けについては、根本的に現実のアイドルと映像の中のアイドルでは、観客が見れる時間に違いがあります。現実のアイドルはテレビ、舞台裏、握手会などいくらでも見る機会はありますが、アニメのアイドルはアニメ12話、映画のなかでキャラの特徴を付けなくてはなりません。その中で一人一人の人間描写や性格の特徴を見せるよりも、端的に特徴付けができたほうがよくないですか、またこの映画は6曲も音楽があることにも加えて、μ'sとしての結論を出さねばならず、一人の時間が短くなるのも当たり前だと思います。穂乃果の心情描写が長くなるのは必然で、いくら他のキャラがいるといってもメンバーを集め、メンバーを救ったμ'sというグループを作ったのは穂乃果であり、他のアイドルものよりは圧倒的に主人公の心情が物語の肝になっている作品だと思っています。また、SIDではそれぞれの心理描写がちゃんと示されていますし、物語の中にも気づきにくいですが、散りばめられていて、それを探すのもひとつの楽しみです。自分はラブライブという作品は他の作品よりも明確な心理描写がなく、明るく見えるなかにも、細かい描写の中から、葛藤や憂いがかいま見えるところに違いがあり、面白いのだと思います。
Posted by yao at 2015年06月23日 20:16
続けて、書きますが穂乃果が水溜まりを飛ぶ描写は穂乃果が問題を飛び越える、解決する意味でとても重要だったと思います。また、未来?の穂乃果は今の穂乃果に解決のヒントを与える意味で一番のキーパーソンだと言えると思います。この映画は2期の続きというよりは、解散という答えをより明確にすることプラスμ'sへのご褒美の意味も込められていたのだと思います。この短い時間の中に新キャラだったり、既存の特徴だったり、悩みだったり、結論だったり、を詰め込みながら、その中に想像する可能性を込めることで、足りない部分を補完している、終わりという現実がありながらも、観客それぞれの解釈がしやすく、想像ができる素晴らしい作品だと思いました。
Posted by yao at 2015年06月23日 20:44
わたしも節目がこれで良いのかな?と思いました。全体を通して何か散漫な印象でしたし…

曲も多すぎて少し飽きがきたし、それなら他のキャラクターも描いてほしかったな、と…

勿論、これは穂乃果のセンターが云々という話では全くありませんで、念のため
Posted by at 2015年06月23日 21:05
コメ欄のラブライバー必死すぎワロタwww
Posted by at 2015年06月23日 21:23
記事全文読ませていただき自分でも少しストーリー性が薄いのは感じていました
そこで僕も映画をもう一度思い出し、どうだったかを考察してみました

映画の冒頭は3人の幼少期を描いていましたが穂乃果は幼少期から多少強引だったという部分はアニメ1話でも話されています
そして花陽が次のラブライブの事をPCで見つける部分はこれもアニメではラブライブの情報はいち早く掴んでいた事もありさほど不思議ではありませんでした
次に空港での場面は希は普段からあのカードを使っていたので違和感はありません
ことりもアニメの時やPVでも自分の枕は大事にしていましたし海未も小心者という設定らしいですが正しいならば僕としては小心者は心理的に見ると自分の環境を大切にし、自分から一歩踏み出しにくい性格だと思っています
そこを考慮するとこの後アメリカで泣いた理由もわかります
何故なら自分の全く知らない世界を目の当たりにしただでさえ自分の環境がない中ホテルの名前を写し間違えられると当然焦りが生じますからねw
もしかしたら自分はここで死んでしまうのか、6人にはもう会えないのか、色々な考えが交錯するでしょうね
その後カップケーキを食べようとする場面がありますが花陽はアニメでも母にお土産を買おうかと穂むらに入る場面がありました
これは食べ物は色々な人と共有したい、一緒に食べたいというものであったと思いました
また夕食でことりがチーズケーキを食べますがこれはプロフィールにも記載されているためさほど不思議ではありません
その翌朝の穂乃果の寝相はアニメでも一度描かれていたりしていましたが絵里の甘えん坊という性格は初耳でしたね
その後一度曲を挟んでからのブログ主さん(名前忘れてしまいまい申し訳ありません)の注目していた点ですが花陽の白米へのこだわりは1期から描かれていました
カレーを食べる際花陽だけ茶碗山盛りにご飯を入れたり、新米の季節となれば大きなおにぎりを持ち込み食べる
この2つでも十分花陽の白米への愛は伝わります
若干オーバーリアクションでしたがあれはあれで白米への愛を示していたと考えました

僕が映画で気になった点はこれくらいでしょうか


それとブログ主さんには100人いれば100通りの意見があると知っていただきたいです
ブログ主さんの感想もその内の1通りでありまた僕ももう少し僕の考えを話させていただきます



ブログ主さんはμ'sを続けてほしいと言われ選択を迫られた時キャラが自発的な行動をしてないとお思いなのでしょう
ですが3年生3人が話しあったシーンがありますがこれは3年生独断、自発的な行動だと考えます
確かに1年生や2年生は活動についての事には無頓着でしたがことりは衣装作り、1年生は作曲に励んでいました
穂乃果以外はその他大勢かもしれませんが上記のように自分のしてきた事、やらないといけない事、それをしっかりやっていたと思いました

そしてキャラ設定がおかしいという点も僕は少し違うと思います
確かに妙な設定やそんな行動するか?という部分はありましたがそれでも一人一人個性があったと思います
最後に日本に帰ってきてからいきなりARISE以外のスクールアイドルの事も考え出した点も指摘していましたがこれはまぁそうなるだろうなと思いました
理由としてはスクールアイドルは全国にいるがまだ知名度は低い、実績もまだ甘いからこそμ'sに焚き付け役をお願いしアメリカでライブをしてもらいさらに火をつけようというのが理事長の考えだったようです
しかしμ'sはもう終わりにする、そうなると焚き付けが無くなります
焚き付けがないと火をおこすのは無理ではないものの時間がかかりすぎます
そこでスクールアイドルとはどういうものか、その素晴らしさは何かを知ってもらうライブをすると穂乃果は決断しました
これは推測ですがスクールアイドルはμ'sやARISEだけではない、もっといるんだ!スクールアイドルは限られた時間の中で精一杯やり遂げる素晴らしいものだ!と世間に広めるためのライブだったと考えます

かなり長文になってしまい申し訳ありません、、、
それでも僕は100通りの内の1通りを言わせていただきました
僕としてはそれでもラブライブは好きです映画は強引な部分もありましたがとてもいいと感じました
Posted by 1考察人 at 2015年06月23日 21:47
花陽を2期から好きになった身としては地味な子をキャラ付けで盛り上げるというのは全然ありだと思う
Posted by at 2015年06月23日 21:59
お前何様で物言ってんの?
公式が考え作りだしたものがラブライブそのものなんだよ!
一応初期(連載当初)からのライバーだけど、そんな偉そうな評価するってことはあなたもそうなんですよね?
ラブライブのコンセプトまたは最初の型は知ってますよね?そう、(みんなで作る)をコンセプトにしてるんです。ラブライブは、時代の流れに沿ってファンの思いと合うようにあなたよりも数十倍いや、数百倍考えて公式は作っているんです。あなたみたいな古参ライバーが少数いるせいでそれが正しい、正義だという風潮が流れます。同じ古参ライバーもしくは古くからのファンとして悲しく思います。
もしあなたが考えるμ'sが存在していたら人気は停滞してしまうでしょう。なぜかわかりますか?”進化””発展”していないからです。

最後に 『あなたが思うほどラブライブというコンテンツは簡単ではない』
Posted by "(-""-)"(怒 at 2015年06月23日 22:12
そもそも今作の場合アニメと映画は同じ流れであるから映画で描写されてなくてアニメで描写されているものを描写されてないとするのはおかしい
Posted by at 2015年06月23日 22:16
ブログ読ませていただきました。
確かに共感できる点もございました。ラブライブの人気に伴い、アニメの本質や内容の理解もせずに曲だけを楽しみ、感動的シーンで泣けただのと言ってラブライブ最高だとか言っている人間が増えて来ている気がします。このような方々は恐らく、現代アニメというものを初めて見た人間が多いのだと思います。普段からアニメを見ている人であれば、感動できるアニメなどいくらでも知っていると思います。
それではなぜ、ラブライブが人気になったのか。それはラブライブが様々なコンテンツを利用したのが1つの理由だと考えられます。ラブライブのアニメより先にスクフェスから入った人は少なくないと思います。それが、アニメというものをよく知らずにライバーを名乗る原因だと思います。そこからは、知名度もあがり、アニメだけを見た人も多いのでは無いかと思います。そのような方々が 貴方の言うμ'sを愛玩動物のように考えている人に当てはまるのだと思います。
ですが、ラブライブに物語性が無いという意見には納得出来ませんでした。2時間と限られた時間内で、9人全員の物語を練り込むのは不可能だと思います。むしろ、2時間に9人の物語が入ってしまったら、一人ひとりの物語はどれだけ薄いのかと落胆してしまいます。筆者さんは、ラブライブがアニメの他にどのようなコンテンツを利用しているかご存知ですか?ラブライブはアニメ、ゲームだけではなく、書籍やラジオなど様々なコンテンツを利用し、物語を組み立てられています。それらを理解せずにラブライブを批判するのは筋違いではないかと感じます。
そして他の方々もおっしゃっていますが、アニメのアイドルと現実のアイドルでは大きな差異があるということを知って頂きたく存じます。
ラブライブコンテンツで実際に現実的アイドルをしているのは、アニメ内のμ'sではなく、その声優陣だと思います。貴方の言うアイドルの物語は、彼女達が持っています。μ'sの声優の方々が元々本業が声優ではなかった人が多いということを筆者さんはご存知ないようです。
アニメのμ'sの物語はつくられたものです。ですが、その物語をつくりあげた人間には、一人ひとり物語が存在しています。それらを全て理解した上で、ラブライブに触れることが出来れば、筆者さんの考え方は大きく変わるだろうと思います。長文失礼いたしました。
Posted by at 2015年06月23日 22:16
ラブライブに物語性が欠如してるのなんて一期2話の時点でもうわかりきってたことでは?
Posted by at 2015年06月23日 22:17
ブログ読ませていただきました。
確かに共感できる点もございました。ラブライブの人気に伴い、アニメの本質や内容の理解もせずに曲だけを楽しみ、感動的シーンで泣けただのと言ってラブライブ最高だとか言っている人間が増えて来ている気がします。このような方々は恐らく、現代アニメというものを初めて見た人間が多いのだと思います。普段からアニメを見ている人であれば、感動できるアニメなどいくらでも知っていると思います。
それではなぜ、ラブライブが人気になったのか。それはラブライブが様々なコンテンツを利用したのが1つの理由だと考えられます。ラブライブのアニメより先にスクフェスから入った人は少なくないと思います。それが、アニメというものをよく知らずにライバーを名乗る原因だと思います。そこからは、知名度もあがり、アニメだけを見た人も多いのでは無いかと思います。そのような方々が 貴方の言うμ'sを愛玩動物のように考えている人に当てはまるのだと思います。
ですが、ラブライブに物語性が無いという意見には納得出来ませんでした。2時間と限られた時間内で、9人全員の物語を練り込むのは不可能だと思います。むしろ、2時間に9人の物語が入ってしまったら、一人ひとりの物語はどれだけ薄いのかと落胆してしまいます。筆者さんは、ラブライブがアニメの他にどのようなコンテンツを利用しているかご存知ですか?ラブライブはアニメ、ゲームだけではなく、書籍やラジオなど様々なコンテンツを利用し、物語を組み立てられています。それらを理解せずにラブライブを批判するのは筋違いではないかと感じます。
そして他の方々もおっしゃっていますが、アニメのアイドルと現実のアイドルでは大きな差異があるということを知って頂きたく存じます。
ラブライブコンテンツで実際に現実的アイドルをしているのは、アニメ内のμ'sではなく、その声優陣だと思います。貴方の言うアイドルの物語は、彼女達が持っています。μ'sの声優の方々が元々本業が声優ではなかった人が多いということを筆者さんはご存知ないようです。
アニメのμ'sの物語はつくられたものです。ですが、その物語をつくりあげた人間には、一人ひとり物語が存在しています。それらを全て理解した上で、ラブライブに触れることが出来れば、筆者さんの考え方は大きく変わるだろうと思います。長文失礼いたしました。
Posted by となりの徳井さん at 2015年06月23日 22:17
>肝心のμ's活動終了問題に際しても、それぞれのメンバーがそれぞれの思考で異なる行動をとるどころか、穂乃果が結論を述べた途端、ことりの「想いはみんな一緒のはず」などというセリフで全員一緒くたにされてしまう(この同調圧力、真剣に怖いし、これが肯定的に描かれているのがもっと怖い)。
問題発生時点では終了に傾いてる真姫&にこと、ドーム大会が気になる花陽&凛で明らかに分かれてたからそれで十分じゃないですかね。
そこから意見のすり合わせなんていちいち描かれててもタルいしばっかり切って正解。
てか普通に考えれば「実際に同じ考えに至ったから」そう描かれたのであって、本当は違う考えだったのに同調圧力でああなった!とか本気で思ってるんですかね。同調圧力言いたいだけちゃうんですかね。
少なくとも3年組は穂乃果が結論言う前に結論のメール送ってるのに、穂乃果に従うマシーンとか本当に見てたのかよとしか…。
Posted by at 2015年06月23日 22:17
劇場版を面白いと思ったので、反論したいと思います。
...と思いつつも、「Posted by 通りすがり at 2015年06月23日 13:59」さんの意見にほぼ完全に同意していて、私自身が付け加えて言いたいことはありません。しかし、もっと徹底的な擁護を与えるために、おりあそさんの論証がいくつかの点で間違っていることを指摘したいと思います。

まず、おりあそさんの基本的な論証は以下の構図になっていると思います。
・物語性を持つものは面白い。
・「ゆび祭り」は物語性を持つ。
・映画「ラブライブ!」は物語性を持たない。
こうした対立軸から、「ゆび祭り」での指原さんを支持しながら、映画「ラブライブ!」で描かれるμ'sを批判することになるのでしょう。しかし問題は、映画「ラブライブ!」は物語性を持たないという議論がかなり問題のあるものになっているということです。この議論を支持するいくつかの論点を整理しながら、誤りを指摘したいと思います。

論点1:スクールアイドルの問題がこの映画の主題であるにもかかわらず、スクールアイドルの問題は映画後半で唐突に提示された。

この論点1の前提と結論は以下のようなものでしょう。
・前提1:この映画の主題はスクールアイドルの問題である。
・前提2:スクールアイドルの問題は映画後半で唐突に提示された。
・前提3:映画の主題が映画後半で唐突に提示される映画は物語性がない。
・結論:映画「ラブライブ!」は物語性がない。
たしかに、前提1と前提3は容易に受け入れられるでしょう。しかし、問題は前提2です。上記のコメントでも指摘されていますが、スクールアイドルの問題(これが何かをハッキリ示さないとそもそも何が言いたいかわからないのですが、例えば、メンバーの脱退に対して、グループとしてアイドルを続けるかどうかの問題でしょう)は、アニメ2期で既に提示されています。前提2は間違っているので、結論を導くことはできません。

論点2:キーパーソンであるかのように登場しておきながら、本筋にちっとも絡まないキャラクターがいる。

「ラブライブ!」の物語性を問題にする上で、この論点2は、前提4つと結論一つを持つでしょう。
・前提1:映画「ラブライブ!」には、キャラクターAが登場する。
・前提2:キャラクターAはキーパーソンである。
・前提3:キャラクターAは本筋にちっとも絡まない。
・前提4:キーパーソンであるのに本筋にちっとも絡まないようなキャラクターが登場する映画は物語性がない。
・結論:映画「ラブライブ!」は物語性がない。
これらを考える際のポイントは、前提2と前提3を同時に満たすことがあるのか、ということです。素朴には、本筋に絡む人がキーパーソンなのであり、本筋に絡まない人はキーパーソンではないはずです。あるキャラクターが前提2と前提3のどちらにも当てはまらないことはあるでしょうが、前提2と前提3を同時に満たすことはないでしょう。ですから、前提4を使って結論を導くことはできません。

論点3:この映画の脚本は一貫したテーマがないので物語性を感じない。

この論点3の問題は単純です。「物語性がある」ということが「一貫した主題がある」ということを意味するとおりあそさん自身が書いているので、論点3は、ラブライブの物語性について何の情報も付け加えていません。

以上の反論から、「ラブライブ!」が物語性を持たないという議論に問題があることを明確にできたと思います。ここで議論する準備はないのですが、基本的なすれ違いとしては、スクールアイドルとアイドルにアナロジーをはたらかせるこことに無理があるのだと思います。少なくともアニメと劇場版の中では、にこにーを除いて、μ'sのメンバーは一般的な意味でのアイドルを目指しているわけではありませんでした。ですから、AKBのようなアイドルとμ'sとのアナロジーは、μ'sの誤った理解につながるでしょう。
Posted by at 2015年06月23日 22:34
いくつか見落としてる点はありませんか?
前半のNYでは街巡りの最中、これが終われば....という流れがあり軽い伏線はありました。
さらにNY編で有名になったμ'sと現実のμ'sをシンクロさせて考えるのはどうでしょう?
劇場版を見る限りだとラブライブで優勝したから有名なったと言うわけではなくNYでのアピールがあったから一般にも知られるようになった。そして現実の話です。ラブライブというコンテンツは当初一部のファンしかいませんでしたが今は社会現象と呼べるまでの成長を遂げました。
そしていまや沢山のファンを持つμ'sがこれからどうするのか、というメッセージではなかったのでしょうか?
一番残念なのはPVのクオリティに触れてないコトです。あれだけのクオリティのPVを連発するのは大変でしょう。μ'sはもちろんスタッフの努力にも目を向けて欲しかったです。(勿論この論文が脚本を主軸に書いているのは分かってます)
ほのかだけが主軸なのがダメと言っていますが9人全員に焦点を当てて90分の中で映画を作るとおそらくごちゃごちゃして噛み砕きにくい内容になるでしょう。
貴方は批判的な意見を述べて注目されたいだけでは?映画を見た回数はあえて問いません。
(沢山見た方が気付く事は多いでしょうが見た回数でこの記事を語りたくないので)
自分は一回見ただけでこれだけ感じました。
そして一つだけ大事なの事を言っておきます。

ラブライブのμ'sが終わるのは貴方の中で終が来たと思った時です。

アニメが終わったからμ'sが終わる、声優のライブがラストだから終わる、と思うなら貴方基準で行くとそうなのでしょう。そこは個人の自由だと思うのでソレでいいと思います。
Posted by 名無し at 2015年06月23日 22:37
一貫した主題、強いて挙げるなら「成長」なんでしょうけど、それがぼやけたまま勢いだけで前に進んでた感じはします。(これは2期しかり。)
1期、2期と見て、SIDも毎回楽しみにしていますが、「予想外に」感動がなくて唖然としていました。

そういう中では、おりあそさんがおっしゃる「人生や物語性がなく、キャラ付けがあるだけ」は、まさに我が意を得たりの思いです。
ことりのチーズケーキ、枕。海未のトランプ。花陽のお米。
小物小技を使ってキャラクターを表現するのはいいとして、結局、μ'sメンバーが1年間の活動を通じて自発的に成長した描写がうかがえるかというと…うーん、です笑

(尺の都合もあってやむを得ませんが)万事を「穂乃果天皇」の力技とうやむや論理に頼りすぎて、μ'sだけ、とりわけ穂乃果だけが偉い、となってしまう。
そのあたりも、後半になればなるほど無理と違和感が出てくる。
イコール、他のキャラクターの成長のなさが目立つ。穂乃果になんでもかんでも丸投げする部員。
彼女らに「成長」はあったかどうか。うーん、です。
ああいうところでビシッと仕切る1年組(まきりんぱな)が見られれば、「受け継がれるスクールアイドル」という主題にカチッとはまるんですけどね。

正直、最後まで残酷な友達というか仲間だという印象もありましたね。
他の8人は大なり小なり「穂乃果ならなんとかしてくれる」「穂乃果が最後はやってくれる」で片づけてしまって、こいつらは穂乃果のファンなのかチームメイトなのか。
1期11話の反省が全く生かされてない(これは2期もですが)ところも、「成長」という主題が霞んでしまう原因ではあったんでしょうね。

μ'sのメンバーは、穂乃果に「姉(先駆者)」であることを要求し続けた。
そして、自分たちは「妹(追従者)」に安住した。
NYにいた日本人シンガーの正体が「穂乃果の可能性のひとつ」だとすれば、彼女は「妹」として自分を露払いに使う他のメンバーたちにうんざりしてきて、飛び出したというところでしょうか。
そこまで織り込んでアニメスタッフが書いたとすれば、それはそれでひどい自己風刺ではありますが…。

とにかく、カタルシスとも喪失感とも違う、ひどく欠乏した気持ちで映画館を後にしたのを覚えています。
Posted by とーま at 2015年06月23日 22:38
穂乃果以外のキャラが劇場版で何してたって言われるとほとんどギャグしか 浮かんでこないのは実際そうだなあ。
μ’sを終わらせることについて 各学年、特に3年の思考過程は欲しかったよね。

この9人にこだわってたのは わかるけどスクールアイドルにこだわってた感じがないってのは本当にそうよ
Posted by at 2015年06月23日 22:38
自分は貴方とは全く逆で
これほどまでにスタッフやキャストが作品・キャラクター・ファンを愛してくれていて、その行く末をしっかり考えて作り上げてくれているモノは無いのではないかと思っています。

ツッコミ出すときりがないので割愛しますが
「μ'sというアイドルに対してまるで愛玩動物か観葉植物に対するかのように接し、見かけや単純な反応、単純な関係性だけを楽しんでいる」のは貴方のほうではないでしょうか?

アイドル観の違いと言ってしまえばそれまでです。
しかしそれは作品やそのファンの問題ではなく自分自身の受け取り方の問題のはずです。
Posted by at 2015年06月23日 22:48
筆者さんのお陰で二期視聴時より感じてきた違和感の正体が分かった気がします。
とてもわかり易く的を得た論評でした。
これからもブログ読ませていただきますね。
Posted by あい at 2015年06月23日 22:55
失敗作?オタ歴7年程度のニワカですが自分の中では今までで一番面白いアニメ映画でした
あと1期も2期も大好きです

この事実だけで十分
Posted by at 2015年06月23日 22:56
2次元と3次元の区別もつかない頭おかしい。そもそも内容を見ないとしてもすでに8億以上稼いでいるのを失敗と断定することが間違ってる
Posted by at 2015年06月23日 23:03
全くおっしゃる通りだと思います。
私は劇場版を大いに楽しみましたが、それは面白い音楽や映像体験ができたからです。
そもそもラブライブにキャラクターの深みや物語性を求める人がいるのでしょうか?
1つだけならまだしも1期、2期、劇場版と見てそれらをこの作品に求めるのはお門違いかと。
Posted by   at 2015年06月23日 23:05
表面的なキャラクター性ばかり強調して人間性が描かれていないというのは私も感じました。

例えば花陽ちゃんがお米食べたいと泣き出すのは、確かにキャラクターとしては正解なんでしょうけれど、わざわざみんなで外国に来て限られた時間の中でライブを行うところまでしなければいけないのに、暴走しすぎかなぁと思ってしまいました。
花陽ちゃんはにこちゃんに次いでスクールアイドルに対して思いが強いキャラですし、ダイエットの時だって穂乃果ちゃんを止めながら必死で我慢しようとしてたのに……。

……まぁ私の中の花陽ちゃん像が固まりすぎてるだけだとは思うのでそこはそんな細かく描写しろって訳ではないです。



個人的に他に気になった点をあげさせていただきますと、

外国にスクールアイドルをアピールするのに、なぜ彼女達が頑張っている(頑張ってきた)場所で映像を撮るのではなくわざわざ直接出向いて、招いた人達が観客としているわけでもない場所でライブをしたかの理由が全く分かりませんでした。

そしてμ'sは結局どうするか決める時、リーダーの穂乃果ちゃんに決断を仰ぐのはいいのですが、穂乃果ちゃんが決断できたのは会ったばかりの謎のシンガーに背中を押してもらったからなのか、もしくは結果を知っている未来の穂乃果ちゃん?にその通りの結果に導かれた(現在の穂乃果ちゃんなりに考えた結果と言い切りづらい)からだと見えてしまいました。
背中を押すのだったらせめて、1期の終盤のように、ずっと一緒にいた2人からのほうがよかったです……。

そして秋葉原のライブでμ's解散と言っておきながら最後にもう一度ライブを行うのは、(曲や演出はとてもよかったのですが)蛇足というか、全然きっちりしてないじゃないか!と思ってしまいました。



前のコメントで「ラブライブは、時代の流れに沿ってファンの思いと合うようにあなたよりも数十倍いや、数百倍考えて公式は作っている」と言っている人がいますが、コメント全体を見ると結構なファンが自分達の思いと合わずに違和感を得てショックを受けていることが分かります。
公式は、発信したものを何も考えずにただ肯定するファンしかファンとして見ていないのでしょうか?……
Posted by at 2015年06月23日 23:15
ほんこれ
劇場版は見てないが、花田評としては納得できる
Posted by at 2015年06月23日 23:22
そもそも歌あり気のラブライブにキャラクター性やその堀下げ、物語性を求めるって
ゲームあり気のマリオにキャラクター性やその堀下げや物語を求めるのも同義な気が

Posted by at 2015年06月23日 23:24
他の記事も見たけどこの人典型的な質厨だね
絶対まどマギとかシロバコ絶賛してそう

こういう人はラブライブ合わないから
そもそも第1期第1話突然歌いだすとこでどういうアニメか把握できるでしょ


それとアニメなんか見るより実写ドラマ見た方が合うんじゃないかなこの人
Posted by at 2015年06月23日 23:36
要約すると「京極と花田が悪い」ってことですねわかります
まぁ、楽しみ方は人それぞれなんでキャラが可愛い!って人をそんなに批判しなくてもいいのでは
Posted by at 2015年06月23日 23:37
コメント欄を見て、私の他にも結構ラブライブ!の映画にモヤっとした感情を持った人がいるんだな、と知れてよかったです。
ブログ主さんの記事に書いてあることも納得でした。

映画では、ミューズが勝手に大会に優勝し、勝手に周囲も支えてくれたという印象が残ったのが、私がモヤモヤして劇場を出た理由なのかな、と思います。
穂乃果とその他大勢、という図式も、たしかに少し感じました。

私がこの作品にハマった理由である、キラキラした部分も感じなくもなかったのですが…
土台となる部分がどうにも雑で引っかかりが生まれたのかな、と思います。
Posted by at 2015年06月23日 23:43
「ラブライブ」「アニメ艦これ」同一脚本家による同一の論法で作られた作品
ラブライバーは絶賛し、艦これファンからは怒りを買った
どちらに愛があるかは置いておいて
ファンがキャラクターに対してどう接しているかの差が明確
Posted by at 2015年06月23日 23:50
ツッコミの一部分は正しいと思う
でもそこから導き出される答えは首を傾げるものばかり
答えありきで中身書いてるでしょ、これ
Posted by at 2015年06月24日 00:34
自分はブログ主の感想に概ね同意で、映画見終わった直後はなんとなく楽しかったと感じたが、時間が経つにつれて、ストーリーや世界観の矛盾点に違和感を感じていったタイプです。

そもそも、

・作中の世界でで一目置かれる大会「ラブライブ」にて優勝し、さらに注目を集めた 

という描写をしてしまった時点で、たとえ事前に解散宣言をしていたとはいえ、μ'sが解散するという結論を出すには相当の理由が必要であると感じます。
これには、「μ'sはスクールアイドルだからこそ輝ける」みたいななまっちょろい理由は、解散を正当化することができる理由にならないでしょう。
ブログ主が書かれているように、ここの1点だけをとってみても、全くの人間らしさがない。ここでμ'sが解散する意味もなければ意義がなく、理由がない。

μ'sは9人だからμ'sというこだわりは、テレビ2期視聴から理解できました。しかし、9人でそのままアイドル活動ができる可能性が見えている状態で、それを選ばない理由が全く見えない。

現実で考えると、メジャーなコンテストで優勝して、プロの世界があるのに挑戦しないという選択はほとんどありえないし、
現実ではなくても、多くのコンテンツで作中で重要とされる大会の優勝者・優勝チームは特別な理由が無い限りまず、プロへ行く。

仮に最初はプロアイドルになる気がなくとも、なりたくなるでしょう普通は。優勝したんだもの。注目集めたんだもの。普通はここのあたりの葛藤が描写されるでしょう・・・。

また、μ'sがラブライブの大会に優勝したにも関わらず、プロアイドルには挑戦しないという選択肢を出してしまった時点で、μ's以降のラブライブ大会はどういう意味づけになるのか?という疑問も残る。大会自体は世間からどんどん注目をされるが、優勝してもプロに行くわけではないという。優勝して、プロ行って、そのまま活躍していったほうが(あるいは挫折)、物語らしいですわ。

自然な思考からは出ないような結論(μ'sはスクールアイドルだからこそ輝ける、解散します)をあたかも、μ'sメンバー自らの意志でもって導き出したみたいな表現は、強烈に多くの人に違和感を与えているでしょう。なんとなく良い話っぽく表面上演出していたけど、実際そんな思考はしないでしょうという思考ですから。

こう、ラブライブの世界観に対する違和感の正体を探していくと、制作者がμ'sを特別なものに仕立て上げたかったんだなと伝わってきた。そして、それがとても不自然だった。
Posted by at 2015年06月24日 00:55
花陽の白米シーンは確かに目立ちますが、それだけが描かれていたと言われると残念です。

穂乃果が全国のスクールアイドルの前でμ'sが終わることを伝えている時のことです。晴れやかな、やりきった表情を見せるメンバーの中、花陽の表情は、これまでに見せたことがないほど寂しそうな表情でした。μ'sのメンバーとしてか、スクールアイドルファンとしてかは分かりかねますが、μ'sが終わってほしくないと考えていたのでしょう。個人的にはここがこの映画での花陽の見せ場のひとつだと思います。
Posted by at 2015年06月24日 01:17
そうですね。
握手会に参加するために何件も殺人事件起こしてるAKBファンとは
アイドル感が一致しないでしょうね。
一致したくもないですけど。
Posted by at 2015年06月24日 01:31
昔は美味しいと思ってた料理が、ある時から自分の口に合わなくなった。
それを無理して食べてまで、わざわざ美味しいって言っている人の前で「不味い」って言う必要があるのかなって思いました。

Posted by at 2015年06月24日 02:10
いや、個人のブログなんだから感想である以上は何書いたって良いだろ

この記事だってわざわざファンの前にこの筆者がやってきて無理矢理読ませてるわけじゃないじゃん
バズったからウチらが勝手に読みに来てるんでしょ?

あとAKBファンだってこと叩いてる人居るけど、この人ラ!も相当好きなのくらいこの文章からでも過去の記事でも読めば分かるじゃん
AKBの握手会で何度も殺人事件がー、とか捏造まで書いてる人もいるし

ラ!が批判されたからって考えもしないですぐ作者の人格まで否定するの止めてくれるかな?
ホントみっともないし、同じラブライバーとして悪いイメージ持たれそうで迷惑だわ

Posted by at 2015年06月24日 02:19
とりあえず映画館に行く価値はないということはわかった
違法アップロードサイトにうpされるのを待てばいいんだな
Posted by at 2015年06月24日 02:29
賞賛しなければ個人のブログも弾圧対象にするラブライバー怖すぎでしょ
だーから犯罪者予備軍って云われるんですよ
Posted by at 2015年06月24日 02:44
@oriaso: https://t.co/yCcH6jzJWR
2000RT & 1500Fav に到達しました。これなら制作スタッフのどなたかにも見ていただけるんじゃないかと思っています。一つの意見として今後に役立ててもらえたらうれしい。

@oriaso: 劇場版『ラブライブ!』は失敗作なのか - Togetterまとめ
http://t.co/NG1sc2lKHs

予想外にブログ記事の反響が大きかったので、目についた議論をほんの一部ですがまとめてみました。

ブログとしては大変良い意見だが上のつぶやきやTwitterでのフォロワー数の増加や拡散感謝など反響に対しての反応がキモオタでワロタww

ついでに…アイマスも見てないらしいので「アイドルオタの僕が考える最強のラブライブ論」で終わらずにもっと意見がやりとりされると面白そう
Posted by at 2015年06月24日 02:47
彼女たちは二次元のスクールアイドルなんですよ、三次元のプロアイドルと比べるのはおかしいと思います。
視聴者もそれぞれ求めているものが違うでしょうし。

自分に合わなかったなどの意見はともかく、失敗作と断定するのはどうなんでしょうか。

人間を描こうという当初のスタンスとありますが、初期は希は2年生でしたよ。
他にも媒体によって設定が違ったりしています。
なので、初期のみにきちんとした物語性や人間性があった、とはいえないと思います。
その変化こそが、より良い作品を作ることに繋がっていると思います。
Posted by at 2015年06月24日 03:14
劇場版はファンサービス的な位置付けだと思われ、また、最後のライブシーンのところで1期3話のファーストライブのことなどをを思い出せば、それなりに感極まるものがあるし、衣装に注目すれば、「スタダ→キラセン→僕たちはひとつの光(?)」の成長の過程が窺えるかと。「物語性が感じられない」というのは、あくまでも映画単体での話でしょう。なるほど、映画単体で映画評論家風情で評論しようとすると、辛口になるのは仕方ないかもしれません。。。

「みんなで叶える物語」は「みんなで創作する物語」の要素もあって、各キャラには象徴的な属性のみ与えておいて、キャラについての具体的な物語はファン自身が自分たちで作っていけばいいとも思うし、あえて隙間を作っておくことによってコンテンツを盛り上げていく、そういう考え方もあるでしょう。

「ラブライブ!」はコンテンツの展開において「けいおん!」についてはかなり研究したんじゃないかと、個人的にはそういう気がします。脚本つながってるし(笑)「満れば欠ける」の無常の理、綺麗な幕の引き方、そのへんには結構神経使ったんじゃないかな、そのように想像します。

スクールアイドル大会のライブは、μ'sを伝説の域にまで持ち上げて次のプロジェクトに繋げるための伏線をここで張っているとも考えられるし、サンシャインを意識してのことではないか、と想像は膨らむばかり(笑)

好きな女の子がいる。彼女についての断片的な情報が与えられて「ああかしら?こうかしら?」とあれこれ妄想を逞しくする行為は、悩ましく愚かしく、でもこれは幸福のひとつのカタチであるともいえる。受け手を幸せな気持ちにさせないなら、「ラブライブ!」というコンテンツは明らかに失敗してる。肝心なのはここだと思う。なので、投稿主が、にこちゃんについて言及しだしたら、議論の筋がコロッと変わっていたかもしれない。。。
Posted by at 2015年06月24日 03:53
文章表現力はあるんだろう。でも、その主旨は、古参がニワカを叩きたがってるだけの内容ではないかと。
Posted by at 2015年06月24日 04:55
まず、あのフェスティバルはμ'sのラストステージではないけど、
僕たちはひとつの光という曲の歌詞は人間性と物語性を補完できると思います。
Posted by あきら at 2015年06月24日 05:15
Twitterから読ませていただきました。
確かに書いている内容に同意できる部分はありますが、実際2期以降は放送されてアニメラブライブはゴールを迎えてしまった以上もう何も変えられないのも事実なので割り切るしかないかと思います。
Posted by at 2015年06月24日 06:26
私が二期と劇場版に抱いていた謎のモヤモヤの理由が分かってスッキリしました。ありがとうございます
Posted by at 2015年06月24日 06:45
どこが失敗作なのか教えてくれ(お前の目、節穴かよ)
Posted by at 2015年06月24日 08:25
お前、死ねよ(アニメの何がわかるだよ、整形AKBの時代、終わったんだよ)バーカ
Posted by at 2015年06月24日 08:46
一理あるけどラブライブのキャラクターを語るには同人界隈を抑えないとダメだと思う。劇場版を見て思ったのは同人からのフィードバックをものすごいしている。
もはやμ'sはファンメイドイラストや同人漫画に触れていないと楽しめないすごい内輪ネタな作品になっている。なので劇場版だけを見てキャラクターが愛玩動物の様だというのも仕方ないかもしれないが真実ではない。
Posted by gen at 2015年06月24日 09:34
この文章読んで叩きたいだけとか、古参がーとか言えるやつって逆にすごいわ。
反対意見を加味する必要なし!みたいな。なぜそんなに
頑なになるのか。
Posted by at 2015年06月24日 10:50
とりあえずアニメから入ったにわか共はさっさと消えろ。にわかいらねえって、てめらがにわかじゃねえかよ。さっさと消えろ
Posted by at 2015年06月24日 10:57
映画見てもやもやしてたのがなんとなくわかった気がします。
確かにほのか以外のストーリーがあまり描かれていない気がしました。
いろいろなものを詰め込みすぎて細かい部分が疎かになってたかなと思います。
しかし、歌などはとても良く出来ていてよかったと思います。
Posted by at 2015年06月24日 11:31
Twitterから読ませていただきました!
自分も映画を見ましたが、かなり頭に?が浮かびながら見ていました。
僕光やAAなど素晴らしい歌がありながら、物語としてはあまり話がよくわからなかったです。

後半の「スクールアイドル」の話は明らかにサンシャインの話の作成へのアプローチ感が出ていて、最初の海外の話はなんだったんだと感じたことを思い出しました。
Posted by at 2015年06月24日 11:38
ラブライバー(笑)の米の口汚いことw
この映画をどういう層が支持してるかよく分かるよ
Posted by at 2015年06月24日 12:18
「少年ハリウッド」はご覧になられましたか?
この記事を読んでこの記事の筆者さんのアイドル観にマッチするのではないかと思いました。
男性アイドルもので癖のある作風ですがぜひ見てみてほしいです。
Posted by at 2015年06月24日 13:35
アニメ二期からの変遷について、とてもよく言語化されていると思いました。

とくに劇場版のキャラ付けについては、あまりにカリカチュアされすぎていて見ていて引きました。ああいう「お約束」はマニアにはうけると思いますが(実際マニアには大受けですね)、そうでもない場合には覚めるばかりです。

劇場版はミュージカル風味の演出だったのでストーリー上の矛盾や話の浅さはやむを得ない部分はありますが、だったらもっと歌を増やしてミュージカルらしく仕立てるべきでした。ようするに中途半端なんですよね。映像表現としてもおかしくて、画面に出ていることをわざわざキャラがセリフで説明したり、逆に説明が足らなすぎたりと、こちらもちぐはぐです。脚本と演出間でちゃんと会話ができてないのかも知れません。

こういう「マニアは喜ぶがライト層は覚める」ような作品づくりは、これからさらに羽ばたく余地を持っているラブライブ!というコンテンツにとってあまり良いことではないなぁと感じていました。ちゃんとした映像作品にならなかったのは本当に残念です。
Posted by at 2015年06月24日 13:37
トゥゲッターからきました。
納得のいく部分や自分とは違う意見の部分もありましたが、
分かり易い文章で面白かったです。

しかしここのコメント欄も一部ひどいものがありますね。
ラブライブファンや作品自体の品位を下げることを分かって書いているのでしょうか。
こういう脊髄反射のファンがいるから作品も悪く言われるのが悲しいです。
(本文の感想とずれてしまってすみません)
Posted by at 2015年06月24日 13:38
AKBは秋元康の機嫌一つで動かないの?そうなの?
Posted by at 2015年06月24日 13:50
前半ですが反論記事書いたのでこの記事に不満を感じた人は是非読んでください。
http://hiyamasovieko.hatenablog.jp/entry/2015/06/24/004202
Posted by Violaの錬金術師 at 2015年06月24日 14:08
映画はほのかとそれ以外になっていたところなと、考察部分で共感できる点が多々有りました。
しかし、だからこそ、最後のまとめで、ラブライブ映画を好きと言っている人たちを、キャラを愛玩しているだけなど、見下しているような発言が見られるのが本当に残念に思います。
価値ある作品批評考察も、その作品に賛成する人を貶めた瞬間ただの愚痴になってしまいます。
Posted by at 2015年06月24日 14:09
この映画は宗教団体のアニメと同じだと思う。
ほのかが教祖で、きらびやかな奇跡を起こすのを見て信者がありがたがるアニメ。
ラブライバーは宗教を盲信しているだけだから、物語があるとかほのか以外のメンバーの人間性とか関係なく、何となく派手なライブシーンに興奮しているだけ。
だから冷静に映画として批評されると信者ラブライバーはキレる。
Posted by at 2015年06月24日 14:26
ブログ主さんの言っていることは非常に納得できるし2期以降の違和感については共感と同意しか無いのですが、それでもこの映画を楽しめた私は、コメント欄の「ごるだう at 2015年06月23日 11:09」さんと同じ考え方で見ていたのだと思います。

非常に興味深かったです。ありがとうございます。
Posted by at 2015年06月24日 14:29
無駄無くまとまっていてよい文章でした。
概ね私も同意見です。

1期2期も含めて、良くも悪くも「分かり易くてカワイイ!」という作品だったと思います。
王道少年マンガ的というか(基本「努力・友情・勝利」の文脈で描かれてますし)
まあそれがヒットした理由の一つでもあるのでしょうけど。
Posted by at 2015年06月24日 14:31
かよちんNYご飯ネタをこき下ろしてるけど、海外に行ってご飯やみそ汁が恋しくなった経験があれば、これはネタとしては自然な流れ。
Posted by at 2015年06月24日 14:38
ラを初めて見た時「どうせいつものアイマスのパクリだろ?」って思った

これただの勘違い素人のアイドルごっこじゃんと思った

ニコ厨が踊ってみた動画をニコニコに投稿して再生数を競い合い

踊ってみたの祭典「ニコニコ超会議」に出場するって話しだと思った

やっぱり艦これの制作だと思った
Posted by at 2015年06月24日 14:46
上映前啓発広告で「意味わかんない」連発してましたが、正にこれが自分の映画の感想でした
この記事を読んでその思いをより確かにしました
とりあえずミュージカルって言えばストーリーぐちゃぐちゃでもいいと思ってるならミュージカル舐めすぎです
ニューヨークロケハン行っただろうに、監督以下本場のミュージカル見たりしてないんですかね?
場面転換で適当に歌って踊っとけばミュージカルってわけじゃねーぞ
Posted by at 2015年06月24日 14:54
映画をみて何か腑に落ちないものを感じてましたがこの感想読んで納得できました
Posted by at 2015年06月24日 15:10
ここまで深く論ずる人たちがいるのか、と言うのがここまでざっと読んで思ったこと。愛なんですかね、これも。

まぁ映画まで見に行く人たちの大半はラブライブってコンテンツに対してある程度(悪い意味ではなく)盲目になっているだろうから、この記事読んだらいろんな意味で驚くだろうな〜
でもこれも一つの意見なんだな、と受け止めている人は多いと思います、書き方に多少イラッと来る部分はありますが(笑)。

自分としましては、キャラ色をかなり強めたシーン(花陽の白米とか)なんかは、それこそラブライブを今まで見てきた人だけがいる空間が作られる前提で作っただろうからあれでいいのかな、なんて思います。
制作してくれた人たちにとっては良い言い方ではないですが、そもそもが劇場版がおまけ程度としか考えていないです。ただ、そのおまけの部分って言うのが2期が終わった後のファンにとってはものすごく大きく、再びμ'sが動く場所を用意してくれたこと自体に感謝している人は少なくないはずです。話を短時間に詰めこみすぎたかな?と思う部分もなくはないですが、ラブライブを、μ'sを楽しむのには十分なストーリーでした。

自分も盲目な人間の一人でしょう(笑)
客観的に見てここまで論じれる皆様はすごいですよ
Posted by at 2015年06月24日 15:11
一ラブライバーとしてコメントさせて頂きます。
映画はまだ5回しか見ていません。

まず、タイトルに劇場版『ラブライブ!』は失敗作と書かれていますが自分はそうは思いません。
個人的に映画の評価をすれば76点くらいです。

今回の映画では、演出でフェードアウトなど、場面転換をする箇所が多々ありました。これは、上映時間99分という短い尺で、μ'sが終わるまでを2期最終話からの流れから構成すると、どうしても詰め込んだ感じになってしまうからだと思っています。
まあ、もっと尺を伸ばせという話ですが、あなたには99分枠に基づく批判をすべきだとは言いたいです。

2期から脚本には自分も相当不満がありました。自分もラブライブ!を見て力をもらっているので。
映画の穂乃果の飛べるという部分は穂乃果らしさの強調部分だと思いますが、やはり今の穂乃果だけでは力不足なので後押しする役を例の女性にしたんだと思います。まあ、ありだとは思いますがメンバーの誰かにして欲しかったです。尺を伸ばしてもっとシリアスにするなど。

「スクールアイドル」の問題については、2期を見てれば色々考えられますし、無関係なストーリーと言っていますが、
私たちは映画で、第三者の立場でμ'sの日常の「一部」を見たんです。
μ'sが終わるまでの過程では重要な部分です。
ストーリーというか、ライブシーンが素晴らしくて、物語性が霞んでいますが
μ'sの物語がそこにはありました。
繰り返しますが、映画ではフェードアウトでμ'sが終わるまでの出来事の一区切り、一区切りずつを見せていることが強調されていました。
決して、行き当たりばったりで物語の流れを無視したストーリーではありません。

映画で足りなかった部分。
・穂乃果以外のキャラの掘り下げですね。
まあ詳細は省きますが、海未のギャグ要因はやめてほしいんですよね。推しなので。
・尺が足りない。
キャラに関することがほとんどですね穂乃果ばっかりだったのは残念。

余談ですがキャラが頑張ってる姿を2期で見たかったです。


あなたのアイドルに求めているものは良いと思います。
しかし、ラブライブ!の批判で間違っている部分があります。アニメは全部見ているのでしょうが。
以下
・私も含め、ラブライバーは花田先生の脚本に納得していない方は毎回多くいるので安心してください

・劇場版の脚本では、そのような真摯さはすっかり失われてしまった。のでは無く、尺が足りなかったんです。
言い訳だという人がいるかもしれないですが、キャラを掘り下げていたらライブシーンなんて1つも見れなくて崩壊していましたよ。ラブライブ!らしさを出すには及第点だったかと。

・歌い踊るμ'sの9人のその笑顔の裏に何を見られるのか。
これは、某アニメ監督も仰ってましたが、分かってもらえなくていい。感じてもらえればという奴でしょう。
自分はライブシーンから、花咲くいろはで言う、ぼんぼってる・輝いてる一面が見れたと思っています。

あなたには是非SIDとかも読んで欲しいです。



最後に、今回の映画は99分です。長年あなたが応援している48などの群像劇から得られる人間性の魅力と

今回μ'sが終わる一ヶ月も無い期間での憤慨や感動するドラマを
この99分間でどう表現するかに対し

時間的表現の対比があまりにも釣り合わない。

比較対象を変えないのであれば、99分でのシナリオ構成における批判;制約時間内でどう表現すべきだったかを叩くべきではないか。
今あなたが叩いているのはキャラ表現が主です。

どれだけ48に時間を費やしたか、応援してきたかで評価が変わってきたように、
ラブライブ!もアニメ以外のコンテンツに触れ合って下さい!!!

SIDやドラマCD、ライブもろもろ。

アニメだけじゃないんですよ。



あなたがラブライブ!が好きだというなら
アニメだけ見たにわかな様な発言はしてもいいですが、
もっとラブライブ!を把握してから発言して欲しいです。



Posted by at 2015年06月24日 15:11
個人的にはよかったと思います。
海未ちゃんが踊ってる姿を見ることができて。

物語性についてはこの記事に書いてあるように、
いろいろとつっこみたくなって、何回笑いそうになったことかw

物語性を出したら頭悪い人には伝わらないでしょうし、
今回の劇場版みたいな、ただ単にワチャワチャしているだけの
ほうが万人受けするからそうしたんだと思います
Posted by at 2015年06月24日 15:15
色々な意見がありますね。私としては、アニメシリーズに比べ劇場版では随分上手くストーリーが纏められてる印象でした。
確かにアニメシリーズだけしか見ていなかったらあなたの様な感想を持ってしまうのかもしれません。しかし、アニメ以外の媒体に触れていれば、また違う感想を持てるのでは無いのかと思います。
さて、劇場版についてですが、唐突なNY行きもスクールアイドルやμ'sが広く認知されて人気が有るということを印象付けるには最適だったかと思います。この前半部分と後半で脈絡が無いとも書かれていますが、人気の印象付けからのμ'sの解散問題やスクールアイドルの発展への話しは、十分筋が通っていたと思います。
μ's解散についても、そもそも2期で解散は決定していた訳で、同調圧力がー、というのは流石に考えすぎかと。2期では主に1,2年生が解散を決めていました。劇場版で改めて3年生の意志が示され、9人全員がμ'sを終わらせても良いということが表されていただけなのではないでしょうか。
あなたの感想を見て感じたことは、ストーリーの深読みをし過ぎな所にやや違和感を感じました。恐らく脚本はそんな深い所まで考えて作ってないと思います。さらに、いちいちAKBどうこうの話しを持ち出してきたら何も楽しめないでしょう。アニメを見るときくらい楽な気持ちで見ることをおすすめします。

Posted by 名無し at 2015年06月24日 15:16
自分と近い意見があってよかった。ありがとう
Posted by at 2015年06月24日 15:17
ラブライブはかけがえのないものまで読んで泣いてしまった
Posted by at 2015年06月24日 15:32
素晴らしい考察だと思います。
私も賛成できる箇所が幾つかありました。
じっくりは読んでいませんが、少しだけ私の意見も聞いていただきたいです。
人間として見たいのなら花陽はお米が本当に大好きな子ですので、人間として、好きな物を食べられないという事は苦痛なことです。そのため、劇中の現象は普通だと私は考えています。
それと、ラブライブはキャラ付けをする作品では無いと考えておられるようですが、私は少しだけ違って、初期の矢澤にこの自己紹介(ぼららら)で印象強いキャラ付けがあるので、断言はできないのでは無いでしょうか。しかし、2期のキャラのゴリ押しやカプ(特ににこまき)が多かったのは否定できません…w
これ程の考察が書けるのは貴方がラブライブ!を本当に好きだからだと思います。
これからも共に応援していきましょう。
Posted by at 2015年06月24日 15:54
ただの感想にそこまでよく顔真っ赤にできるね。
別にAKBファンが感想書いちゃダメってことはないだろうに。
どうように、全部のラブライブ!を知らなきゃ、批判しちゃいけないという道理もないだろうに。
決められたルールがないんだから、自由に書いていいでしょ。
これがプロの演出家とか、批評家とかなら、コメントがこうなるのは少しわかるけど、あくまでも一般の感想でしょ?
少しは落ち着いてください。

ブログ主の感想は全部は賛同できないけれど、同じように感じる部分はありました。
あれでもないこれでもないと長文を打つの大変だと思います。
お疲れ様です。

今後も荒れるかもしれませんが、ブログ主が書いたような人たちである可能性があるため、そんなに気にしないでください。
Posted by at 2015年06月24日 16:17
ラブライブ見てない自分が、この記事とコメントを全部読んでみた。
それによるとラブライブ映画だけ、を見ても多分なにも面白くなさそうというのはわかった。
完全にやりこんだ人、ライバーの人が(一部)楽しめるようになっていて、映画単体だとそんなことはないんだろうなと。
アニメなんだからこんなもん、とか言わずに、どうせ映画にするんだからこだわりにこだわって、初めて見る人でもおもしろいつくりにしてもらいたい
Posted by at 2015年06月24日 16:18
>>ラブライブはかけがえのないものまで読んで泣いてしまった
これワロタ


おりあそ?って人が良く見たのかなってのはなんとなくわかるが、いかんせん物事に対して「アンチテーゼを掲げる」的な書き方を一貫して行っているから、いい印象を持つ読み手は少ないかもな
まあ言わんとしていることはわかるよ、もちろん賛同するかは別としてだが
Posted by at 2015年06月24日 16:18
なにアニメをアイドルと比べてムキになってんすか?ぷ)

ダメだと思うならそう思っておいてください。個人の自由です。

よって、ラブライブを愛する人たちも、「何人(なんぴと)たりとも個人の
思想を侵害してはいけない」に則って、「そんなひと(批判的なひと)も
いるんだね」でスルーすべきです。

宗教戦争が起こるのも他人の思想に踏み入るからです。

ちなみに私は「これはこれで良い」「ハイクオリティ(画質のこと)なもの
が大画面で見れた」「ヘンな部分は元からそういうアニメ」という視点で
満足しています。
(アニメ版艦これも「良し」とする人間です。あ、脚本が同じ人だ(笑))


悪い部分も包括して許容できるぐらいでないと社会で生きていけませんよ。

「好きでないけど理解する」というスタンスで、エログロナンセンスですら
許容できる懐を持つべきです。




Posted by あきら at 2015年06月24日 16:23
アニメくらい気楽に見れば良いのに。

あなたがラブライブを愛していたのは伝わりますが 劇場版が、今のラブライブが肌に合わないのであれば静かに引いたほうが良いと思います。
どんな形であれ、公式が出しているものですから。

ぼくのかんがえたさいきょうのらぶらいぶのシナリオが作りたいなら同人でもSSでもやればいいんじゃないかな

今が最高って思ってる人のほうが大多数なんだからそこに古参が昔は良かったとか言い張っても老害でしかありません。
Posted by at 2015年06月24日 16:27
自分にとって都合の良いラブライブじゃないから文句を言うってだけならファンでいる資格ない以前に論外だと思う
Posted by at 2015年06月24日 16:36
ラブライブをアイドルという文脈で批判することに対する違和感。
これは本質的にアイドルモノではなくて部活モノ。

アニメ1期がよくてアニメ2期と劇場版のストーリー云々は概ね同意しますが、リアルアイドルやアイドルアニメは関係ないかと。
Posted by at 2015年06月24日 17:00
自分にとっての都合や持論こそが神の言葉で他者は従って当たり前で当然みたいなバカに何を言っても無駄だと思う
Posted by at 2015年06月24日 17:14
概ね賛同です。キャラクターの人間性の喪失の行き着く先は陳腐化とコンテンツの終焉でしょうね。

・一過性の人気で構わない人→可愛いキャラが動いてるの見られればいい
・長く続いてもらいたい人→キャラ掘り下げろストーリーちゃんとしろ
ってイメージです。

作品を愛してるのは後者だと思いますし、後者が前者に嫌悪を抱くのも分かります。
が、エンタメに対するスタンスは別にどちらが正しいって訳では無いのがややこしいですね。
はっきり言って私はラブライブに対しては前者のスタイルです
Posted by at 2015年06月24日 17:25
世間よ、この※欄がラブライバーだ
Posted by at 2015年06月24日 17:28
一期の最終回付近がひとつのターニングポイントだったと思います。
無難だけど辞退させずに、普通に優勝して廃校阻止でハッピーで終了!
が1番良かったと今でも思います。
そうすると2期も劇場版も無かったかもしれないのでそう考えると複雑ですが
Posted by ユメ at 2015年06月24日 17:34
アニメぐらい気楽に見ろとか老害とか言ってる奴、個人ブログの個人の感想に文句つけに来てるくせに何言ってんだw
頭大丈夫?
お前こそ他人の感想くらい気楽に見ろ、意見潰すなw
Posted by at 2015年06月24日 17:40
批判自体はまあそういう意見もあるよね的なのでいいが、最後の
>劇場版『ラブライブ!』が素晴らしいと言っている人たちは、
>μ'sというアイドルに対してまるで愛玩動物か観葉植物に対するかのように接し、
>見かけや単純な反応、単純な関係性だけを楽しんでいる人々なのではないだろうか。

これはただの誹謗中傷であり、これを書いてしまった時点で批評としての説得力を失ってしまうので大変まずいと思われる。
Posted by at 2015年06月24日 17:44
もうやらおんに記事にされたから信者に成りすましたアンチと
隠しもしないアンチのコメが増えるでしょう

なかなか面白かったよ
自分に合ったコンテンツが見つかるといいね
Posted by at 2015年06月24日 17:45
意見を潰されると言うか周りから反感を買って叩かれる覚悟もない奴が軽々しく誹謗中傷をした結果に過ぎない
Posted by at 2015年06月24日 17:49
>劇場版『ラブライブ!』が素晴らしいと言っている人たちは、
>μ'sというアイドルに対してまるで愛玩動物か観葉植物に対するかのように接し、
>見かけや単純な反応、単純な関係性だけを楽しんでいる人々なのではないだろうか。

>これはただの誹謗中傷であり、これを書いてしまった時点で批評としての>説得力を失ってしまうので大変まずいと思われる。

別に誹謗中傷する内容ではないし説得力あると思うよ?
劇場版の擁護意見は実際ほぼライブ(「見かけ」)とキャラ萌え(「単純な関係性」)に集約されてるわけだし。

Posted by at 2015年06月24日 17:50
ラブライブが好きなことが伝わってくる面白い記事でした
個人の感想なんだしどんな見方しても良いし、なにを書いても良いと思います
Posted by at 2015年06月24日 17:52
興味深い記事だった為、コメントさせていただきます。
(管理人さんと意見の違う部分もありますが批判コメントではありません)

※欄にありますが、劇場版は私も夢(「将来の夢」ではなく「夜寝てる時に見る夢の方」)だと思っています。

また1期のラブライブの最後の方のシリアス展開は、最終回に向けた
よくアニメにある無理矢理シリアスというか、
視聴者から穂乃果やことりが批判されてしまうような展開に
ストレスが溜まりました。

ラブライブは元々、ステージに立てる声優を集めたキャラクターコンテンツであり
アニメ以前からPVも発表されていたので、それぞれのキャラに人気がある中で、
アニメを盛り上げる為のシリアス展開で、特定のキャラに批判が集まるような
ストレスの溜まる展開は向いていないのかもしれません。

きっと1期のラスト展開に視聴者の批判が集まったのだと思います。
それで、2期からは穂乃果以外のメンバーが付和雷同になってしまったのでは
ないでしょうか。

最近の萌えアニメは需要の関係で、恋愛展開はほぼできません。
比較的やりやすく話に起伏をつける為には
人間関係のゴタゴタシリアスになってしまいますが
それも求められていない。難しい時代なのだと思います。

今期の萌えアニメではユーフォニアムが比較的
人間関係のゴタゴタがあり、かつ面白いですが
あれは原作がラノベで、作っているのも京アニで、
しっかりストーリーがあります。
それに彼らは物語の為のキャラクターであって、
キャラグッズを売っていかなければならないわけでもありません。

キャラを売っていかなければならないラ!との違いなのだと思います。

視聴者にどのキャラクターも嫌われず、起伏を作るのは難しい。
一時期ラブコメやラノベアニメで流行ったツンデレキャラは、
人気というよりは制作側が話を動かしやすいんだそうです。

結論もなくつらつらを申し訳ありませんが、
キャラクターコンテンツについて色々考えてしまいました。
Posted by at 2015年06月24日 18:06
誹謗中傷以外の何者でも無いと思うけど。人の好き嫌いを完全無視して自分の意見に従わせようとしてるバカに言うだけ無駄だろうが
Posted by at 2015年06月24日 18:07
根拠も示さず「と思う」って…
誹謗中傷ってのはお前が使ってるバカとかそういう言葉のことだから
Posted by at 2015年06月24日 18:18
「物語性がない」という意見に共感しました。

ざっくりと私見を言うと、μ'sの活動理由はアニメ1、2期を通じてテーマにはなっていて「学校存続→アイドル活動が好き→この9人での活動」と語られてきたと思います。

今回の映画では「学校という枠を超えて活動する可能性がある」と新たに提示されたのに対し「スクールアイドルであることに意味がある」という唐突な理由が現れたことに説得性がなかったことが、物語性を欠く原因だったと思います。

この決断と「飛べるよ」というメッセージのつながりが意味不明なのも物語性が破綻している一因でしたね。
Posted by at 2015年06月24日 18:19
怒るなよお前ら
アイドルとの比較部分はどーでもいいけど
ラブライブのとこは全部的を得てるじゃないか
Posted by at 2015年06月24日 18:22
わたし自身は「アニメ1期から入った新参」ですし、雑誌当時のことはサッパリ判りませんが、それでも「1期と2期の温度差」は見ていてすごく感じました。
もっとも1期を絶賛するわけでもなく、1期も2期も善し悪しそれぞれあったと見つつ、「それでも2期に関しては蛇足感が」という感じですが。

各キャラが「薄っぺらく」なっていったのは、「ある程度売れるようになると一部の声の大きい層だけに眼を向けがちになる製作の方向性」が顕著に現れていると思います。
その結果「当初無かった設定」だったり「当初との矛盾」が出ちゃうとか、これらは他作品でも良くあるので本作に限ったことではないですが。

劇場版はまだ観ていませんが観る気にもなれません、これはアニメ2期最終話で「スッキリ終わればいいのに無理矢理劇場に繋げた」そのやり口に辟易したからです。
元々2期では北米ドラマの丸ごとパクリがあったりと1期に比して殿様商売感がすごく鼻に付いてましたし、劇場版を観てきた周囲の知人の感想も踏まえてみてると、2期の時点で「まだ使ってない楽曲ねじ込むための壮大なMV」だったと言われて納得しかできませんでした。
劇場版がミュージカル仕立てだったのも、そういう方向性の果てなのでしょうね…
『内容なんて二の次、とにかく曲ぶっこんで作る』そんな印象です。
モーションデータさえ出来上がれば、3Dモデル動かすだけだからアニメそのものを作るより現場も楽ですしね…(苦笑
Posted by 通りすがりの同人屋 at 2015年06月24日 18:29
仮に映画が失敗作としてそのファンを貶して誹謗中傷するような奴にそもそも批評する資格はないよ
Posted by at 2015年06月24日 18:32
自分は劇場版を2回見て、基本的には良い映画だったと思いながらも1回目ではどこか腑に落ちきらないようなものを少し感じ、2回目では1回目より細かいところに考えを及ばせることができて1回目のもやしたものを一部晴らせたものの、依然としてもやもやを晴らしきることはできずにいました。

劇場版に肯定寄りの自分に突っかかってくるような文体にはムッとしながらも全文を読ませていただきました。
第一感は「言いたいことがわかる部分(具体的にはストーリーの唐突性、穂乃果以外のキャラの描写の薄さなど。『マシーン』は言い過ぎかと思いましたが)がいくつかあって、それが自分のもやもやの原因なのかもしれないけど、しかしそれでも基本的には賛同できない」というもの。他の方はどう感じているのか気になってコメントを全部読みました。
ブログ主様に主に賛同する方のコメント・主に反対する方のコメントの両方を読んでいく中で、自分の感じていたモヤモヤの原因が具体的にわかって、さらに自分のラブライブ!に対するスタンスも以前より明確になりました。

結論としては自分が感じていたもやもや・違和感はほとんどが肯定的に説明することができて、劇場版の出来は素晴らしいという自分の感想を強固にしました。

ブログ主様には自分が劇場版を見てもやもやと感じていたことを具体的な言葉で指摘してくださって、それについて考えるきっかけを与えてくださったことに大変感謝しています。
ブログ主様に感謝を伝えたいのが自分の本意のため、自分のもやもやが何だったのか、自分の意見は何なのかということは具体的に述べていないことをお許しください。

記事を読んでムッとしている方は(もちろん記事に賛同する方も)、他の方の意見(賛否問わず)を読まれることをオススメします。ムッとするまま喧嘩腰で反論、ましてや行き過ぎて誹謗中傷をしてしまうことはあまり建設的ではありません。
Posted by at 2015年06月24日 18:37
ラブライブのファンは愛玩動物とか結果にファンを最初に貶してるのはここブログ主であるのは変わりないし
Posted by at 2015年06月24日 18:41
なんとなくわかる。

でも何かが絶対的に違う文章。多分、多くの人の中に違和感を生じさせてるのがその何か。
Posted by at 2015年06月24日 18:41
個人のブログに批評する資格云々は余計なお世話では?
Posted by at 2015年06月24日 18:41
はっきり言うと発言に責任を持てとしか叩かれる覚悟も無いから最初から発言するなとしか
Posted by at 2015年06月24日 18:46
端々に散りばめた百合豚への媚び、全体的にキャラクター依存の希薄な脚本、
未来の穂乃果なら完全に穂乃果は糖質で、実在する人間ならあまりに雑で宙ぶらりんなバーローの存在、
すでに決まったμ's解散を蒸し返して再葛藤させる陳腐で無意味な展開、
一緒に歌おう!と全国から招集したアイドル達を完全にモブ扱いして背景で盆踊りさせる等
ダメ出ししていたらキリがないくらいガッタガタな内容でしたね
2期からすでに同じような印象を受けていたので今更な感想でもあるんですが
映画としてのクオリティは仰るとおりかなり低かったと言わざるをえないと思います

まあたぶん映画として見たから失敗したんです
仏のような心でラブライブの悪い面や駄作に金を払ったことを一旦忘れ去り、
ファン向けの特別映像として見れば発狂してる方々同様に楽しめる…かもしれないですよ?
Posted by at 2015年06月24日 19:11
またファンを貶める発言したし
Posted by at 2015年06月24日 19:27
記事読ませていただきました。非常に面白かったです。
自分はアニメ2期でラブライブ嫌いになりましたがこの考察読んで逆にちょっと好きになりました。映画は見る気しませんが2期はもう一度見直してみようかなと思います。
Posted by at 2015年06月24日 19:33
記事読ませていただきました。
とても面白かったです。
もしご覧になっていればアイマスとWUGの映画、
今度9月にやるらしいWUGの映画も記事書いてくれると嬉しいです。
Posted by at 2015年06月24日 19:45
もっといい作品にはできたというところには同感しますが、
この作品が全くダメかというとそうではないと思います。
考えて観る作品はダメだとはいいますが、何回でも
観て、考えて、自分で理解することで感動が深まる
そんな作品だと考えています。
Posted by at 2015年06月24日 20:00
あなたの考えそのものは否定はしません。あなたの中のその(あえて言いますが)「気持ち悪さ」はむしろ大切にし、誇りに思うべきだと思います。
ただ、それを他のファンの否定ではなく、ただただ自分の肯定に使って欲しいと思いました。
Posted by at 2015年06月24日 20:15
子供と一緒に何となく見てたら、μ's全体を応援したくなったオッさんライバーです。
いわゆる推しもいないのに、映画を見た後に、ロス状態になってしまいました。

映画の内容は別として、次作への引っ張りがない、完璧な映画の終わり方があまりに綺麗で、主人公が死んだ訳でも、全てが夢だった訳でもないのに、あの9人のμ'sが活動することを完全に否定されてしまったからです。(まあ現実では声優さんたちのライブは続くのでしょうが‥)

一期の何話かで、これからも3人はずっと一緒だとかのくだりがあったかと思いますが、実際問題そんなことはあり得ない訳で、救済措置のない完全な解散、それも高校卒業という避けて通れないことを理由にしていることに、哀愁というか、青春というか、何十年も前の自分を思い出したりとか、してます。

人それぞれに思うことはあるし、それが当たり前。一緒に見た妻は映画から得るものは何もなかったと酷評。上の娘はにこにー可愛かった。下の娘は終盤オシッコ行きたい〜でした。

もう一回、娘と映画見てきます。
Posted by at 2015年06月24日 20:29
穂乃果たちは、今まで他の(A-RISE以外の)スクールアイドルのことなんかちっとも考えてこなかったのである


当たり前だろラブライブの主催者側でもあるまいし
長文ダラダラ書いてる割に中身が無いな
AKBみたいなクソッカスでも一応プロのアイドルと
スクールアイドルを比較されてもなぁ・・

>>「まゆゆ」という優等生的キャラクターがなぜ魅力的なのか

は? アッハッハッハハッハwwwww 魅力的?あっそう、魅力的なんだ
アケカスみたいなゴミクズ 引き合いに出さないでもらえる?

Posted by at 2015年06月24日 20:41
穂乃果はシナリオの操り人形であるというのは1期ラストからだね
あのくだりで製作陣の弱さがハッキリした
キャラを崩壊させでもしないと上手く話を進められないと
あとかよちんは米好き以外掘り下げられなかったんだろう
製作陣に愛されなかった
魅力的なキャラクター(デザイン)とご都合主義のなにも主張のない物語
歪ですな
Posted by at 2015年06月24日 21:10
アニメのラブライブ(=μ's)の物語は、男坂エンドではあるものの基本的には1期で完結しています。
だから2期も、劇場版も、まぁ「こんなもん」だろうと。

そんな2期と劇場版に付いて敢えて言うなら、コンテンツに長く触れ続けている人ほど
感情を煽られる内容だったのかなと。
とくに劇場版は、その人のラブライブ歴と入れ込み具合によって、
全く余韻が異なるであろう終わり方をしました。
一本の映画として、アニメの完結編として見た場合。
一度決着を付けたはずの問題を、状況を変えてまで再燃させる必要があったのか。
その結果起きた、話のとっちらかり具合から言えば、客観的には失敗作呼ばわりも致し方ない。
しかし一方で感情に絡むウェイトが高すぎる作品でもあり、
一連のコンテンツの中の一幕として見た場合、個人的には、少なくとも失敗と断ずるに至らない。
だって刻一刻と変わる映画の中の状況は、まさに今のラブライブの状況なのだから。
(この辺りを鑑みれば、AKBを引き合いに出したのは当たらずとも遠からずかなと)

薄っぺらくはあってもキャラについての掘り下げが進んだこと。
何より楽曲が、ダンスシーンが増えたこと。
それらは単純に喜ばしく、不満こそ様々あれど、満足度は高いものであった。
アニメが始まってからのラブライブ(=μ's)はそんなコンテンツだったと、個人的には感じています。

アニメの不満についてひとつだけ挙げるなら、
勢いを重視し、ファンタジー要素を積極的に取り込む監督の作風と
テンプレ気味でなあなあ、良く言えば穏便な描写の多い脚本との食い合わせは
決して良くはなかったかなと思います。
でもこのアニメでないと、ここまで人気爆発していないとも思えてしまう。
そんな不思議なアニメでもありました。
憎々しげではあるけれど、所々で肯いてしまうブログ主さんの意見と似たようなものかな(笑)

アニメという柱を失った(?)、μ'sが今後どう展開していくのかも個人的には楽しみにしています。
今はまだ、サンシャインについては考えなーい。
Posted by at 2015年06月24日 22:20
μ'sがファンと握手会やったり
センターをジャンケンで決めたりすりゃ満足なのか?
それがドラマチックなのか?
そもそも本物のアイドル像をラブライブにもとめているわけじゃないしね

それに消費がどうたら言ってるけど
AKBこそ人気投票のためにクソみたいな曲の入ったCD付握手券を
何十万枚も売りまくってんじゃん
Posted by at 2015年06月24日 22:25
私にはかなり的が外れた評論に思います。この評論を以て映画を見ていない人間に映画の出来を論じられるのはいやなので、無力かもしれませんが批判を残しておきます。

1物語性に関して
この話のテーマは、外部から続けてほしいと言われたとしてもμ'sを解散するのかどうかであって、そこに対する筋立てとして物語は貫かれており、唐突な部分はありませんでした。ブログ主さんはテーマを勘違いしています。「スクールアイドルという問題」はテーマではありません。

確かに解散の理由としてスクールアイドルであることに拘りたいとは語られていますが、同時にこう言っているはずです。「限られた時間の中で精一杯努力する」と。時間が限られていたから頑張れたのであって、彼女らの夢は必ずしもアイドルになることではありませんから、そもそもプロになるという選択肢はあまり比重が大きくありません。現実のアイドルであるAKBを身近に感じておられるから誤解されているのかもしれませんが、アイドルになるというのはそう簡単なことではないはずです。本来それを辞退する理由はいくらでもあります。その理由の一つで最もかっこよく、美しかったのがスクールアイドルに拘りたい(=部活動として有終の美を飾りたい)ということに過ぎず、他の夢に進みたい、単に不安である、などの他の理由も含むことは常識的に考えれば分かります。この描写の曖昧さを持って全体のテーマのなさに結びつけていますが、常識的に補えるこれは本来問題ではないのです。ブログ主さんがアイドルに親しんでいるという特殊な立場であるためにこういったテーマの誤解を招いているのだと私は感じました。

劇場版での真の課題とはやめるかやめないかではなくて、ファンの期待に応えるかやめるかになっています。みんなが悩んだのは解散とラブライブ!大会に報いることが両立できないと考えていたからです。スクールアイドルの祭典は解散を延期せずにラブライブ!大会に報いる方法を考えた結果行われたものであって、そのテーマがスクールアイドルの素晴らしさを伝えることであることは、何も支離滅裂なものではありません。テーマを曲解したままストーリーを見たらどんな話も支離滅裂に見えます。まずは支離滅裂だと感じないような見方を探してみるべきではないでしょうか?

また、いくつか自説に執着して無理に論理展開をしているような印象を受けます。例えば、劇中のスクールアイドルの祭典の物語性とゆび祭りの物語性の比較など全く意味が分かりません。まず、劇中の一つの祭典の物語性の有無と作品全体の物語性の有無は全く違います。また、祭典にはスクールアイドルの素晴らしさを表現するというテーマが存在します。また、主催者指原莉乃さんが昔からアイドル好きであったこと持って後者の物語性を主張していますが、ブログ主さんがいう物語性とはテーマへの忠実性のことであったはずです(けいおんとの違いに関する言及から)。それは閉じた作品にしか存在しない尺度です。ゆび祭りのテーマが何であって、それが祭りの中で存分に語られたかいなかがブログ主さんの定義した物語性で語るべき観点であって。主催者のバックグラウンドなど持ち出すのはおかしい。(この辺りは物語性という言葉の曖昧さから、きちんと理解できていないかもしれません。そもそもちゃんと定義していただきたいです。)

2キャラクターの人間性について
キャラクターの人間性については独善的すぎる意見だと思います。私はみんな生き生きしていたと感じました。解散すべきかどうかという問題に対してそれぞれ違った意見をぶつけ合っている場面にそれを強く感じましたし、海外旅行を楽しむみんなの姿にも感じました。これが愛玩動物的な見方なのか、ブログ主さんのいう人間性を感じたかどうかを区別することは私にはできません。なぜならばブログ主さんの言う人間性の定義がよくわからないからです。自分がよく知る現実の人間を持ち出して人間性があるとおっしゃるのは例示になっていません。一切AKBを知らない私からすると彼女らのPVを見ても物語性やそれぞれの人生哲学は感じとれませんでした。感じようとしなければそういうものは現れないものなのではないでしょうか? もしその人の考えの表れが人間性なのでしたら、それは行動に十分現れていると思います。キャラクターがしゃべったことだけがキャラクターの全てではありません。多くのファンは彼女らのしゃべった心中だけではなく行動や表情を含めた描写に人間性を読み取っているのではないでしょうか。私は穂乃果に困難を突き進む強さと他のキャラクターに類を見ない朗らかさを感じて彼女が好きなのです。他のメンバーも皆それぞれ尊敬する点があり好きなのです。そういう彼女らの良さを見ずに愛玩的だと断じるのはキャラクターが侮辱されたようでもあって悲しいです。

3その他の思うところ
上の批判を除いても、記事タイトルの失敗作という評価は明らかにおかしいです。この評論では全く触れていませんがPVはラブライブ!の大きな魅力の一つであって、そこに触れずに作品の出来を論じるのは一面的な見方をし過ぎです。PV集として見ても十分見るべき価値がある映画でした。アニメには物語性以外の価値も存在します。物語性が作品のもっとも重要な尺度という考えは普遍性を持ちません。
また、この映画を楽しんだファンがキャラクターを愛玩動物として見ているという意見は、ただの他のファンへの侮辱です。あまり扇情的なことを書くのは控えたほうがよろしいと思います。
どうも私にはこの評論は批判ありきで書かれて、見るべき部分からわざと目を逸らしているようにしか思えませんでした。ブログ主さんの本質的な不満は、穂乃果以外のメンバーにあまり焦点が当たっていないことなのではないでしょうか? それならば理解できます。アニメシリーズは穂乃果が中心であって他のメンバーに焦点があまり当たらないのは確かです。私も穂乃果が好きだけれど、もっとかよちんや海未ちゃんに焦点を当てた話も見たいと思っています。
Posted by at 2015年06月24日 22:41
一方では「ブヒれるからそれでいいんだよ。何マジになってんの」と言いながら
いざブログ主に「劇場版で喜んでる奴はブヒってるだけ(乱暴な意訳)」と看破されると「誹謗中傷だ!」と騒ぎ出すダブスタっぷり
Posted by at 2015年06月24日 23:24
別に同一人物がそれを言ってるわけじゃないでしょ。何言ってんの?
Posted by at 2015年06月24日 23:26
キャラクターの持つ要素を増幅して描写する事がそのキャラを描いたことになるのか?
という疑問は確かに常々抱かされる。キャラコンテンツという商売としては戦略なのかもしれないが
Posted by at 2015年06月24日 23:38
>まるで愛玩動物か観葉植物に対するかのように接し、見かけや単純な反応、単純な関係性だけを楽しんでいる

これを中傷と感じる人は、「こうした楽しみ方は一段劣ったものだと思っています」と自分で言ってるようなものだね。自分のコンプの裏返し。
Posted by at 2015年06月24日 23:44
某安物アイドルのAKBなんぞを引き合いに出してる時点でダメですね。

Posted by at 2015年06月24日 23:49
コメ欄荒れてるな〜まあ人間
本当のことを言われたら怒るからね
仕方ないね
Posted by めた at 2015年06月25日 00:36
何がダメってリアルとアニメを混同してる時点で支離滅裂な発言でしか無いって点だよね
ラブライブの好きな人が愛玩動物を好いてる程度なら
批判してる奴らってリアルとアニメの区別もできないくせに玄人気取りで周りを見下してるようにしか見えない
Posted by at 2015年06月25日 01:10
SAOを叩く理由とかそっち路線がメインのブログっぽいから
他人の好き嫌いをガン無視してまで何かしら叩いてないとアイデンティティも保てない頭の可哀想な人なのは確実だよね
Posted by at 2015年06月25日 01:22
コンプの裏返しだとか図星だから怒っているのだと書いている方は思い出していただきたいのですが、少し前にスキマスイッチが料亭の料理を量が少ないとか対応が悪かったと笑い話にして大いに批判された件に関しては、批判的コメントを寄せた人間はすべて料亭の関係者であり、自分たちは対応が悪く自分たちの作る飯はまずいと自覚していて、図星だから怒っていたのだと考えているのでしょうか? 常識的に考えたらスキマスイッチの発言が不当であり倫理に悖ると思うから多くの関係ない人が批判したのだと思うのですが。
普通の人は何かがおかしいと思って批判するのであって、批判的意見が多いことを理由に説が正しいと主張するのは全く非論理的ですよ。当たり前のことですけど、なぜか分かってらっしゃらないようなので。
Posted by at 2015年06月25日 01:24
自分のブログでならともかくとして
ただの煽りコメントに過剰反応しないほうが良いよ

Posted by at 2015年06月25日 01:30
正直、リリカルなのはの4期の方がヒドいと思うけど。尺が足りてないのをごり押しした感じの終わり方だし
Posted by at 2015年06月25日 01:32
批判しかできないドルヲタは、ラブライブを語るな
Posted by at 2015年06月25日 03:54
長々とお疲れ様です、あなたは純粋にアニメを楽しめないんですね、ストーリー性とかキャラとか別にそこまで気にすることではないと思います。
あなたが言いたいのは、制作側があなたの意に沿っていなかった、って事ですか?見る限りそうですよね。
でも、だからなんですか?薄っぺらいとか失敗だとか現実とアニメを並べて批判して、
自分の好きなものを失敗だとか言われるといい気はしませんよね、
僕はあなたとは考えが合いません、アニメって人それぞれ楽しみ方があって、ストーリーが面白いから、キャラが好きとか、絵が好き、声優が好き、など色々あり、多少ストーリーが雑でも絵や声優が好きだからこのアニメが好きと言う人もいます。
あなたは8人のキャラが薄くストーリーの繋がりがないってだけで批判してますよね、とても不愉快です
とりあえず一期からもう一度観た方がいいですよ
そして今度は○○が可愛かった、などよき感想をお書きください
Posted by ぷよぷよ at 2015年06月25日 07:08
投稿者の文章自体はなかなか骨のあるものだったけど、内容については腑に落ちないものがあった。この人のtwitterのツイートまで含めて読んで、感じざるを得なかったのは、心底にあるものがどうやら、
「映画について建設的批判をしたつもり。制作陣の誰かに見てもらえたかも?」
「おれはキャラを愛玩動物や観葉植物のようには見ない。人間として(ただし「美少女に限る」とか?)見ている。お前らとは訳が違うぜ。」
・・・結局、そういうことなのだろうか!? 中身がスノッブすぎて笑けるwww

心のモヤモヤがスッキリしました!
Posted by at 2015年06月25日 11:50
・・・でも、前段については、投稿者はこのコンテンツにおける今後の作品のあり方について、制作者側に対して改善要求してるだけか。これは失礼しました。。。
Posted by at 2015年06月25日 12:10
まあ今期で人気のアニメも、血界戦線という絵と音楽は良いけど、正直ストーリーや世界観は?な作品ですし、今のアニオタはストーリー性なんて求めてないんでしょうね
Posted by at 2015年06月25日 12:12
とりあえずラブライバーは個人ブログでさえ批判されると罵詈雑言で噛みつくわけか
そりゃ宗教言われるわ
Posted by at 2015年06月25日 12:29
60年代頃のフランスのヌーベルバーグの映画は表現重視で、10年前くらいだったか、この手の映画を面白がって、この手の作品をリバイバル上映してくれる小劇場によく足を運んだものだった。

カットのワンシーンやセリフ回しはカッコよくて、ストーリーはあっても物語はなかった。スチール写真やポスター、チラシ、劇場での予告編などに釣られて観に行ったら、「何が言いたいのかさっぱり分からなかった。でも、あのシーンはカッコよかった。」、感想といえば大体はそんなところに収まった。

制作者側の年齢的なところまで考慮すると、現在において映像を職業にしてるような人たちには、ヌーベルバーグの洗礼を受けた人たちも少なくないのではないかと思われる。

ハリウッドのような壮大な物語を持った作品を作れるだけの企業体力のない日本の映画界にとっては、ヌーベルバーグの表現重視の短編・中編の作品は、低予算でそれなりに面白い映画を作る一つの可能性だったのではないか、そのように思われる。

さて、ここからが重要なのだが、アニメの中でのμ'sは解散した。これで、ことりちゃんは心置きなくフランスに留学できる。海未ちゃんが穂乃果を独占できる悦びに浸る。そういうエピソードをスピンオフで作ってくれたら素直に喜ぶ(笑)

Posted by at 2015年06月25日 13:03
アニマスの千早回のようにとまでは行かなくても、その人物の人となりを
掘り下げて描くような作品であって欲しかったですね。私も筆者と同意見です
ラブライブもそんな作品であって欲しかったです。折角キャラクター達が華やかでとびきり可愛いデザインで仕上がってるのに見せ方使い方が勿体無さすぎます。
可愛い容姿の絵が動いて可愛いボイスで喋れば後は空っぽでそれが最高という風には私も思えませんでした
Posted by   at 2015年06月25日 13:09
ラブライブが失敗作としてそれがどうすればリアルのアイドルが比較対象に成り得るのか理解に苦しむ
Posted by at 2015年06月25日 15:16
おりあそさんは、劇場版がμ'sの引退の花道を飾るのに相応しい作品であることを大いに期待されて観劇されたんでしょう。

しかし、期待してたほど感動できなかった。そして、その理由を探った。

各キャラの描き込みが足りない。作品の中に一貫した主題が見当たらない。それで感情移入しづらい。どうやら、そういうことらしい。

ただ、感情移入する能力や主題(意味内容)を発見する能力には、性格や経験、知識の違いで個人差がある。

「ラブライブ!」の楽曲は、元気応援ソングとラブソングと、ほぼこの二つに集約される。前者については、夢、希望、現状の突破、すなわち「飛躍」を主題としたものが多く見受けられる。物語としての「ラブライブ!」の第一主題は「飛躍」である。

劇中の謎の女性シンガーは、飛躍を媒介する者として現れる。穂乃果が歌うことの意味について悩むところで現れては、そっと肩を押す。穂乃果が(内面的な)飛躍を遂げた後は、その姿を消す。あの謎の女性シンガーは、有神論的実存哲学の文脈に置き換えると「超越の声」「超越者」「存在の根源」といった形而上的存在者に該当し、それが表象となって、迷える穂乃果を手助けするのである。ファンタジーではあるが、実はわれわれの現実生活においても普遍性がある。それは、何か重大な意思決定を下さなければならない局面になった場面のメタファー(隠喩)であるからだ。

謎の女性シンガーは、さりげなく現れては、さりげなく消えていく。「超越者」というものは、完全に把捉されると、その神秘の力を失ってしまうものなのだ。

おりあそさんの評論は、チェリーピッキングな議論に終始してはいるものの、個人的にはこういうところまで考えが回ってきたので、最初は読んでてムカついたけど、今は感謝してます(^^)
Posted by at 2015年06月25日 16:08
ざっとコメントを見てきましたが、この記事に反論してる人どころか賛同してる人ですら、記事中で語られてる「ストーリー性と物語性の違い」について理解してない人が結構いますね
そういう人は価値観以前の問題だけど、たぶん自分でそれに気がつくことは不可能なんだろうな

記事とも映画とも関係なく、そんなことを思いました
Posted by at 2015年06月25日 17:07
全く筆者に同意します。ただ単にカワイイだけの作品だったし、あれを手放しで誉めてるのは小中学生だけだと思いたい。映画で乗り越えるべきテーマとされてるのは、TVシリーズの焼き直しだし。キャラクターの人間性を描いて ないから、成長も感じられない。花陽だけじゃない、海未なんかもヒドイ扱いだった。キャラクターの欠点弱点を描いて から挑戦と克服を描いてないから成長を感じられず感動も生じない。この点はTVシリーズの二期の途中から不満だった。けいおんほどの演出力もないから情感もない。大人の視聴に耐えるどころか、子供向けでもない、まさに子供だましの映画だった。脚本の花田十輝の責任が大きいように思うけど、ユーフォは凄まじい作品になってるから意味不明。製作陣はファンを馬鹿にしてるけど、実際に馬鹿が多いから仕方ない部分もあるし、そういう馬鹿がアニメ産業全体を 貶めてもいるし、経済的に支えてもいるんだけど。
Posted by ニセ田中圭一 at 2015年06月25日 19:20
花陽のこと書いてますけど本当に花陽好きなんでしょうか?
そうでなければ下手に書かない方がいいと思いますよ。
花陽好きでないことがバレバレなのでw
Posted by かよヲタ at 2015年06月25日 20:47
結局、賛成派/反対派に分かれて互いに石を投げ合うような構図になってしまったのは残念です。
この記事の内容もかなり同意できる部分はあるのですが、今楽しんでいるファンを無意味に蔑視するような記述はよくないと思いますし、もう少し冷静になって書くべきだったと思いますね。
Posted by at 2015年06月26日 01:37
内容の良し悪しより最初からファンを貶して叩きたかっただけじゃないの?ラブライブのファンは愛玩動物云々の辺りとか見てるとそう感じる
Posted by at 2015年06月26日 03:58
問題点の一面の明快な説明になっていると思います。
ただ、詳細は自分のHPに書きましたが、物語が「ある」「ない」と印象が二極に分断されてしまうことはこの作品の特異性で、そここそがこの作品の魅力を生み出しているのではないかと思います。
とにかく、自分の考えを整理できたのはここの文章のお蔭です。大変参考になりました。
Posted by 安倉椋 at 2015年06月26日 09:04
花田先生のこと悪く言うの、私許さないんだから! 絶対に許さないんだから!(京都の高坂さん)
Posted by at 2015年06月26日 10:36
昨日、「ラブライブ!」の物語性、一貫した主題は「飛躍」である、と言った者です。TVシリーズからその根拠を辿ってみましょう。ちなみに「飛躍」の意味は、大雑把に言えば「内面の葛藤を主体的な決断で乗り越える」みたいな感じです。

それぞれのキャラは、他人からすればどうでもいいようなことを延々と引っ張ったりする、ある意味ややこしい人たちなので、こういう人たちには仲間の助けが必要です。その過程で友情が育まれます。ドラマが生まれます。

花田先生のドラマツルギーには「友情」や「助け合い」を前面に出し過ぎなところがあるのか、「場当たり的でベタでクサい芝居」が不評を買ってか、洗練された完全な非の打ちどころのないストーリーを好む受け手からは叩かれることが多いように思われます。個人的には、「ラブライブ!」の脚本は花田先生でなければならない必然性を2期9話で確信しました。ちなみに私はベタドラマ愛好家です(笑)

「飛躍」の物語の話に戻りましょう。

まず、アニメ1期では、(これは分かりにくいかもしれないが)まず海未ちゃんが飛躍します。(これからは分かりやすい)次にかよちんが飛躍します。にこちゃん、えりち、まきちゃんが次々と飛躍します。最終話でことりちゃんが飛躍します。スタダで締めくくります。

アニメ2期では、凛ちゃんとのんたんが飛躍します。

TVアニメでは、本作品の主人公という名目上、みんなの引っ張り役に回ったためか、実は、穂乃果だけ、飛躍の物語がありませんでした。

なので、劇場版で、主人公である穂乃果の飛躍の物語にある程度尺が割かれているのは、端的によいことだったと思います。そして、ラストライブでμ'sのこれまでの飛躍の物語を歌にして(なんかそういうふうに聞こえた)、大団円を迎える。爽やかな余韻が残る。
ああ、素晴らしい飛躍の物語。

文化庁メディア芸術祭のアニメーション部門で「まどマギ」「たまこラブストーリー」がそれぞれ、何かの賞を受賞していました。どちらも作品のモチーフに実存哲学臭が充満しているような印象を受けました。個人的には、そういう作品は大好きです(笑)

劇場版での穂乃果の飛躍の物語が「実存哲学的飛躍」の体をなしているのは、もしかしたらそのへんの影響があるのかもしれないと勝手に推測します。
Posted by at 2015年06月26日 14:48
ミーファオタク、だまてろバーカ(整形AKBでも見てろ)
Posted by at 2015年06月26日 17:31
だからどうした?としか言えないわ
何が正しいか。何が間違いか。なんて別に今に始まったことじゃないし。

そもそも通常のアイドルとスクールアイドルを同一視してる時点で馬鹿でしょ

あとTVの続きって事、頭に入れてないよね多分。
なのでこの人はちゃんと作品を観てないんだな、というのが判る

読み物としては面白かった
Posted by at 2015年06月26日 19:46
そもそも顔が判で押したようなものだから、人気に引きずられて「キャラっぽさを出しておけばおk」的な作られ方をする2期〜はいまどき珍しくない
いまどきのアニメファンが「キャラクターのエピソード優先で、物語性を求めてない」のが多数派なので仕方ないと思う
Posted by at 2015年06月26日 20:32
コメ欄を見ると、作品の見たい部分しか見ない、見えない人ってやっぱりいるんだなあ
違った見方をしてるところもあって面白かったです
楽しめたファンもいるので失敗作という言い方はして欲しくないですね
Posted by at 2015年06月26日 21:40
この批評の何がまずいって、穂乃果たちキャラの物語は既にTVで充分描かれている。今回は
映画用にそれらの話を豪華にするだけだからだ。(アイドルアニメの文法がわかってない

海外遠征、スクールアイドルオールスター、ドーム これらは全て物語上のデコレーションと
考えるべき(つまりコアの話と繋がってなくても問題ない)ということ

上の三つはアイドルアニメにはよく出てくるシチュエーション(お約束) これらを如何にラブライブ風にアレンジしたか
だけ考えておけばいいこと

それに「一人の女性シンガー」が物語と絡まないのは当たり前、未来の穂乃果だとすると物語と絡むとタイムパラドックス
が発生するじゃない。 ただ、穂乃果の決意を促す役割さえ果たせば物語から消えるのが必然 

この人はアイマスTV版で唐突に春香や千早の子供姿が出てきたり、ニコ動の美希MADでもう一人の美希が出てくる
話を知らないのか。

「一人の女性シンガー」が未来の穂乃果であることは丁寧に物語り冒頭の水溜りを飛び越えるシーンでその時分の穂乃果が
知るわけのない歌を歌っていることで示されているやん
Posted by at 2015年06月26日 23:07
終わらせ方はファンを貶して自分の考え方こそが正義みたいな正当性を主張してる辺りで
ファンを叩きたかっただけだろ?素直に言えよと言いたくなる
Posted by at 2015年06月27日 08:46
AKBよりも、葦プロのアイドルもの、ぴえろのアイドルもの、
そのあたりのアイドル像と対比した方がいいんじゃないかと思うんだ。
Posted by at 2015年06月27日 15:59
平日に観てきたけど確かに可愛い映画だと思う。ライブ映像も迫力ある。
それ以外は面白くも無くつまらなくもなくファンムービー
物語性でも魅せる歴代のアニメの受賞作には及ばないが
今年のアニメニュースの1枚に載る1作だったのでは
Posted by at 2015年06月27日 22:23
まさに我が意を得た、と言って良い考察に感謝
2期から非常に質の低下したアニメになったと感じ不快感を覚え見るのをやめたのだが、その理由がどうも言葉にならなかった。
2期や映画が悪いわけではない、それを望むひとのために作られ、売られ買われたわけで成功はしたのだろう。それ以上でも以下でもないただ残念な作品にはなってしまった。
Posted by 1期ファン at 2015年06月28日 14:51
映画の出来は糞だったろ
現実を見ろ
ただのテレビスペシャルみたいな内容で映画にするとかやばいだろ
Posted by at 2015年06月28日 19:06
制作側も上から言われて無理矢理作らされてるんだろうな
中身なんか無くてもいい金のなる木が枯れる前に搾り取れみたいにケツ蹴られまくって
そりゃ良いものを作ろうなんて気にもなれんでしょう
演じてる声優の人らも結構前からそんな感じじゃないのか
Posted by at 2015年06月29日 08:38
人には人の価値観があるからあまり言いたくないがこの批評はどうかと思う。作品自体をわかってないし、TVアニメのほうでキャラクターごとのストーリー、繋がりはしっかりあると思う。そのTVアニメの続きの話なのだからストーリーもあり話の繋がりもあるように思える。ファンを叩きたいだけなのかな?
Posted by さ at 2015年06月29日 15:17
八・五割型納得できるいい記事ですな。
二期以降抱いてたもやもや感への文章化に感謝する部分も多数ですよコレ。
映画はPVシーンくらいしか素直に楽しめませんでした。(ミスがあったけれど後述)

それぞれの「何を考えて今まで活動してきたのか、そして今後はどうするつもりなのか。」の真面目な部分は自分もギャグが多いアニメ版では描けなかった部分にして、やはり集大成を飾る映画ではぜひとも見たかった部分なので心底ガッカリでした。

学年を経ての引き継ぎを重視するような作風は大好きなのですが、一方でそればかりだと個人の心情にももっとスポットも当てないと薄っぺらくなるんですよね例えいい話でも。
そんな二期での大きなもやもやが解消することも期待してたのですがご覧の有り様だよ。

そして上記を最重要視してた身には相変わらずの判で押したような浅薄なキャラ付けにほとんど特化したような内容に見ててウンザリしましたね…
各メンバーの薄っぺらいキャラ付けに関しての指摘は追記でも別記事でもよいのでお願いしたいです是非とも。

個人的には花陽より海未の扱いの酷さに閉口。
花陽の時を選ばない米狂いは「他に描くべきことがまだあるだろうが!」思いつつも一期から通して好きな物への愛が一心に伝わるからまだ魅力と言える方だと思いますが、本来ならブレーキ役のはずがトランプは夜通し、秀才キャラが英語まるでダメとキャラ崩壊の域で酷すぎでした。

変顔だの暴走だの二期から貧乏くじに近いギャグパートを常に背負わされつつキャラ掘り下げシリアスパートは皆無、劇場版でも真姫の作曲に比べて作詞は真面目なパートでもほぼ取り上げられず、おまけに見せ場のPVシーンで作画ミスまで・・・一期から海未が上位で好きなファンとしてはあまりの不遇ぶりにもう涙も出ません。
”この映画を作った人たちは園田海未をバカにしている”と確信を込めて言えますよ。

一期はファーストライブの各人の心の動きから講堂に集まっていく人間模様、穂乃果がいたからこそ始められたμ'sが穂乃果が中心だったからこそ休止に追い込まれそして各人が考え奔走する後半は本当に面白かったんですが…どうしてこうなった。
長文失礼しました。
Posted by 1期はよかったのに at 2015年06月29日 18:03
全文読ませていただきました。

こういう意見もあるだなぁといろいろと参考になりました。

自分はまだ映画を一度しか見てません。ですので、ここのコメントなども一通り読んだので、そのいろいろな目線でもう一回見てきたいと思います。

ただ、コメント含めての全文を読んで思ったことは「結論」なんてないんだなと思いました。μ'sは、一人一人のファンの心の中で様々な生き方(その人の感じ方)をしていて、そのμ'sは共通点があっても、全く一緒ということではないと思うんです。だから、結論なんてものを求めず、自分の中にあるμ'sをこれからも楽しみたいと思います。

長文かつ駄文ですいません。
Posted by ツペルトン at 2015年06月30日 02:45
映画化したアニメは全部そんなもんだろ。
完璧を求めて何になる。
売れる映画を作ったらあーなったという話じゃないか。
Posted by at 2015年06月30日 21:06
批判しただけで、これだけのコメントが来るとは。
個人的には、劇場版「ラブライブ」をみて複雑な気持ちを感じました。

ストーリーが退屈すぎの前半、壮大な内容の後半。で、そのギャップもインパクトが強い。劇場版を見て映画館で暴れまわったラブライバーがいました。発狂したラブライバーがでてくるのも、わからくもないと思います。ある意味、発狂させられたラブライバーが出る時点で、強いインパクトがあり劇場版という戦略は大成功なんだと思います。あと興行収入で1位とかも。

テレビアニメを劇場版で楽しめるものを作ることですが、サンライズなどのアニメ製作会社は本気なのだろうか。それとも手抜きし放題なのか。そんな疑問があります。

もし後者の手抜きし放題ならアニメ界に未来が無いと思うので、一抹の不安を感じます。その意味では「きら○ん☆レボリューション」のように劇場版を作らなかったのは良心的なんだと思います。逆に子供向けアニメの場合、どこにも手を抜くところがないから、劇場版「アイ○ツ!」は、「ライブライブ!」よりもマシな作品なんだと思います。これは個人的な意見ですけど、作品としての「ラブライブ!」は失敗作だったと思います。見ていて眠気がしてきた時点で失敗です。

で、子供たちが将来、深夜アニメを見る頃に、まともなアニメが存在するだろうかと言う心配があり、だったら、夕方や土曜日の朝のアニメの質を高めるという戦略も必要だと思います。話が広がりすぎましたが、作品としての失敗は失敗だと真摯に受け取るべきではないかと思います。未来の「ラブライブ!(サンシャイン!)」シリーズファンのために手抜きは赦されないです。

何が悪いのか具体的に批評しているところを支持します。
Posted by pome at 2015年07月02日 02:54
正直、批評するだけなら幼稚園児にも出来る。このブログを見て感じた
人の好き嫌いを完全に無視して一方的な持論や理屈で失敗作だのファンは愛玩動物を愛でてる程度の存在だの

正直、何様のつもりなの?
Posted by at 2015年07月04日 06:54
ここのブログってここ以外にマトモな書き込みないから
リアルのアイドルと二次元のアニメを比べるとかファンを叩くとか支離滅裂な事をしてでも話題にあがるようなものが欲しかっただけでしょ?ようは

良くも悪くもこれでここのブログ主は知名度を上げたわけだし
Posted by at 2015年07月04日 06:58
ラブライブの世界に男性がいないのがわかりますか?
彼女達には、導いてくれるプロデューサーも、支援を装って実は体目的の男性も、貢いでくれる男性ファンもいない。
物語の中では彼女達が性的な目で見られていることは一切無いのです。
自分たちだけで、その力と団結力や若く稚拙であってもその判断力で夢を勝ち取っていく物語なのです
それだから、美しく勇ましく輝いている。そのコンセプトを貫き通しながら脚本・演出を書いていることになぜ気がつかないのでしょう
だからこそ売れていること、そうでない類似のアニメは売れてないこと、売れていることは企業が儲かっているだけではなく、消費者にとって楽しみを与えていること
映画もその一つなのです。それだけのことをやってのけた脚本を面白くないとは私にはとてもいえません。
Posted by muu at 2015年07月06日 14:09
ファンを叩きたいだけの薄っぺらい記事、ちゃんと映画見ました?
Posted by at 2015年07月08日 09:44
自身の知名度を上げたい売名行為が目的なんだろうからマトモに見る筈がない
Posted by at 2015年07月09日 05:45
ここのコメ欄を見てると、『俺は何故こんなにも劇場版アイマスが嫌いなのか』という感想ブログを必死で叩いていたアイマスファンと同じような反応が散見されるので、どちらのブログもファンから見ても概ね同意できる批評だったんだろうな
Posted by at 2015年07月11日 13:24
旬というのがありますからね。ここまで人気になり、広がったコンテンツとなるとたたみ方も困難なもので。お話は概ね同意です。何故NY?という感じになりましたし、スクールアイドル全体のイベントとは言ってもμ's・A-RISEの引き立て役(モブ感)は否めなかった。私の場合はアニメからと大変浅いのでμ's引退についても上記2つも含めて商業的割り切りをしましたが、雑誌掲載時から等長く、深く関わってきた人には看過出来ない点が多かったと思います。
Posted by at 2015年07月11日 23:34
 なるほど。
 これまでの経緯も含めて興味深く拝見させていただきました。
 さて、私のコメントをさせていただく前に1点、おりあそさんに質問させていただきたいと思います。

【問い】
 二次元のアイドルが三次元のアイドルよりも人間的であることはありえますか?

 ……答えは聞くまでもなく明らかでしょう。少なくともおりあそさん独自の「アイドル哲学」に従う限りは。
 さて、では一ラブライバーとして、改めて反論させてもらいましょう。
 おりあそさん、あなたは大変に頭の良い方ですね。
 文章も明晰で、「根本的にセンスの違うファン」と「アニメ制作陣」、「ラブライブというコンテンツ」を混同し、区別せずに批判していることなど、粗もあるものの全体的にはかなり説得力のある論理を展開していると思います。

 ラブライブ2期は1期を超えられなかった。より以上のキャラの深みを描けなかった。

 というのは実は自分も大いに同意するところです。
 とはいえ「1クール13話の中で『ラブライブ優勝』『三年生の卒業』という物語を推進しつつ、それら2大テーマに対する各メンバーのスタンスの違いと葛藤、それを克服することによるさらなる絆」を十分に描き切れなかった一事をもって「穂乃果以外の8人は『その多大勢』」というのは明らかに的外れでしょう。
 それではあまりに言葉遣いが雑すぎる。「尺の問題を考えろよ」というストレートなつっこみ一つでたやすく足をすくわれてしまいます。
 そういう初歩的なつっこみへの対策として、文章全体を重厚長大化し「ワンテーマへの素直な違和感」を表明しにくくする、「攻撃こそ最大の防御」と尖鋭化して攻撃的に批判を展開し読み手を受け身に回らせる、まず批判をかわさねば反論できないようにする、そういうのはとても不経済なやり方ですね。賢くないしもちろんかわいくもないチカ。
 おりあそさんは大変明晰な頭脳をお持ちだが存外にお若い方と見た。うらやましいことです。

 さてちょっと話が逸れてしまったので先を急ぎましょう。
 根本的な問題は、文章全体の論拠になっているおりあそさん独自の「アイドル哲学」に従えば「アイドルは人間的であるほどドラマチックで魅力的。すなわち三次に限る。二次元アイドルは単なる不完全なコピーであり、したがってなんら存在価値はない」という結論を選ばざるを得ないということです。
 ……そうではありませんか?
 事実おりあそさんはラブライブの比較対象としていずれも「実在のアイドル」を挙げています。そりゃあ、週に30分、一二期合わせても26話しかファンと触れ合う機会がないμ’sに較べて露出もエピソードの量も圧倒的に多いに決まっているでしょう。勝負にならない。当然ではないですか?
 しかし二次元の「キャラクター」には三次元とは違う、固有の魅力がある。
 そうでなければ「まどかマギカ」もその他のアニメも存在価値を失ってしまうはずです。
 それはあなたにとっても不都合なことのはずですがいかがか?

 おりあそさん、
 あなたの主張に反対する人にマナーの良くない方が多く、また言葉遣いや考え方の未熟な方が目立つのは確かです。けれどもそうした未熟な反応を引き出したのは、「自分だけのアイドル哲学」に固執し、固有の論理によって動いているアニメという表現を、それに当てはめて一方的に裁断しようとしたあなたの独善が招いたことだという事実を自覚するべきです。
 なぜなら言葉を操るものは、沈黙をたもつ人々よりも少しだけ多く責任を負わなければならないからです。

 私からのコメントはひとまず以上です。
 質問などあればなんなりと。
 ではまた。




 追伸
 にっこにっこにー

Posted by すがし at 2015年07月13日 06:02
拝見しました。

映画単体で見れば、何がどうなったの?というところが、
本当に最低限の情報量しかなく、キャラに対してどう感情移入すればいいか分からない、
という点はその通りと思います。

ただ、今回のこの物語は、結局、穂乃果が始めたことにどうケリをつけるか、
というところに有ったんだと思います。
あと、同調圧力云々言ってますが、より大きい同調圧力(周囲からの継続してアイドルしてほしいという思い)には
対応してないので、それって矛盾してないか?とも思いますねえ。
全員が全員、「楽しいから」μ'sを、スクールアイドルやってきたので、
(登場初期のにこにーは否定するでしょうが)一般メジャーのアイドルたちと
同じ土俵に上げるのは双方に対して失礼なんではないかと。

ということで、おありそさんの批評にたいして持った違和感を文章化してみました。

どうもスペース埋めてすいません
Posted by ツカサ at 2015年07月14日 20:29
まああれですわな。
あなたはそれだけの意見をお持ちなのだから
その事を角川書店、バンダイビジュアル他関係各社に電話で直接言うべきですわな。
スタッフはこれをいいものと考えてつくっているわけでして
見てる側の反応が解ってない場合は多々あること。
お前らは面白いものだと思っているかもしれないが見てるこっちにしたら全然だぞ
という旨を関係各社に直接伝える努力はなさった方が宜しいと思います。
Posted by at 2015年07月15日 03:05
もうココで何を言っても無駄だよ?
すでにコイツはシンフォギアに逃げた
Posted by at 2015年07月15日 14:50

 にっこにっこにー



 ども、Posted by すがし at 2015年07月13日 06:02です〜

 ……ありゃりゃ、逃げられちゃいましたか……
 確かに書きこみの時間を見てみるといささか旬を逃した感はありますね。
 うむむ、残念無念……。

 完全に勝ってるんですけどね。
 正面から本陣までブチ抜いた手ごたえがあります。
 十中八九致命傷、まず立て直せるとは思えない。

 と、言うわけで勝利宣言をしたいと思います。
 おりあそ氏は勝ち目なしとみて逃亡しましたと……。

 おいおい、なにを言ってるんだ、と?
 聞きとがめて本人が来たらどうすんだと。

 いや、むしろ来るでしょ。ここ、本人のHPなんだし。
 そろそろシンフォギアのことでもあれこれ書きに戻ってくるでしょ。
 私は一対一で決着をつけたいのでむしろその方が好都合w

 はやくシンフォギアのこと書きに来ないかな〜♪






追伸
みんなのハート、撃ち抜くぞ〜〜、ばぁぁぁぁぁんっ!!

Posted by すがし at 2015年07月16日 05:07
逃げたって事は事実上、自分が間違っている過ちだったと認めたのも同じなんだよね。少なからず居た意見に賛同してくれた人たちに対しての裏切り行為を平気でする。
ちょっと反発が強くて炎上しただけで尻尾を巻いて逃げ出すそんな奴に作品を評価したりとやかく言う資格はないと思う
Posted by at 2015年07月16日 06:21

 後悔。

 なぜ自分は6月23日にこの場にいなかったのか。
 せめて6月24日に「やらおん」を見ていなかったのか。

 そうであればもっと有効な手、あっと驚く奇手が打てたという自負がある。
 だが、必要な時に必要な場所にいなかった。
 それも含めて自分の力量なのだろう。
 自分の「持って生まれたもの」の小ささに嫌悪と自嘲を覚えずにはいられない。
 三週間も遅れてきて、今さら勝手なことを言っている自分は場違いで痛い人間なのだろう。

 だが侮辱を受けたのだ。どうしてそのことを忘れられる?
「μ’sが好きだというやつは愛玩動物が好きなだけ」などと言われてどうして黙っていられるのか。
 物語がちょっと自分の思うように進まなかっただけで「裏切られた、あいつらは変わった」などと醜い敵意を剥き出しにし、一度は愛したものをズタズタに切り刻んで「わかってくれなかったからこうなったんだよ、全部おまえらのせいだ」などとなにもかも人のせいにして己を顧みることのないような者をどうして捨て置くことができるのか。
「レベルの低い奴には好きに言わせておけ」などという逃げ口上で受けた傷をごまかし、にやにやと卑屈な笑みを浮かべて黙り込むことは自分には耐えられない。

 この怨みには必ず報いる。


 ある人曰く、徳をもって怨みに報いばいかん。
 子曰く、なにを以てか徳に報いん。直をもって怨みに報い、徳をもって徳に報ゆ。

 ――ある人が言った「先生、怨みには徳をもって報いるのはどうでしょう」
   孔子は答えた「ならば徳にはなにで報いたらいいのか。
          怨みにはまっすぐな正しさで報い、徳には徳でこたえなさい」
                           (論語 憲門第十四 三十六)


 怨みに怨みを叩きつけようとは思わない。
 けれどもだまって引き下がることもしない。

 この怨みには必ず報いる。
 自分が正しいと信じるものを見失うことなく。
 μ’sが与えてくれた感動を忘れることなく。

Posted by すがし at 2015年07月17日 02:06
この批評のキモは製作陣の姿勢の部分であって、「失敗作」というのは製作陣に対する
製作陣にとっての失敗なんだけどなぁ。
映画で最後の晴れ舞台へと至る彼女らに「ストーリー」を感じて絶賛してるなら
それは断片的なキャラ付けに対して、個々の物語性を個人で補完したに過ぎない。

主に穂乃果のキャラを描く為の、1期以後の予定調和に準備された展開。
物語性が薄いことは確かなのに、ここでの痛い反応は図星な証拠。
そんなファンばかり見てると、どうやらラブライバーというのはラブライブという作品よりも、大して考えずともキャラを気持ちよく消費させてくれる製作陣の方が好きらしい。
物語としては物語性に依ったもの、というよりかは、過剰なキャラ性を可愛く見せたい
という方向になっていったのは確かなんだから。

それでも好きだとも言えず、自分が否定されてると感じちゃったからって妙な自分語りで反発してないで、批判内容をピックアップしてまともな反論くらいしなよ。
この人は結局、劇場版ラブライブ!という「答えの物語」において
一貫しない作り方や考え方に、今の製作陣の姿勢を見出し、それを批判してるのであって
雑誌時代からのラブライブの物語性全てを批判している訳ではないというのに。
Posted by at 2015年07月17日 06:53
せやったらなおのこと
こんなところでくっちゃべってねえで
さっさとメディアワークスやバンダイビジュアルとからんて
Posted by at 2015年07月17日 08:29
せやったらなおのこと
こんなところでくっちゃべってねえで
さっさとメディアワークスやバンダイビジュアルとランティスに電話しとけヌケサク野郎
にしかならんわな。
言う場所が間違ってるし迷惑やねん。
Posted by at 2015年07月17日 08:31

許せない、こんな侮辱には耐えられない。
今夜2時に反論を書きこみます。必ず書き込みます!ぜったいにぜったいに!!
どんな困難な状況にも決して挫けません!
ラブライバーは奇跡を起こします! 奇跡はぜったいに起こるんです!
僕は絶対に勝ちます!!
今夜2時に、ここで見ていてください!!
Posted by すがし at 2015年07月17日 15:48
ほらよ

お前らに構ってる暇は無いそうだぞ?

おりあそ
@oriaso 7月6日
これらの記事に対して僕もそれぞれに思うところはあるのだけど、もうこの件に関してこれ以上書く気力が失われている。そういうわけで返答はできそうにない。僕はラブライブ!ではなくシンフォギアの話がしたいんだ。許してほしい。
Posted by at 2015年07月17日 17:00
悪いな オレもシンフォギアンだ。
きみのような人間にシンフォギアを応援して欲しくはない。
理由は分かるな。
文句あんだからとっとと製作関係各社にこのことを電話したらええ。
シンプルな話よ。
ヘイトかましてる時間あったら余裕やろ。
Posted by at 2015年07月17日 18:03

にっこにっこにー♪
あなたのハートににこにこにー♪
笑顔届ける矢澤にこにこー♪
にこにーって覚えてラブにこー♪
(晴れの舞台なのでデラックスバージョンでお届けしました)


さて、

お待たせしました。

そろそろ始めましょうか。

う〜ん、どれくらい集まったかな?

……それにしても疲れた……

なにが? っていやね、さっきまであっちこっちの掲示板駆けずり回って――


※ 拡散希望

許せない、こんな侮辱には耐えられない。
今夜2時に反論を書きこみます。必ず書き込みます!ぜったいにぜったいに!!
どんな困難な状況にも決して挫けません!
ラブライバーは奇跡を起こします! 奇跡はぜったいに起こるんです!
僕は絶対に勝ちます!!
今夜2時に、ここで見ていてください!!

「AKBヲタ(ドルヲタ兼アニヲタ)が『ラブライブ劇場版』を痛烈に批判した記事」
 にしばらく前から粘着していたラブライバーがついに発狂wwwww
 とくに「Posted by すがし at 2015年07月17日 02:06」の迷文の破壊力がパない
 今夜なにかが起こる


 手当たり次第にコレ↑ 貼り付けまくってたんですよ。
 いやぁ、疲れたw

 でもお蔭でまぁまぁ人が集まったみたいですね。
 思ったようにド派手な感じにはできなかったけど、ま、最低限一人以上“証人”が確保できればさし当たって十分でしょうw


 ねぇ、おりあそさん、これで僕がなにを書いてももう消せないねw


 ……見てるよね?
 バレてんだよ、だって昨日、僕の書き込みを直後にすぐ消したじゃないの

 ビックリしたよ、コンビニ行って戻ってきたらもう消されてるんだもん。
 しかも消した書き込みってまた元に戻せるんだね、知らなかったよ。

 やっぱり見てんじゃん、書き込まれたらすぐチェックしてんじゃん。
なに仲間に、
> もうココで何を言っても無駄だよ?すでにコイツはシンフォギアに逃げた
Posted by at 2015年07月15日 14:50

 とか「見てない知らない興味ない」アピールさせてんのさ?(それとも自演?)

 まぁビビって馬鹿なことしたせいで全部台無しになっちゃったけどね。
 
 ありがとう
 きみが書き込みを消してくれたお蔭でこの作戦を決行する覚悟が固まったよ
 やっぱり気取って冷静ぶってないで捨身になんなきゃ不利な状況は覆せないってことやね、その点は僕も謙虚に反省すべきと思う。



 ねえ、おりあそさん

 僕が一番悔しいと思っていたこと、最も不利であった点はなんだろう?

 逆に言えば、

 あなたが「僕の言動から一番読み取って、分析し、“対策”しておかなければならなかったこと」ってなんだろう?

 それは――


 僕が、三週間も話題に乗り遅れていて、ここでなにを書いてももう過ぎ去ってしまった状況に影響を与えられなくなっていたことだよ。


 だってそう書いたじゃないの。
 
あれほどわかりやすく書いたのにどうして読み取れないんだろう。

> 痛い反応は図星な証拠
> キャラを気持ちよく消費させてくれる製作陣の方が好きらしい

指摘するのも馬鹿馬鹿しい初歩的なことなんだけど、それはあなたがいつも言っていることの繰り返しであって、僕の書き込みとはぜんぜん関係がないよね?

……ちょっと聞きたいんだけど、僕が“発狂”した時「おかしい」と思わなかったの?

だってあなたは前から言ってることをただ繰り返してるだけなのに、なにがそうまで状況を変えたと思ったの? あなたの想定していた「必殺の一撃」はなに? どういう手順でフィニッシュまで持って行くかちゃんと“相手を見て”戦術を組み立てたの?

それなら自分の想定外の戦況が突如出現した時“違和感”を感じられるはずなんだけどな。

僕は考えたよ。
そしてこうして知恵を絞ってあなたを誘き出したんじゃないの。

どうしてあなたは目の前に迫っている相手に対応できずに、すぐに自分の心の中だけの「痛いラブライバー」をいじり回すことに夢中になってしまうんだろう。

……ここまで言ってもまだ気が付かない?

おりあそさんは「もう新作アニメを満喫していて、三週間も前の記事にまだ変な人が粘着していることなんかまるで知らない。気づいたとしてももう興味ない」って“設定”だったんだよね…?

それがあなたの最大最強の最終防衛線だったんだよ。
反応しちゃダメじゃん。
せっかく昨日までずっとだんまりを通してきたのに。
こうして出てきちゃせっかくの無敵の要塞が意味なくなっちゃうじゃんwww

そしてここには――

大勢、とはいかないが「ここで起きたこと」を拡散してくれるギャラリーがいる。

僕の前に立ちふさがった、絶対に思えた「三週間」の壁に、亀裂が入ったんだよ。
少なくとも今まできみを護ってくれていた条件が、今、全て崩れ去ったってことさ。


“三週間の遅参”ここに挽回せり!!
 ……と、大音声で呼ばわれるほどの大戦果じゃないのが辛いな。ギャラリーもちょっぴりしか集められなかったみたいだし。やっぱり自作自演て難しいね。
 でも――

“0”と“ちょっと”じゃ大違いなんだよ。

おりあそさん

ここであなたと派手にやり合えば、きっとみんなまた集まってくると思わない…?
現時点でギャラリーが少ないことなんか些細なことさ。


さあ、付き合ってもらおうか!
5分後に戦闘開始だ!! 楽しもうぜぇぇぇ!!!





追伸
Posted by すがし at 2015年07月18日 02:01

ファイトだよっ!!

>この批評のキモは製作陣の姿勢の部分であって、「失敗作」というのは製作陣に対する   
製作陣にとっての失敗なんだけどなぁ』

なにがあなたの批評の“キモ”かはまぁ置いといて、制作陣に言及してるのは否定していませんが? ちょっと私の書きこみを引用しますか。

 >「根本的にセンスの違うファン」と「アニメ制作陣」、「ラブライブというコンテンツ」を混同し、区別せずに批判していることなど、粗もあるものの〜

とある。
あなたの話はとにかく「あやふやで根拠がない」「事実と主観の混同が多い」という特徴があります。
「私が制作陣への意見をまったく考慮していない」という珍妙な前提はいったいどこから引っ張ってきたのですか?

>映画で最後の晴れ舞台へと至る彼女らに「ストーリー」を感じて絶賛してるなら
 それは断片的なキャラ付けに対して、個々の物語性を個人で補完したに過ぎない。

……私がいつ「映画のストーリーの評価を議論の主題」にしたのですか?
 私が「ストーリーよりもライブシーンの演出がすばらしいよね!」と言い出したら、この文章の前提条件が崩れて成り立たなくなってしまいますが、そんな変わりやすい人の気持ちにげたを預けているようで意見の客観性が保てるのですか? てゆうかこれ、下段のお得意の「いつもの主張」を持ち出すために、どっかよくわかんないところから「ダメなラブライバー」を引っ張ってきてるだけですよね?
あなたの批評の余人にまねのできない個性的なところは、あなたが“論拠”に困ると、“どこからともなく”「ダメなラブライバー」たちが現れてあなたに救いの手を差し伸べてくれるということです。
ちょっとこの前の書き込みの全文を引用してみましょうか。

>この批評のキモは製作陣の姿勢の部分であって、「失敗作」というのは製作陣に対する
製作陣にとっての失敗なんだけどなぁ。
映画で最後の晴れ舞台へと至る彼女らに「ストーリー」を感じて絶賛してるなら
それは断片的なキャラ付けに対して、個々の物語性を個人で補完したに過ぎない。

主に穂乃果のキャラを描く為の、1期以後の予定調和に準備された展開。
物語性が薄いことは確かなのに、ここでの痛い反応は図星な証拠。
そんなファンばかり見てると、どうやらラブライバーというのはラブライブという作品よりも、大して考えずともキャラを気持ちよく消費させてくれる製作陣の方が好きらしい。
物語としては物語性に依ったもの、というよりかは、過剰なキャラ性を可愛く見せたい
という方向になっていったのは確かなんだから。

それでも好きだとも言えず、自分が否定されてると感じちゃったからって妙な自分語りで反発してないで、批判内容をピックアップしてまともな反論くらいしなよ。
この人は結局、劇場版ラブライブ!という「答えの物語」において
一貫しない作り方や考え方に、今の製作陣の姿勢を見出し、それを批判してるのであって
雑誌時代からのラブライブの物語性全てを批判している訳ではないというのに。
                      Posted by at 2015年07月17日 06:53

「制作陣への意見が主題」と言いながら、見ての通り文章の半分以上が「ダメなラブライバーへの批判」で埋まってますよね? しかも残りの大部分も「ダメなラブライバーに媚びる制作陣」への批判で、ほとんど同じようなものでしょう。
中でも一番珍妙なことを言っているのが六行目。

>物語性が薄いことは確かなのに、ここでの痛い反応は図星な証拠。

誰のどんな反応がなんの“証拠”になるんですって?
日本語ですか、これ?
私がいつ「痛い反応」をしたのか、ちょっと教えてもらえませんか?
また、仮に百万歩譲って私が「痛い反応」をしたとして、それがなぜ「物語性が薄いこと」を証明する材料になるのですか? 全然つながりが分からない。
あなたは「どうしてそうなのか?」という説明に困ると必ず「ダメなラブライバー」をどこかから連れてくる。
そんなものは「妄想」であって、客観性を備えた評論とは言いません。

やり直し、再提出。



と、いうところで改めて“宿題”の提出を求めます。

>  根本的な問題は、文章全体の論拠になっているおりあそさん独自の「アイドル哲学」
   に従えば「アイドルは人間的であるほどドラマチックで魅力的。すなわち三次に
   限る。二次元アイドルは単なる不完全なコピーであり、したがってなんら存在価値
   はない」という結論を選ばざるを得ないということです。
   ……そうではありませんか?
   事実おりあそさんはラブライブの比較対象としていずれも「実在のアイドル」を
   挙げています。そりゃあ、週に30分、一二期合わせても26話しかファンと触れ
   合う機会がないμ’sに較べて露出もエピソードの量も圧倒的に多いに決まってい
   るでしょう。勝負にならない。当然ではないですか?
   しかし二次元の「キャラクター」には三次元とは違う、固有の魅力がある。
   そうでなければ「まどかマギカ」もその他のアニメも存在価値を失ってしまうはず
   です。
   それはあなたにとっても不都合なことのはずですがいかがか?

 あなたの「アイドル哲学」を要約すると「三次元アイドル絶対説・二次元アイドル不要論」にしかならないと思うのだが、これに対する反論は?

 じゃあ提出は一週間以内ね。
 がんばって。

Posted by すがし at 2015年07月18日 02:05
何故ここのブログに火がついたのか少々わたしなりに
考えてみた。
そもそもここが注目されたきっかけを作ったのは「やらおん」という
まとめブログだった。
聞けば「やらおん」というのは悪質なまとめサイトとして
かなり有名だったというではないか。
このまとめと同時に起こったヘイトキャンペーン
・ラブライバーに偽装した偽旗キャンペーン
・アサヒ芸能による劇場版ラブライブ及びファンヘの
罵倒記事の連発
そしてやらおんでここが取り上げられた事だ。

ああいう大手アフィリサイトは大体企業がからんでいると
言われている。まあくわしくは知らんがね。

要はこうだ。
「同時期に上映された日本映画期待の作品が1位になったはずなのに
ラブライブの後塵を拝するという日本映画にとっては大恥の
結果となった。
で、面白くねえ奴らは何としてもミソ付けたいわけ。
で、やらおん経由でここのブログをネガティブキャンペーンの
一つとして利用した。」
てことなんじゃない?

確かに洗脳力高いよこの記事。
こういうヘイト記事はよほど脳のスタミナないと取り込まれるもん。思考する前に息が切れちゃうし。

けどさ、何かにつけてファンのせいにするとか
すげえ迷惑なの。

話を戻す。
あなたは利用されたんだよおりあそさん。
でも使えなかった。それだけの話
神輿に担がれて今叩き落とされている最中。<今ココ。


だってフツー見向きもしないよ。いち一般人のヘイトブログ日記なんて。


現にわたしもFB経由で知ったもん。

やらおんに取り上げられた時点で何らかの意図があると考えるべきだったね。
Posted by at 2015年07月18日 06:08
はっきり言おう。
一方的かつ即物的に消費されたのはμ′sではなく
他でもないおりあその怒りの5500字だったってことだ。
Posted by at 2015年07月18日 06:19
おっ
おりあそくんが現に逃げてたから教えてあげたんだが
面白いことになってんな
Posted by at 2015年07月18日 15:25

 にっこにっこに〜


(ちょっと恥ずかしくなってきたけど、これをやらんと誰やらわからん……)


 むむ……

>もうココで何を言っても無駄だよ?すでにコイツはシンフォギアに逃げた
                Posted by at 2015年07月15日 14:50

 のコメントをされた方ですか?
 大変失礼しました。善意の第三者のなにげない一言の裏を勘ぐりまくってしまってお恥ずかしい限り……。

 しかしそんな勘違いが状況を動かしたのだから世の中わからない。
 この書き込みこそが、私に「間に合わなかった、時を逃した」という悔しさを率直に表現させ、そんな、効果を計算しないただ真情を吐露するだけの言葉が意図せざる効果をもたらした。


 ありがとうございます。
 今、ちょっと面白いことになってんのは巡り巡ってあなたのお蔭ですw

 期待したほど盛り上がってはいないものの、ちょっとずつ空気が良くなってるような感触があります。

 よろしくw




 追伸

 悔しいなまだ No brand 
 知られてないよ No brand
 なにもかもこれから 熱い気分

 楽しいよでも No brand(Do you know?)
 張り切ってるんだ No brand(Do you know?)
 だから(おいで)ここで出会うために(Yes,I Know!)
Posted by すがし at 2015年07月18日 22:17
寂しいね ただの売名行為でラブライブを標的にするなんて
スレ主は返事もないですね SEOですか? 
でも次回からあなたのブログなんて見ないですよ 
アフィリエイトなんか張っても押すはずもない

>にっこにっこに〜さん あなたの意見は大変興味深く読ませていただきました
スレ主よりよほどいいです
Posted by muu at 2015年07月19日 06:57
いや 気にしなくてもいーよw
おりあそくんも徹底してシンフォギアのことしかツイートしないようになってるしなあ
Posted by at 2015年07月19日 10:30
シンフォギアの事を書きたくても書いた瞬間にラブライブ絡みでブッ叩かれるの目に見えてるからブログに来れないし書けないとしたら
ざまあ見ろとか身から出た錆としか言いようないよね

自分の身から出た錆にキッチリとした責任も取れないって言うならハッキリ言ってアニメに評価する資格もない負け犬って自覚して欲しい
負け犬と言われたくならブログ閉鎖するなりのきっちりとした責任は取るって言うのが筋だと思う
Posted by at 2015年07月19日 14:54
ほらほらツイッターのアカウント見てみろよ
絶対シンフォギアツイートマンになってるゾ
Posted by at 2015年07月19日 15:43
ツィッターの垢までバレてると言うか知られてる時点で逃げに回るしかないんだろうけど色々と終わったよね
Posted by at 2015年07月19日 17:10
知られてるも何も貼りつけてある。
Posted by at 2015年07月19日 20:33
ここにきて唐突に劇場版ツイートに戻ったね
アイドル云々の話以外はおおむね同意するけど面白いので小競り合いを見てます
Posted by at 2015年07月19日 20:59
負け犬って言われたのがよっぽど悔しいんならブログに戻ってきなよとしか言えないよね
ツィッターに尻尾を巻いて逃げた時点で単なる負け犬なんだから
Posted by at 2015年07月20日 03:31

 にっこにっこにー

 こんばんは、すがし改め「にこにーにこちゃん」です。

(もー開き直った)

 皆さん、お疲れ様です。
 けっこう書き込みが増えましたね。
 場が荒れないように気をつけたいと思います。



 そして…………ふむふむ

 なるほど、おりあそさんはやはりなかなかの頭脳の持ち主ですね。

 勝つのが難しいと見て戦略目標を「引き分け」に変えたようです。

「大人気の物語」はあり得ても、「絶対的に面白い物語」などそうあるものではない。
 物語への評価は「人それぞれ」であるのが当然です。

 つまり決戦場として「物語論」を選択すれば、物語の細部について延々と議論しているうちに勝敗がうやむやになる可能性が高い、という目算でしょう。

 ――いえ、それ以上の結末を大胆に狙っている可能性もあります。

 例えば、「花陽の成長が描かれていない! 新リーダーの凛と新部長の花陽は対の存在なのに片手落ち!」と言ったら、これを「まったく不当な評価」と切り捨てるのはまぁ難しいでしょう。確かにそうも言えるからです。
 ですから例えば「一年生の成長を描くことの重要性を訴える」ことを全体の戦略目標に定め、「それが描かれていないことは物語上の欠陥である」ことを読者が認めざるを得ないような作戦を次々に展開し、連携させていけば、なんと、ここからの逆転勝利も夢ではありません。

 おそらく彼は、僕のこれまでのコメントをきちんと研究し分析したのだと思います。
 そして「にこにーにこちゃんの“必勝パターン”は相手の言動の矛盾を衝く『カウンター戦術』であることを発見し、「実は物語の内容にはあまり触れていない」ことに気づきいたのでしょう。そして「物語論を主題にして攻勢をかければ崩せるかもしれない(ダメでも引き分けに持ち込みやすい)」という可能性に賭けたのだと思います。

 正しい選択です。
『ラブライブ! 劇場版』は「物語」として見た場合、飛び抜けて独創的であるとか、他に類を見ない面白さがあるという作品ではない。
 それどころか「描かれていない部分」「もっと見たかった部分」という“余白”をたっぷりと持った作品であることは、繰り返し劇場に足を運ぶ熱心なファンでも大いに認めるところでしょう。(フィルム、人気ありすぎだよ……当たりもクソも、そもそもチケットがとれねぇよ……)
 にこにーにこちゃんは最初彼に「大変に頭脳明晰だ」と言葉をかけましたが、それが決して社交辞令ではないことを、彼は証明しつつあるのではないでしょうか。

 後は彼がにこにーにこちゃんにどれだけ“プレッシャー”をかけられるかです。

 ここで言う“プレッシャー”とは「強制力」と訳すのが適当かと思います。
 相手が提示した問題にきちんと「答えなければいけない」と論者が思い、またギャラリーも「これで黙っちゃうんじゃ自分は間違ってると認めたようなもんだよな」と自然に納得してしまう一味違った鋭い指摘。これが“プレッシャー”です。

 おりあそさんは、おそらく天性のものだと思いますが、この“プレッシャー”のかけ方が大変にうまい。これまで彼の言葉に多くの人が沈黙を強いられてきたのは、まさにその“プレッシャー”のためです。

 ただ、生まれつきのセンスに頼ったその“プレッシャー”は、訓練を積んだ「言葉の使い手」の前ではまったく役に立たず簡単にバラバラにされてしまう不完全なものでしかなかった。

“真のプレッシャー”とは、例えばこういうものです。


> 僕は、μ'sのメンバーがたとえ二次元キャラクターであっても彼女らを人間として感じ
  たいと思っているし、彼女らの人生に共感し、それを自分が生きるための糧にしたい
  と思っている。要するに今の『ラブライブ!』を賞賛する人々と僕とでは、アイドル
  観が根本的に違っているのである。

 これは大変感動的な述懐のように見えて実は重大な瑕疵を抱えている。
 なぜなら「アイドル観が根本的に違って」おり、人間として感じ、人生に共感したいのなら、そもそも「ゆび祭り」に参加し、「まゆゆ」を応援すればいいのであって、なぜ根本的に違うアイドル観にあえて反してまで「フィクションのアイドル」にこだわる必要があるのだろうか?
「あたかも人間“のような”アニメのキャラクター」は確かに魅力的である。
 だがどんなに魅力的であってもアニメのキャラクターたちは「人間」ではない。一見奇妙なことだがアニメのキャラクターの魅力は「人間」であることではなく“のような(だが人間ではない)”部分にこそ宿っているのである。
 この「フィクション」の、「まるで現実“のような(だが現実ではない)”」部分についての目配りなしにアニメの物語を論じることの意味はあるのだろうか……?


 ……いかがですか?
“プレッシャー”が「戦いの流れを決定する」ということがご理解いただけたでしょうか?

 おりあそさん、
 勝機を「物語論」に見出したとしたらなかなか悪くない目の付け所だと思う。
 でもそれだったら、懸案の「三次元アイドル絶対説・二次元アイドル不要論」についてそれなりの回答を示す義務があるんじゃないかな?
 もしもこのまま僕の問いに対応せずに「物語論」での決戦を強行するなら、僕は「あなたはそもそも二次元のアイドル固有の魅力を認めていないのに、映画のストーリーを論じることに意味があるとは思えないけど?」の一言で全て叩き潰す。
 せっかくの勝機はなんの戦果も挙げられないまま潰え去る。
 それはきみにとっても避けたいはず。……ならば、ね。

 ……悪くない取り引きだと思うけど?


 僕の“必勝パターン”は相手の矛盾を衝く「カウンター戦術」だ。
 でも狙ったタイミングで狙いの箇所にカウンターを叩きこむのに重要なのは、攻勢に出て常にプレッシャーをかけ続け、相手の行動をコントロールする、決して自由な動きをさせないということなんだ。好きなように動き回ってる相手からカウンターなんて取れないからね。
 そもそも、きみが「物語論」に目をつけたこと自体、自由な選択の結果ではなく、“プレッシャー”から逃れるためだった……そうではないかな?

 さて、どうなることやら…………





追伸
 捕まえちゃう!
 (どこにいるの? ムリよムリよ どこにいたってムリよ)
 捕まえちゃう!
 (だれといるの? ダメよダメよ わたし以外はダメよ)

 甘いよ甘い そんな装備じゃ
 逃げられるわけないじゃないか

Posted by にこにーにこちゃん at 2015年07月20日 04:17
あれ、なんか僕の横からの書き込みがおりあそさんの書き込みと思われちゃってる?
客観視した書き方をしようとしたから勘違いされたのかな。
勝手に突っ走って粘着して、ラブライバーってのは本気でどっかおかしいのか?
戦略とか何か以前に、まず普通に読んで貰えるコメントを書くといいと思うよ。
Posted by at 2015年07月20日 16:18

 にっこにっこにー

 こんばんは、にこにーにこちゃんです。


 ……やれやれ、もう誰が誰やらわからんね。

 つまりあれだ、

 おりあそさんが新しい記事を書けば全て解決やね

 大丈夫、

 おりあそさんはにこにーにこちゃんの書き込みを二回も消して、二回も戻して、急に劇場版ツイートを始めたのは間違いないんだから。

 しかも名乗らずににこにーにこちゃんに瞬殺されたのは赤の他人だった!

 つまり本人は無傷で健在。
 きっと瞬殺された雑魚とはレベルの違う反論をただいま鋭意準備中というわけやね。

 実に楽しみだ、盛り上がってまいりました!!


 それと名もない雑魚さん、一方的な勘違いみたいに言ってるけどあなたもよくないよ。
 無記名じゃ誰が誰だかわからないじゃないの。
 次回書きこむときは、「あの時瞬殺された雑魚Aです」ってちゃんと自己紹介するように。

 もちろん、これから僕に勝負を挑みたい人も適当なハンドルでいいので、ちゃんと個体識別が可能なように配慮してほしい。
 せっかくキモいラブライバーをイジメてやったのに、「誰が誰やらわからないので反論できません」なんてつまんない逃げ口上を打たれちゃ興ざめでしょ?



 おりあそさん、

 あなたはまだ僕のコメントに返答していない。
 でも書きこみを二回消して二回戻したから見てはいる、って認識で間違いない?


 それなら一刻も早く反論を書かないとまずいんじゃないの?

 無記名でつまらんことを書きこんだ雑魚のコメントが、あなたの論理展開の“癖”にやたら似た書き方を偶然していたため、瞬殺された雑魚はおりあそさん自身で、正義の使徒にこにーにこちゃんに手も足も出ずボロボロにやられ、命からがら逃げ出して、なんとか論点をズラして話を逸らして引き分けっぽく話をうやむやにしようとしたけど、それも事前に察知されて潰され、揚句、冷静さを失ってそんなタイミングで書きこんだら疑われるに決まってるだろう!! という最悪のタイミングでバレバレの自演コメをしてしまい、臆病者卑怯者と笑いものにされるという状況が、あなたの知らないうちに確定しつつある。
 

 ちなみに、まじめに「赤の他人だった」という可能性も十分あると思います。
 無記名だとホントに誰が誰だかわからないよね。

 ただそれだと、これ以上ないというほど……悪意をもってワザとやってるんじゃないかというほどおりあそさんに不利なタイミングをよくも選んだなと……。
「空気読め」って大嫌いな言葉で、同僚をイジる時以外はよくよく使わないように心がけてるんだけど、でも確かにたまにいるよね、「おまえなぁ、空気読めよぉっ!!」って叫びたくなっちゃうようなことをする人……。


でも大丈夫、

なぜならここはあなたのHPだ。

新たな日記を書けば100%身分を明らかにし、これまでの自演だのなんだのは全て根も葉もない言いがかりだったと確実に証明できる。



勝てば、ね



追伸
無記名でつまらんことを書く雑魚は、

ことりちゅんのおやつに献上しちゃうちゅん


(やべぇ、うらやましい……!)





二伸
こんどは消さないでね?

Posted by にこにーにこちゃん at 2015年07月20日 19:01

 にっこにっこにー

 こんばんは、にこにーにこちゃんです。


 ……やれやれ、もう誰が誰やらわからんね。

 つまりあれだ、

 おりあそさんが新しい記事を書けば全て解決やね

 大丈夫、

 おりあそさんはにこにーにこちゃんの書き込みを二回も消して、二回も戻して、急に劇場版ツイートを始めたのは間違いないんだから。

 しかも名乗らずににこにーにこちゃんに瞬殺されたのは赤の他人だった!

 つまり本人は無傷で健在。
 きっと瞬殺された雑魚とはレベルの違う反論をただいま鋭意準備中というわけやね。

 実に楽しみだ、盛り上がってまいりました!!


 それと名もない雑魚さん、一方的な勘違いみたいに言ってるけどあなたもよくないよ。
 無記名じゃ誰が誰だかわからないじゃないの。
 次回書きこむときは、「あの時瞬殺された雑魚Aです」ってちゃんと自己紹介するように。

 もちろん、これから僕に勝負を挑みたい人も適当なハンドルでいいので、ちゃんと個体識別が可能なように配慮してほしい。
 せっかくキモいラブライバーをイジメてやったのに、「誰が誰やらわからないので反論できません」なんてつまんない逃げ口上を打たれちゃ興ざめでしょ?



 おりあそさん、

 あなたはまだ僕のコメントに返答していない。
 でも書きこみを二回消して二回戻したから見てはいる、って認識で間違いない?


 それなら一刻も早く反論を書かないとまずいんじゃないの?

 無記名でつまらんことを書きこんだ雑魚のコメントが、あなたの論理展開の“癖”にやたら似た書き方を偶然していたため、瞬殺された雑魚はおりあそさん自身で、正義の使徒にこにーにこちゃんに手も足も出ずボロボロにやられ、命からがら逃げ出して、なんとか論点をズラして話を逸らして引き分けっぽく話をうやむやにしようとしたけど、それも事前に察知されて潰され、揚句、冷静さを失ってそんなタイミングで書きこんだら疑われるに決まってるだろう!! という最悪のタイミングでバレバレの自演コメをしてしまい、臆病者卑怯者と笑いものにされるという状況が、あなたの知らないうちに確定しつつある。
 

 ちなみに、まじめに「赤の他人だった」という可能性も十分あると思います。
 無記名だとホントに誰が誰だかわからないよね。

 ただそれだと、これ以上ないというほど……悪意をもってワザとやってるんじゃないかというほどおりあそさんに不利なタイミングをよくも選んだなと……。
「空気読め」って大嫌いな言葉で、同僚をイジる時以外はよくよく使わないように心がけてるんだけど、でも確かにたまにいるよね、「おまえなぁ、空気読めよぉっ!!」って叫びたくなっちゃうようなことをする人……。


でも大丈夫、

なぜならここはあなたのHPだ。

新たな日記を書けば100%身分を明らかにし、これまでの自演だのなんだのは全て根も葉もない言いがかりだったと確実に証明できる。



勝てば、ね



追伸
無記名でつまらんことを書く雑魚は、

ことりちゅんのおやつに献上しちゃうちゅん


(やべぇ、うらやましい……!)





二伸
こんどは消さないでね?


三伸
だから消すなってwww(一回目)
Posted by にこにーにこちゃん at 2015年07月20日 19:12
にこにーにこちゃん >>
どうやら一方的かつ即物的に消費されているのは
おりあそ氏とこの記事のようですね。


ていうかこの人900度ものの見方を間違えてる氣がしなくもないのです。
Posted by at 2015年07月20日 21:44
すんませんさん付け忘れました。

まとめるとまず1つ。
そんな文句あるなら製作関係各社に電話するなり
努力すればよろしい。
次に1つ。
何故普段だれも来ないこのような所に急に集まったのか?
拡散された理由は何か?どのような意図で広まったのか?
よくよく吟味なさるとよろしい。
最後に一つ。
こんな奴にシンフォギアひいきされても
同じシンフォギアンとして迷惑なんすけど。

という発言をした者です。
Posted by at 2015年07月20日 22:07
感情に走った部分はあるものの言いたいことはわかるし、内容も同意です
映画のお話としてはうっかり眠りそうになるくらい退屈で退屈で仕方なかった
ただまぁ、ラブライブってそんなもんだし、ライブシーンで盛り上げてくれればいいやってことで
なんとか我慢しました。ライブシーンの出来についてはいつも通りで文句は無いです

μ'sの最後の締めとして、せっかくの劇場版として、作品として期待してみてしまうとガッカリする
出来ではないかと。ラブライブお祭り映画としてであれば、まぁこんなもんじゃないですかね
個人的には劇中でせっかく前振りあるんだからμ'sとA-RISEの合同ライブシーンが見たかったです
Posted by at 2015年07月20日 23:49
少なくとも、おりあそさんは見られる監視される側になったのは自覚して発言に責任を持つべきだよね
このブログによる事実上の売名行為によってそこまでの立場になったんだから
Posted by at 2015年07月21日 07:34
この記事に対するコメントを徹底無視してる割に、
反論したしるぽくんを扱き下ろしていくスタイル、流石ですよね

おりあそ
@oriaso 9 時間
メンテ先生の最新作だ。ちなみに、劇場版ラブライブ!論争の火付け役・しるぽ先生は、安全地帯に身を隠して当論争における人々の反応を嘲笑し続けてきたのだが、この前会ったら、メンテ先生の記事に対しては「面白い文章っていうのはこういうことなんだよ!」と絶賛を惜しまなかった。
Posted by at 2015年07月21日 13:53
この傲慢ぶりいつブログが大炎上する不謹慎発言をしてもおかしくないよね
全ての人間がテメェに賛同してるわけじゃねえんだよ
Posted by at 2015年07月21日 22:57

 にっこにっこにー


 こんばんは、にこにーにこちゃんです。

 おりあそさんのお勧めに従ってメンテさんとやらの記事を読んできました。

 ラブライブは芸人さんにもネタを提供して裾野が広がってるな、終わってほしくないなぁ、それにしてもフィルム「自由の女神四連」とか不遇過ぎだろ……一回じゃこんなもんか? それよりネット予約では劇場いっぱいのはずなのになんで2/3くらいしか入ってないんだ? ……やっぱり「特典商法」は全肯定する気にはなれんなぁ……とはいえ世の中の流れに棹差してラブライブだけが清廉潔白を気取ることもできんだろうしなぁ……あ、今週末の新ピカではスペシャルステージまで特典残ってるかなぁ、とかいろいろなことを考えました。

 今日は戦闘意欲を掻き立てるイベントがなにもなかったので、久しぶりにゆっくり寝ようと思います。





 追伸
 まきちゃんかわいい
 かきくけこ



 二伸
 先年亡くなったイラストレーター「中野豪」さんの作品で中国昔話風の一コママンガがあって、


 弟子:真剣な表情で師匠の言葉を書きとめる
 「師、曰く『なんか面白いことないかなぁ』」

 師匠:すげぇ気まずそうに
 「これ、私だっていつも意味のあることばかり言っているわけではないぞ」


 ってやりとりにむちゃくちゃ笑った。


Posted by にこにーにこちゃん at 2015年07月21日 23:38
映画はもうとっくに飽きたし特典商法も別にいいけどさ
松竹のアホはもったいぶらずに潤沢に在庫用意しとけよksgって思う
Posted by at 2015年07月22日 11:42
ブログから事実上の逃げたって事は某イヤミ課長風に言うとはい論破って事で良いんだよね
Posted by at 2015年07月23日 12:23
放置されてしまった感じがします。
ブログを書いた人は、このブログの炎上ぶりで、二度とこないでしょう。
Posted by at 2015年07月23日 15:11
売れてるんだから正義なんだよ分かるか池沼管理人^^
売れないとか誰も喜ばねーんだよ
ちょっと考えればわかるだろ?子供か?
Posted by at 2015年07月23日 20:10
 おりあそさん、
 見ているか? 「すがし」だ。

「にっこにっこにー」はどうしたって?
 正直あまり余裕がない。

 とはいえこんな調子の書き込みをするやつは他にいない。ころころハンドルを変えて読みにくいこと甚だしいが、個体識別という点では問題なかろう。



 明日の夜で提出期限の“一週間”だ



“一週間”といってもいろいろな数え方があるが、ここでは「レンタルビデオ方式で7泊8日」、7月25日午前2時をもって“一週間”としたい。


 回答はもらえそうか?


 難しいだろうな、
 昨日はツイッターで動きがあったら即座に挨拶にいこうと午前3時まで張っていたがまるで無駄骨だった。今に至るまでなんら動きがないからな。

 最近よく眠れているか? 人と話をして笑っているか?

 お気に入りのアニメに楽しみを見出しているのはいいことだ。
 人は楽しみがなければ生きられない。

 とはいえ、自分の見るところだいぶ参ってるようだが、大丈夫かね?

 俺はきみを個人的に知らないし、話も合わない。けれども「うまくいかないことが青春の美しさなんだ」なんて真顔で語られりゃ、いよいよギリギリのところまで追い込まれたかと心配にもなる。

 きみはどうやら学生さんらしい。自分よりもはるかに年下のきみをそうまで怯えさせてしまったことについては申し訳なくもあり、大人げなかったかなと反省している部分もある。


 だが、ちょっと反論されたくらいで何も言えなくなるほど怯えてしまうなら、なぜ「μ’sが好きだというやつは愛玩動物が好きなだけ」などと言ったのだ?


 きみは今自分のことで頭がいっぱいで、人の気持ちなんか考えることもできないかも知れないが、少なくとも高校卒業以上の年齢に達しているなら、自分の心無い言葉がどれほど僕を怒らせたか、同じ気持ちでいる人が日本中に、ネットのそこここに何千人も、ことによったらそれ以上も、今も傷つけられた気持ちを持て余しているだろうことについて少し想像してみる義務があるはずだ。


 少なくとも僕は、このまま「回答なし」で見逃してやろうという気持ちにはなれない。


 きみの“答え”がほしい、それが戦うための言葉であっても。
 けれどもこれまでの手応えから、それが限りなく見込みの低い期待だということもわかっている。
 それでも敢えて、言おう。



 きみと話がしたい。



 これが最後のチャンスだ。
 明日、7月25日午前2時に僕はここで“勝利宣言”をする。
 それまでに答えがほしいのだ。

 頼む。
Posted by すがし at 2015年07月24日 02:01
 こんばんは、すがしです。

 今ここに何人の人がいるでしょう?
 その中に、どうにか彼から回答を引き出したいというすがしの意志に賛同してくれている人が何人いるでしょう?
 残念ながら数人というところだろうかと思います。自分の「言葉」の力の無さを痛感しています。

 これまで自分はあまり皆さんと積極的には関わってきませんでした。
 おりあそさんと対話するに当たって、自分が「数をアテにしている」という印象を与えたくなかったからですが、そんな僕の思惑とは関係なく、どうやら回答は得られそうもありません。


 僕は明日深夜2時にここで “勝利宣言” をします。


 これまでロクにかかわらなかったくせに勝手を言って恐縮ですが、その時、皆さんの力を僕に貸していただけないでしょうか?
 なぜなら僕の“勝利宣言”は、一人の力では達成できないものだからです。
 僕は今こそ、この論争を今まで見守ってくださった方々に助力を求めます。


 本当の“勝利”のために、どうしても「たくさんの人の言葉」を集めたいのです。


 この場は「怨みと敵意の言葉」によって始まりました。
 そして「ラブライブ!」を愛し、純粋に楽しんでいただけのはずのファンまでが、場に満ちる敵意に我を忘れ、心無い言葉を投げつけ合い、傷つけ合いました。
 この場の上の方はそうした敵意に満ちた醜い言葉に埋め尽くされています。
 僕はこれを変えたい。
 僕が集めたい「たくさんの言葉」とは、投げつけられた敵意をそれ以上の敵意で押し潰す数の暴力ではない。
 そうではなくて、ただ「ラブライブ!」のアニメや映画を見て楽しかったこと、感動したこと、ただそれだけのことを伝えるなんでもない言葉をこそ僕は必要としています。
「映画、楽しかった。また見たい!」
 たったそれだけの書き込みでいいのです。
 そんななんでもない言葉をたくさんたくさん集めたいのです。



 僕の本当の目的は、想い描く“真の勝利”とは、
 この場をμ’sに与えられた感動と喜びに共感し合う場に造り変えることです。



 僕はこの“作戦”を「SUNNY DAY SONG」作戦と名付けました。
 映画を見て、そして感動した方になら、この作戦名の“意味”をくだくだしく説明する必要などまったくないと思います。

 ともに歌いともに踊ろう
 誰もが十人目のμ’s=一人のスクールアイドルとしてこの祭典に参加できる

 それ以上の説明の言葉などいらない。
 ラブライバーは怨みと敵意に凍った言葉を選ばない。
 暖かい共感と喜びの言葉で悪意を追い払おう。

 どうか力を貸してください。
 この作戦を成功に導くには、僕の力はあまりに小さすぎてなんの役にも立たない。
 どうすれば明日の深夜2時までに、できるだけ多くの人にこの作戦のことを知ってもらえるでしょうか?
「拡散」というのはどういう風にやったらいいのでしょうか? よくわかりません。
 とりあえずラブライブ関連のまとめサイトのコメント欄に、この呼びかけの要約版を片っ端から貼り付けていこうと思っています、というかそれくらいしかアイディアがありません。

 どうか力を貸してください。
 みんなにこのことを知らせてください。
 僕はあまりに無力です。
 僕はあなたの助けを必要としています。

 どうか力を貸してください。

Posted by すがし at 2015年07月24日 03:57
↓コイツまるで自分に取って都合の悪いログを流すかの如く無駄な長文を毎回、連打するからおりあその自演じゃね?疑惑が
まるで勝利宣言と言うきれい事で終わらせてここのブログを元の状態にしたいみたいなのを感じる

少なくとも賛同者以上の敵を作ったって事だけは自覚するべきだしまたブログしたいなら発言には気を付けるべき
Posted by at 2015年07月24日 07:33

にっこにっこにー

どうも、「すがし」こと「にこにーにこちゃん」です

混乱させてすみません。

どうも焦ってすこし余裕をなくしていたみたいです。
「すがし」か「にこにーにこちゃん」かという違いは、自分にとっては「フザケた態度で出方を観るかどうか」の違いでしかなく大した問題ではないと思っていたのですが、顔の見えないネットでは「ハンドル」は思った以上に大きな意味があったようです。

 ですが上二つの「すがし」名義の書き込みは、間違いなく「にこにーにこちゃん」と同一人物のものであるとお約束します。

「SUNNY DAY SONG」作戦は確かににこにーにこちゃんの究極の目標ですが、同時に「おりあそくんに「期限内の回答」を迫る“最強のプレッシャー”でもあり、二つのコメントの内容は別に矛盾しません。

 けれどもそれ以前に、「SUNNY DAY SONG」作戦はそんな真剣なものではなく、ラブライバーにとっての“派手な遊び”ていどのつもりでいた方がいいんじゃないかと思い直しました。

 だってにこちゃん、どう見てももう勝ってるしw

 けど荒んだ言葉に埋め尽くされたこの場をどうにかしたいって気持ちも嘘ではありません。
結局にこちゃんが考えているのは「どう終わらせるか」です。
後で思い返した時「ちっ、嫌な事思い出しちまった……」と舌打ちするのではなく、にやっと笑って「あんときゃおもしろかったなぁ!!」と笑顔で振り返りたいのです。

だからやっぱり皆さんの力を借りたいのは変わりません。
どうかよろしくお願いします。

昼休みに慌てて来てるのでまとまりなくてスイマセン





追伸
だって可能性感じたんだ
そうだ…ススメ!
後悔したくない 目の前に僕らの道がある
Posted by にこにーにこちゃん at 2015年07月24日 13:51
人一人の意見に突っ掛かって暴走する様は、正にラブライバー!!
いやぁすごいね、信者のフリしたアンチかもしれんが。
Posted by at 2015年07月24日 15:35
おいおいもっと盛り上がろうぜ
Posted by at 2015年07月24日 18:30
では、具体的に何をここに残せばよかろうなのでしょうか?

Posted by at 2015年07月24日 19:25

 にっこにっこにー

 ただいま、やっと会議終わったニコ……

 そして皆さんそれぞれの生活がある中でにこにーにこちゃんの呼びかけに答えてくれる人のあったこと、嬉しく思います。


> では、具体的に何をここに残せばよかろうなのでしょうか?


 具体的には、
「『ラブライブ!』劇場版や、主にアニメ二期で特に印象に残ったシーン、好きなシーンについての感想」
 です。それも「好きだ!」とか「よかった!」というごく素朴なもので構いません。

 少し理屈を言い足すと、こうした「素朴さ」は、「アニメとはこれこれの哲学性を具えたものでなければならない」「自分の定めた哲学から離れたものは全てゴミ。例外はない。思ってもいないところに新たな面白さを見つけるなどという可能性はない。自分とは違う部分に面白さを感じているなどというやつは、ただ救いようがないほどレベルが低いだけ」という、偏狭で独善的な誰かさんの哲学に対するカウンターとしての意味があります。

 とはいえただ「面白い」というだけの感想にそれほどの力はなく、重要なのは数です。それが一つ所に無数に集まるところに“意味”が生じます。

 ですから自分はこれから(風呂に入ってから)、以下の文章をそこらじゅうのまとめサイトにコピペしてきます。



 にっこにっこにー
 みなさん、一か月くらい前に「やらおん」で取り上げられた
>「AKBヲタ(ドルヲタ兼アニヲタ)が『ラブライブ劇場版』を痛烈に批判した記事」
 を覚えていますか? 
 正義の使徒にこにーにこちゃんは、このたび元記事の

> アイドルはなぜ魅力的なのか? あるいは、劇場版『ラブライブ!』はなぜ失敗作なのか。

 に乗り込み、著者に論戦を挑み、そしてついに完全に沈黙させました。
(※ 詳しい経緯を知りたい方は[Posted by すがし at 2015年07月13日 06:02]のところからにこにーにこちゃんのコメントが始まっているので、目を通していただければ幸いです)
 
 ついては今夜、7月25日午前2時に勝利を記念して
「SUNNY DAY SONG」作戦を発動したいと思います。

 例の記事を読んで嫌な気持ちになったラブライバーの方、ぜひこの作戦に参加して嫌な感情を洗い流してください。あるいはただ単に興味がある、というだけの方も大歓迎。

というわけで『アイドルはなぜ魅力的なのか? あるいは、劇場版『ラブライブ!』はなぜ失敗作なのか。』の記事で、午前2時お待ちしています。

にっこにっこにー



 こんな感じ。
 長い?
 これでもだいぶ削ったのよ……
 もう時間もないし、十分な策ではないかもしれませんが自分はこれでいこうと思います。
 だれか宣伝を手伝ってくれませんか?
 あるいはもっと効率のいい方法があるというなら教えていただければと思います。
Posted by にこにーにこちゃん at 2015年07月24日 23:02
fbのページに貼ってまいりました。
Posted by at 2015年07月25日 00:24
 ありがと〜
 お疲れ様です!
Posted by にこにーにこちゃん at 2015年07月25日 00:57
にっこにっこにー


 おお〜い、誰かいるか〜い?
Posted by にこにーにこちゃん at 2015年07月25日 02:02
往生際が悪いなぁ、消すなよ!
Posted by にこにーにこちゃん at 2015年07月25日 02:05
往生際が悪いなぁ、消すなよ!
Posted by すがし at 2015年07月25日 02:07
にっこにっこにー

こんばんは、正義の使徒 にこにーにこちゃん です。

これから予告通り「勝利宣言」をしたいと思います。

しかしその前に、どうしてそんな「宣言」をする必要があるのか?

僕がどうして一か月も前のこの記事にこだわり続けたのか?

その点についてすこし説明したいと思います。


変な話ですが、元記事の「アイドルはなぜ魅力的なのか? あるいは、劇場版『ラブライブ!』はなぜ失敗作なのか。」の文章には妙な説得力が感じられます。

けれども同時に非常に受け入れがたい、とても不愉快な感じを覚えもする。

誠実でありたいと思う人は、その“不愉快な違和感”を「好きな作品を批判されたからって感情的になっちゃいけない。『一つの意見』として尊重しなければいけない」と考え、どうにも納得できない割り切れないものを感じながら沈黙します。

それはとても辛いことだったと思う。
自分は思っていたよりもずっと心が狭くて嫌なやつだったんじゃないかと、なんども心中で問い直すことがあったと思う。

お疲れ様でした。そしてもう大丈夫です。
僕は、そんな誠実であろうとしたために「素直な言葉」を飲み込んでしまった人のために元記事への批判を書きました。

 よく読んでみると、元記事に出てくる「ファン」が“ダメ”な理由は、“ダメ”な「ラブライブ!」が好きだからだ、という意外にほとんど説明されていません。

 ファンが“ダメ”なのは、「ラブライブ!」が“ダメ”だから
「ラブライブ!」が“ダメ”なのは、ファンが“ダメ”だから

 つまり「ラブライブ!」とファンが双方とも“ダメ”なものという前提で扱われ、作品を批判したい時には“ダメ”なファンをその前提条件に、ファンを批判したい時には“ダメ”な「ラブライブ!」をその前提条件に、とひたすら同じところをぐるぐる回っているだけなのです。

 そのことがハッキリ表れているのが元記事の最後の部分です。

> 劇場版『ラブライブ!』が素晴らしいと言っている人たちは、μ'sというアイドル
  に対してまるで愛玩動物か観葉植物に対するかのように接し、見かけや単純な反応、
  単純な関係性だけを楽しんでいる人々なのではないだろうか。それに対して僕は、
  μ'sのメンバーがたとえ二次元キャラクターであっても彼女らを人間として感じ
  たいと思っているし、彼女らの人生に共感し、それを自分が生きるための糧にし
  たいと思っている。要するに今の『ラブライブ!』を賞賛する人々と僕とでは、
  アイドル観が根本的に違っているのである。

 一見非常な正論に見えます。
 でもこれは「お前らは間違っていて、僕は正しい。なぜならお前たちは間違っているからだ」と、「間違っていることを前提に間違っているという結論を引き出している」だけなのです。
 元記事に感じる奇妙な説得力と言いようのない違和感、それは――

 文章の原因と結果がべったりと癒着した“循環論法” によるものなのです。

 これは「ある国の人間が劣っているのは、まさにある国の人間だからだ」という“ヘイトスピーチ”の論理と非常に類似しています。


 僕は「過去の記事だから」という理由で元記事を見て見ぬふりをするべきではないと思いました。

 そしていくつかの経緯を経て、ついに元記事の著者を完全に沈黙させました。

 本当は彼と対話したかったけれども、今はそれはいい。

 問題はどうやってこの“戦い”を終わらせるかです。

  怪物と戦う者は、自分も怪物にならないよう注意せよ
  深淵を覗き込むとき、深淵もまたお前を覗き込む

 という有名な言葉があります。
 僕は確かに「怪物」を倒したかもしれない。
 でも「へっ、ざまぁみろ」と倒した相手に唾を吐くなら、きっとその時僕は第二の怪物になっているのでしょう。

 僕たち「ラブライブ!」を愛するものは、叩きつけられた憎しみを克服することを考えなければいけない。

 そして本当の“勝利”のためには、どうしても「たくさんの人の言葉」をこの場に集めなければならないと考えました。


 この場は「怨みと敵意の言葉」によって始まりました。
 そして「ラブライブ!」を愛し、純粋に楽しんでいただけのはずのファンまでが、場に満ちる敵意に我を忘れ、心無い言葉を投げつけ合い、傷つけ合いました。
 この場の上の方はそうした敵意に満ちた醜い言葉に埋め尽くされています。
 僕はこれを変えたい。
 僕が集めたい「たくさんの言葉」とは、投げつけられた敵意をそれ以上の敵意で押し潰す数の暴力ではない。
 そうではなくて、ただ「ラブライブ!」のアニメや映画を見て楽しかったこと、感動したこと、ただそれだけのことを伝えるなんでもない言葉をこそ僕は必要としています。
 そうした普通の感想をこそ書きこんでほしいのです。

「映画、楽しかった。また見たい!」

 たったそれだけの書き込みでいいのです。
 そんななんでもない言葉をたくさんたくさん集めたいのです。



 僕の本当の目的は、想い描く“真の勝利”とは、
 この場をμ’sに与えられた感動と喜びに共感し合う場に造り変えることです。



 僕はこの“作戦”を「SUNNY DAY SONG」作戦と名付けました。
 映画を見て、そして感動した方になら、この作戦名の“意味”をくだくだしく説明する必要などまったくないと思います。

 ともに歌いともに踊ろう。ともに感動を語ろう。
 誰もが十人目のμ’s=一人のスクールアイドルとしてこの祭典に参加できる

 それ以上の説明の言葉などいらない。
 ラブライバーは怨みと敵意に凍った言葉を選ばない。
 暖かい共感と喜びの言葉で悪意を追い払おう。

 どうか力を貸してください。
 この作戦を成功に導くには、僕の力はあまりに小さすぎてなんの役にも立たない。
 この作戦の成功に必要なのは、私ではなくあなたなのです。
 みんなにこのことを知らせてください。
 僕はあなたの助けを必要としています。

 どうか力を貸してください。

Posted by すがし at 2015年07月25日 02:08
ラブライブ通信から〜取り敢えず様子見に来てみました
Posted by 名無しのライバー at 2015年07月25日 02:09
まとめサイトからきました、6月24日03:14に書き込んだものです。他で使用しているHNと同じこの名前でいきます。

以前書き込みましたが、次の日には消え、しばらくすると何事もなかったかのように復活していました。
どういう原理でそうなっているのかは分かりませんが……
Posted by タイキ at 2015年07月25日 02:11

にっこにっこにー

こんばんは、正義の使徒 にこにーにこちゃん です。

これから予告通り「勝利宣言」をしたいと思います。

しかしその前に、どうしてそんな「宣言」をする必要があるのか?

僕がどうして一か月も前のこの記事にこだわり続けたのか?

その点についてすこし説明したいと思います。


変な話ですが、元記事の「アイドルはなぜ魅力的なのか? あるいは、劇場版『ラブライブ!』はなぜ失敗作なのか。」の文章には妙な説得力が感じられます。

けれども同時に非常に受け入れがたい、とても不愉快な感じを覚えもする。

誠実でありたいと思う人は、その“不愉快な違和感”を「好きな作品を批判されたからって感情的になっちゃいけない。『一つの意見』として尊重しなければいけない」と考え、どうにも納得できない割り切れないものを感じながら沈黙します。

それはとても辛いことだったと思う。
自分は思っていたよりもずっと心が狭くて嫌なやつだったんじゃないかと、なんども心中で問い直すことがあったと思う。

お疲れ様でした。そしてもう大丈夫です。
僕は、そんな誠実であろうとしたために「素直な言葉」を飲み込んでしまった人のために元記事への批判を書きました。

 よく読んでみると、元記事に出てくる「ファン」が“ダメ”な理由は、“ダメ”な「ラブライブ!」が好きだからだ、という意外にほとんど説明されていません。

 ファンが“ダメ”なのは、「ラブライブ!」が“ダメ”だから
「ラブライブ!」が“ダメ”なのは、ファンが“ダメ”だから

 つまり「ラブライブ!」とファンが双方とも“ダメ”なものという前提で扱われ、作品を批判したい時には“ダメ”なファンをその前提条件に、ファンを批判したい時には“ダメ”な「ラブライブ!」をその前提条件に、とひたすら同じところをぐるぐる回っているだけなのです。

 そのことがハッキリ表れているのが元記事の最後の部分です。

> 劇場版『ラブライブ!』が素晴らしいと言っている人たちは、μ'sというアイドル
  に対してまるで愛玩動物か観葉植物に対するかのように接し、見かけや単純な反応、
  単純な関係性だけを楽しんでいる人々なのではないだろうか。それに対して僕は、
  μ'sのメンバーがたとえ二次元キャラクターであっても彼女らを人間として感じ
  たいと思っているし、彼女らの人生に共感し、それを自分が生きるための糧にし
  たいと思っている。要するに今の『ラブライブ!』を賞賛する人々と僕とでは、
  アイドル観が根本的に違っているのである。

 一見非常な正論に見えます。
 でもこれは「お前らは間違っていて、僕は正しい。なぜならお前たちは間違っているからだ」と、「間違っていることを前提に間違っているという結論を引き出している」だけなのです。
 元記事に感じる奇妙な説得力と言いようのない違和感、それは――

 文章の原因と結果がべったりと癒着した“循環論法” によるものなのです。

 これは「ある国の人間が劣っているのは、まさにある国の人間だからだ」という“ヘイトスピーチ”の論理と非常に類似しています。


 僕は「過去の記事だから」という理由で元記事を見て見ぬふりをするべきではないと思いました。

 そしていくつかの経緯を経て、ついに元記事の著者を完全に沈黙させました。

 本当は彼と対話したかったけれども、今はそれはいい。

 問題はどうやってこの“戦い”を終わらせるかです。

  怪物と戦う者は、自分も怪物にならないよう注意せよ
  深淵を覗き込むとき、深淵もまたお前を覗き込む

 という有名な言葉があります。
 僕は確かに「怪物」を倒したかもしれない。
 でも「へっ、ざまぁみろ」と倒した相手に唾を吐くなら、きっとその時僕は第二の怪物になっているのでしょう。

 僕たち「ラブライブ!」を愛するものは、叩きつけられた憎しみを克服することを考えなければいけない。

 そして本当の“勝利”のためには、どうしても「たくさんの人の言葉」をこの場に集めなければならないと考えました。


 この場は「怨みと敵意の言葉」によって始まりました。
 そして「ラブライブ!」を愛し、純粋に楽しんでいただけのはずのファンまでが、場に満ちる敵意に我を忘れ、心無い言葉を投げつけ合い、傷つけ合いました。
 この場の上の方はそうした敵意に満ちた醜い言葉に埋め尽くされています。
 僕はこれを変えたい。
 僕が集めたい「たくさんの言葉」とは、投げつけられた敵意をそれ以上の敵意で押し潰す数の暴力ではない。
 そうではなくて、ただ「ラブライブ!」のアニメや映画を見て楽しかったこと、感動したこと、ただそれだけのことを伝えるなんでもない言葉をこそ僕は必要としています。
 そうした普通の感想をこそ書きこんでほしいのです。

「映画、楽しかった。また見たい!」

 たったそれだけの書き込みでいいのです。
 そんななんでもない言葉をたくさんたくさん集めたいのです。



 僕の本当の目的は、想い描く“真の勝利”とは、
 この場をμ’sに与えられた感動と喜びに共感し合う場に造り変えることです。



 僕はこの“作戦”を「SUNNY DAY SONG」作戦と名付けました。
 映画を見て、そして感動した方になら、この作戦名の“意味”をくだくだしく説明する必要などまったくないと思います。

 ともに歌いともに踊ろう。ともに感動を語ろう。
 誰もが十人目のμ’s=一人のスクールアイドルとしてこの祭典に参加できる

 それ以上の説明の言葉などいらない。
 ラブライバーは怨みと敵意に凍った言葉を選ばない。
 暖かい共感と喜びの言葉で悪意を追い払おう。

 どうか力を貸してください。
 この作戦を成功に導くには、僕の力はあまりに小さすぎてなんの役にも立たない。
 この作戦の成功に必要なのは、私ではなくあなたなのです。
 みんなにこのことを知らせてください。
 僕はあなたの助けを必要としています。

 どうか力を貸してください。

Posted by にこにーにこちゃん at 2015年07月25日 02:13
「SUNNY DAY SONG」作戦、開始です!


 SUNNY DAY LIFE 輝きになろう!
Posted by にこにーにこちゃん at 2015年07月25日 02:20
「ラブライブ!」劇場版は本当に「楽しい」「元気がもらえる」映画!
 なんども繰り返し見たくなる。

「SUNNY DAY SONG」は何度聞いても踊りたくなる。
「僕らは一つの光」は何度聞いても泣けてくる。

 なぜなんだろう?

「ラブライブ!」には不思議な魔力がある。
Posted by にこにーにこちゃん at 2015年07月25日 02:24
とにかく何度も書きこむんだ!!
Posted by にこにーにこちゃん at 2015年07月25日 02:24
映画本編ですが非常に良かったです。

製作に関わるすべての人の愛を感じました。
これまでの集大成という感じで……もちろんこれからも応援していきます!


今まで様々な作品を見てきましたが、1番好きな作品だと言えます。
彼女たちの輝きからたくさんの感動を頂きました。

ありがとう、ラブライブ!
Posted by タイキ at 2015年07月25日 02:25
壁は Hi Hi Hi 壊せるものさ  Hi Hi Hi 
自分からもっとチカラを出してよ
 Hi Hi Hi 壊せるものさ  Hi Hi Hi 倒せるものさ
勇気で未来を見せて
(Oh yeah! Oh Year! Oh Year! うん負けないから!)
Posted by すがし at 2015年07月25日 02:30
拡散だ!
全ラブライバーに招集をかけろ〜〜〜!!

(ただし元記事へのヘイト発言禁止)
Posted by にこにーにこちゃん at 2015年07月25日 02:35
> タイキさん

 ありがとう、あなたが来てくれて本当によかった

 他の連中もきっとこれからぼつぼつ集まってくるさ!
Posted by にこにーにこちゃん at 2015年07月25日 02:46
この間、映画を幼馴染と同僚の5人で見に行きました。

皆、もう何十回も見てるはずなのに、終わってみれば目が真っ赤で泣いたのバレバレ、 でも全員、映画の此処が良かった、推しの子のこのシーンが悶えるほど好きとか終始笑顔で帰りました。

映画を見に行くまでは同僚のうち1人とは他部署の為、それまで話したこともなかったですが、ラブライブがきっかけでもう何十年来の親友のようになりました。

全部ラブライブのおかげです、ラブライブが好きで良かった。ラブライブ最高
Posted by 名無しのライバー at 2015年07月25日 03:09
ラブライブ!の映画は素晴らしかった!
作品に関わったスタッフ、キャスト、裏方さんまで全ての人に『ありがとう!』と言いたい。

ライブシーンの作画には何回見ても感動させられます。
AAの衣装なんてスタッフに愛情が無いととても手書きなんて出来ないよ!

アニメは沢山見てきたけれど、ラブライブ!は久々にハマった。
「アニメキャラ」という絶対に望んでも手に入らない存在に熱を上げられる、ある意味シャレの解る仲間たちと楽しんだ時間は最高でした。

応援してる、なんて言わないよ。楽しませてもらってるのは俺の方だから。
ありがとうラブライブ!。
Posted by めん棒 at 2015年07月25日 04:02
にっこにっこにー

おはようございます!
仕事に行ってくるけど、ラブライバーはいつでもここに来て作品への愛を語っていいニコ♪

 けれども元記事へのヘイトコメントは禁止ニコ!
Posted by にこにーにこちゃん at 2015年07月25日 06:36
最初はアメリカへの卒業旅行物語で終わると
思っていました。
でもいい意味で完全に騙されました。
ラブライブという物語でこんな壮大なスケールの
物語をよくお見舞いしてくれました。
あの場にいるのはスクールアイドルとして
舞台に立ってる女の子たちだけではない。
そこにいるのはスクールアイドルを応援し
支える少女たちもあのsunnyday songの場に
集まっているんです。

だからこそあの感動が生まれたんです。

その感動に、嘘はつけない

今こそ言おう。我々は一つ
Posted by at 2015年07月25日 06:43
勝つだの負けるだのホントどうでもいい
批判してる人はほっとけばいい
ラブライブ!が好きで楽しんでるならそれでいいよもう


「今が最高!」
(今が限界というわけではない)

壁は壊せるし倒せるし
ここまできたんだからもっと夢見たっていいよね
Posted by at 2015年07月25日 08:16
狂気を感じる
これで良かったのか・・・?
Posted by at 2015年07月25日 16:33
気持ち悪いな。
まるで痛いところを突かれてあの手この手で目を逸らそうとする宗教みたいだ。

二次元キャラの当たり前の本質もわかってないんだな。
アニオタが行き着くとこうなるってことか。
Posted by at 2015年07月25日 16:35

 …………うむ、寝過ごした。
 色紙が1,2,3年生一枚ずつ揃って安心したかな……それにしてもまさかここでパイセンを引くとは妙なめぐり合わせじゃのう……。



 おはようございます、「すがし」です。

 一応念のため書いておくと、正義の使徒「にこにーにこちゃん」と同一人物です。

(まー、書き込みの中身を見れば大体わかると思いますが)

 今回から“目的別”でハンドルを使い分けていきたいと思います。


 しかしまぁ、いまいち人が集まりませんな。

 どうも自分はプロデューサーとしての能力が欠けてるらしい。

 けどまー、「持って生まれたもの」について嘆いても始まらんので、とにかく現状手持ちのコマでなんとかしてみますか。
「SUNNY DAY SONG」作戦、第二段階に移行しますよ♪



 と、言うわけでこの「すがし」と“ケンカ”してくれる方、絶賛募集中です



 …………え、なに? 「ヘイトコメント」禁止じゃないの??

 ええ、そうですよ。同じところでぐるぐる回ってるだけのとっとこハム太郎なんかいちいち相手にしてられませんよ。


 でも「相手」のいる「ケンカ」は、それとは歴然と違うでしょう。


 どうも書き方が悪かったですかね?
 すがしは「異論を認めない」とは別に言ってませんよ。
 そもそもすがしがおりあそくんに異論をつきつけて「論破した!」と主張しはじめたことがことの発端でしょう。自分がしたことをどうして他人には禁ずるのですか? 理屈に合わんでしょう。このすがしから理屈を取ったら「ラブライブ!」への愛しか残りませんよ。

> ラブライバーは怨みと敵意に凍った言葉を選ばない。
> 暖かい共感と喜びの言葉で悪意を追い払おう。

 どうもここらへんの言葉の選び方が、硬直した堅苦しい理想主義・平和主義をイメージさせるものに傾きすぎてたかな? なんかそんな気がしてきた。
 じゃあ、改めて訂正しようか。


 燃える言葉を秘めたものよ、
「自分は正しい」と信じるならば、なぜにすがしごときの顔色をうかがうことがあるのか?
 誰にお前の自由を縛る権利が有るのか? 思うがままに振舞うがよい!


 すがしの考え方になんか違和感が拭えない、言葉遣がどうにも合わない、文章のセンスが寒い、エラそうな態度が超ムカつく!!!
 理由なんかなんだっていい。どうせ「心の中」なんか人にはわからないし伝わらない。

 だから言葉を吐け! 燃える言葉で人に問え!
 自分の心に想う「正しさ」が人からどんな言葉を引き出すか、試してみればいい!!

 もちろん「どんなやり方でもいい」とまでの大盤振る舞いはできない。自分はあれもこれもいくらでも受け入れられるほど有能ではない。
 すがしが最も切望しているのは「『ラブライブ!』を通じて共感の言葉をこの場に集めること」
 この点は変わらないし、自分は常にこの目的を最優先する行動を取る。

 だからすがしにケンカを売りに来て、話題づくりに協力してくれる人は歓迎するけれども三つだけ「ルール」を課させてもらう。



1.個体識別が可能なように必ず名乗ること(適当なハンドルでok)
    名乗らぬものは、「はじめから負けた時の逃げる心配をしている臆病者」
    と見なし、相手にしません。

2.「すがしと一対一の勝負を望む」旨を必ず明記すること
    「すがしに対しての言葉」であることを明記していないものは、
     恥ずかしいポエムを誤投稿したかアカが乗っ取られたものと見なし、
     憐れみの心で見て見ぬふりをします。

3.途中で逃げ出したものへの揶揄嘲笑は、“ヘイトコメントには含みません”
  おもいっきり笑いものにしてやりましょう。
     あまり面白半分でつっかかられても困るので多少リスクをかけさせてもらいます。
     ただし「自分の負け/相手の勝利」をはっきり認めたものへの侮辱は不可。



 以上三点です。
 すがしのやり方に賛成してくれなくてもいい。
“祭り”ってそんなケチくさいもんじゃないでしょう?
 変だと思えば訊けばいいし、
 間違ってると思えばケンカを売ればいい
(ただしゴミは捨てないでください)

 誰でもこの“祭り”にやってきて、
 好きなように歌えばいい、思うままに踊ればいい。

 あなたのご参加をお待ちしています。



追伸
「ケンカ」と「ヘイト」が具体的にどう違うのかよくわからない、
という人がいるかもしれないので、余計な気遣いかもしれませんがちょっと書き足しておきます。

 自分は正しい、
 人間はある種本能に近い感覚でそう思えるようにできています。
 でもそういう「自分の感覚」から離れて「言葉」に書き起こそうとすると、途端になにが正しいのかわからなくなる(感じられなくなる)というのはよくあることです。というよりも自分の考えを言葉にするのには常に不安を感じるのが普通でしょう。

 そうした時に絶対にしてはいけないのが、「『自分は間違っているかも知れない』と考えるのが苦痛なので、とりあえず自分の発言の正当性は不問に付して、“他者が間違っていることに発言の根拠を求める”ことです。

 お前は間違っている。それを教えてやっている“だけ”だ。
  だから俺の正しさなんか問う必要はない。こっちを見るな。

 私はこうした言葉遣いをする人間には基本応じません。
 まず対話が成立しないからです。
 なにが正しいのかわからなくて不安でたまらなくなっている人には声をかけてあげることもありますが、基本は見ないようにして通り過ぎます。
「お前がどれだけ間違ってるか、わからせてやるよ!」という考えの人は声をかけないでください。私はあなたと「どっちが正しいか」競いたいのです。

Posted by すがし at 2015年07月26日 07:49
すがし君はともかくさあ
適当に最高最高言ってるのは思考停止すぎない?
アンチのなりすましみたいに見えてくるよ
Posted by at 2015年07月26日 11:36
適当に書いたつもりは無かったけど、思考停止はそうかもしれないね。
好きや嫌いは思考停止に陥りやすいから、気をつけるよ。
ごめんね。
すがしさんの望んだコメントでは無かったかもしれないね、それもごめん。
これからは皆に迷惑かけないように、ラブライブ!最高!ってコメントするときはアンチのなりすましを名乗るよ。
それだったら良いかな?
Posted by アンチのなりすまし at 2015年07月26日 15:08
それ許可取る必要あんの?
Posted by at 2015年07月26日 16:26
にっこにっこにー


 もうぜんぜん人集まって来ないし、バツが悪いからやめよっかな……

 と思ってたらキタァァァァァァァァァァァ!!!!



おりあそ &#8207;@oriaso &#8226; 7時間前
こういう人に限って、当の作品の良さを語ろうとすると「ラブライブ!!最高!!!」ぐらいのことしか言えてないのがまた悲しみを誘う。

おりあそ &#8207;@oriaso &#8226; 7 時間前
自分が良い作品だと思ったんならその評価に自信を持てばいいし、自分の意見を発表したいなら自分のブログ作るなり、同人誌作って文フリに持っていくなりすればいいのに、他人の評価を気にしてえんえんと他人のブログのコメ欄に粘着してるようだからダメなんだよ……

おりあそ &#8207;@oriaso &#8226; 7 時間前
あとこの人、「勝利」「負け」「勝負」「論破」とかそういうことばっかり言ってるのが本当にどうしようもない…… 批評ってそういうものじゃないし、根本的にわかってないんだよなぁ……

おりあそ &#8207;@oriaso &#8226; 7 時間前
当たり前だけど僕はあのコメ欄に書き込んだこともないしコメントを削除したこともないのに、おりあその自演だとかコメを消して戻したとか勝手にわけのわからないことを言ってえんえんと盛り上がってられるのほんとすごいと思うし、その調子でずっとがんばっててくれって感じだ……


 ついに山が動いた!!
 そうかそうか、ちゃんと反撃の準備をしてた……ってか、きみ友達いたんだな、おりあそくん!! よかったよかった……きみがどんなに孤独な学園生活を送ってるんじゃないかとにこ心配で心配で……いや、そうじゃなくて閑古鳥が鳴いてた祭りがグアアアアアアアアアアッと盛り上がってきたニコーーー!!!!!

 今後の動向に要注目!! 
 とりあえず一言あいさつしてきました。

 やあ、こんばんは。「はじめまして」かな? すがしです。きみはやっぱり「人がいかに間違っているか」という話をするのだな。僕はきみに「自分がラブライブを批判したことは正しい!」という記事を書いてもらいたいと思っている。それは無理な相談なのかな…?


 こんな感じ。
「あとこの人、「勝利」「負け」「勝負」「論破」とかそういうことばっかり言ってるのが〜」ってツイートに張り付けてきたはずなんだけど……誰かちょっと行って、ちゃんとくっついてるか見てきてくんない?
 ……恥ずかしながらツイッターの使い方がよくわかってないのよ……
 矢印がグルグルしてる「リツイート」ってとこをクリックして、コメントして「ツイート」すればいいんだよね……? 違うの? 誰か教えてほしいニコ〜!!

 それからおりあそくん、意外に人望があるらしく友達も連れてきてましたね。



メンテ@生きたい &#8207;@miidarakusomusi &#8226; 9時間9時間前
こんなの卑怯すぎるやろ……。

 僕はこの“作戦”を「SUNNY DAY SONG」作戦と名付けました。
 映画を見て、そして感動した方になら、この作戦名の“意味”をくだくだしく説明する必要などまったくないと思います。
 ともに歌いともに踊ろう。ともに感動を語ろう。
 誰もが十人目のμ’s=一人のスクールアイドルとしてこの祭典に参加できる




 なのでこっちもご挨拶〜♪

やあ、どうも。件の書き込みをした本人「すがし」です。(「にこにーにこちゃん」とも名乗っていますが)。拡散感謝。さっぱり人が集まらず困っていたところなのでじゃんじゃんやってほしい。

ついでに、『「自分は正しい」と信じるならば、なぜにすがしごときの顔色をうかがうことがあるのか? 誰にお前の自由を縛る権利が有るのか? 思うがままに振舞うがよい!』という書き込みもしているので、こっちも拡散願います。よろしく〜♪



 というわけで盛り上がってまいりました!!
 本人も参戦していよいよ祭りは佳境!!!
 この行く末を見逃すな!!!!



追伸
元気でるこんな夢
あれこれみんなで語ろうよ
それは繋がりのサイン
二歩目はしっかりと 三歩目は大胆に
おそれず行けそうな予感でダンス

自分から手を伸ばしたら
もっともっと面白くなるよ…なるよ!



二伸
書き込みを消した件、おりあそくんは否定してるけどどうだかねぇ……

 書き込みをした直後にページを再読み込みをすると“反映されてない”ことがあるよね?
 これはサーバーとの通信の問題なんだろうから別件。
 このことを勘違いしてると言いたいみたいだけどそうじゃないんだよ。

 ページの右上の「最近のコメント」のところ、

 「すがし」名義の書き込み記録がなくなって、コメントもなくなってて
  その後に無記名の書き込み記録があるんだけど、コメントはない
 (空欄とかではなく、欄そのものがない)

 これはサーバーとのやり取りが反映されてないのとは明らかに違うでしょう。
 で、後で見たら

  「すがし」名義の書き込み記録が復活しており、コメントも戻っている
  その後の無記名の書き込み記録がなくなっている


 そして同じ現象が×3回
Posted by すがし at 2015年07月17日 02:06
Posted by すがし at 2015年07月18日 02:01
Posted by にこにーにこちゃん at 2015年07月20日 19:01

 3回同じことが起こったのが全てすがしの勘違い?
 なにか別の原因で関係ないことが3回連続同じタイミングで偶然発生した?

 とても信じられない。
 とはいえ「証拠」と言われればそんなものはないのも事実。
 まぁ「自演」と誹謗されても慌てずに済むのが唯一の財産かな。
 あとまぁ、時々この件でいじってやれば動揺を誘えるかな……
 いや、この程度のハンデはあげないとまるで楽しめそうにないからな……しばらく触れないでおいてやるか……!

Posted by にこにーにこちゃん at 2015年07月28日 01:46
ブロックされたニコ……
Posted by にこにーにこちゃん at 2015年07月28日 01:47

仕方ないから、「すがし」のツイッターを貼っておくニコ……

https://twitter.com/nagaponpon1
Posted by にこにーにこちゃん at 2015年07月28日 08:59
あーあ おりあそくんついに投げ出しちゃったね
Posted by at 2015年07月28日 12:39

 はぁ、退屈……ちっとも人が来ないなぁ……さすがにめげるぜ……



 しょうがないから、おりあそくんと新キャラの「メンテ」くんでもからかって暇つぶしすっか!


 おりあそくん、「勝ち負けにこだわるな!」とか言いながらむちゃむちゃ必死で「負かそう」としてて超ウケるw
 それなら、「や、ご気分を害したみたいでどーもすみません! 以後気をつけま〜す」とか適当な謝罪文でも出せばいいのに。(それをされるとすがしも矛を収めざるを得ない)

「人が勝ち負けにこだわる姿は見苦しい」

 これはまぁ、一抹の真理を含んだ命題ではあるんだよね。
 そこから想像力が広がらないからああいう文章を書くんだろうけど。


 まぁ繊細なおりあそくんは、あんまりいじるとちょっと心配なのでこれくらいにしておこう。



 なので新キャラのメンテくんをいじることにしよう!

 さっきツイッターで

> すがし &#8207;@nagaponpon1
  すがしさんがリツイートしました メンテ@生きたい
  こんばんは、すがしです。自分、おりあそさんにブロックされちゃってるん
  だけどさぁ、メンテさんから彼に話して、解除してもらえるようにとりなし
  てもらえないかな?

 と、我ながらナイスなパスを送ったのにスルーされた……
 スルーはないだろ、スルーは! きみには芸人のプライドがないのかっ!?
 昨日ネタを振ったらなかなかいい球が返って来たから、今日もなんかオモロいこと言ってくれるかなぁと期待してたのに……まったく失望ですよ……ぷんぷん


 まぁそれはいいや。
 メンテくん、他にもツイッターの方でなんかよくわかんないこと言ってるんだよね。

> メンテ@生きたい &#8207;@miidarakusomusi
  こんなの卑怯すぎるやろ……。
  ≫ 僕はこの“作戦”を「SUNNY DAY SONG」作戦と名付けました。
    映画を見て、そして感動した方になら、この作戦名の“意味”を
    くだくだしく説明する必要などまったくないと思います。
    ともに歌いともに踊ろう。ともに感動を語ろう。
    誰もが十人目のμ’s=一人のスクールアイドルとしてこの祭典
    に参加できる


 いやいやいや、まてまてまて、早合点すんな、落ち着け!!
「正義の使徒にこにーにこちゃんを卑怯者呼ばわりしやがって! ムキーーーッ!! 許せなーーーーい!!!!」
 とかそんなことを言いたいんじゃないから!
 それだったら――

 > やあ、どうも。件の書き込みをした本人「すがし」です。(「にこにー
   にこちゃん」とも名乗っていますが)。拡散感謝。さっぱり人が集まらず
   困っていたところなのでじゃんじゃんやってほしい。

 とかリツイートしないから!
 そうじゃなくて、どうして「既に防御されている地点」に「おのれ、卑怯者〜〜っ!」(言ってない)とか小物臭漂う無駄な攻撃をわざわざ仕掛けてくんのか? その意図がイマイチよくわからんわけよ。

「SUNNY DAY SONG」作戦に“卑怯”とは言わないけどある種の「負の側面」があることはこっちはもう了解済みなわけでね。別に隠す気もないし、都合悪くもないのであっさりと言ってしまうけど、

「SUNNY DAY SONG」作戦は“論理を無視した数の暴力になりかねない”んだよね。

 なぜすがしは、おりあそくんと「一対一の勝負」にあれほどこだわったか、何度も何度も対話を呼びかけたか? それは「“言葉による対話”という前段をすっとばしていきなりあの作戦を発動したら、まさに数の暴力で異論を封殺すること」に他ならないからですよ。
(まー、集まらなかったけど)

 ねぇメンテくん、そうだよね?
 きみの言う「卑怯すぎる」ってのはそのことでしょ?

 だからこっちはそれも織り込み済みで、没論理に陥らないように幾重にも配慮を施しているじゃないの。直近ではほら、あれだ。


> と、言うわけでこの「すがし」と“ケンカ”してくれる方、絶賛募集中です


 なんですがしは「SUNNY DAY SONG」といういかにも「平和主義・理想主義」的な装いを凝らした作戦中に「ケンカ」などと言い出したのか?
 頭おかしいから? バカだから? 狂信者だから?
 そうじゃない。まさに、


 この作戦は数の暴力によって一方的に異論を封殺することを目的としたもので
 はない。言葉には言葉で応じる用意がある。


というすがしの意志をハッキリと表明するためじゃないの。
 そんでもう対策済みだから、「卑怯!」なんて眠たくなるような一周遅れの批判をされても「ありがとう、拡散よろしく!」と笑顔で応じられるわけだ。

 ……なんのために無駄だとわかってる攻撃をしたわけ?
 その意図がよくわかんなくて、ちょっと興味がある。
 教えておくれ〜。

Posted by すがし at 2015年07月29日 00:03
どうやらラブライバーが暴れるのはリアルだけじゃなかったようだ
Posted by at 2015年07月29日 00:05
う〜ん、でもさすがにちょっと息切れしてきた。
こうも反応が薄いのではさすがにちょっと虚しさを感じるなぁ……。
Posted by すがし at 2015年07月29日 00:24
おりあそくんもわざわざツイートですがしくんを晒してあげたってことは
みんなに叩いてもらいたいってことじゃないかなあ
Posted by at 2015年07月29日 11:31

 すがしを叩いてほしいって?

 おお、ok! このサイトの中でさえ、個体識別が可能なようにしてくれればリアルでどこの誰かなんて一切詮索しません。
(ただしポエマーは放置)


 一度に何人でもok 叩きに来て♪

 かもん
Posted by すがし at 2015年07月29日 22:15
正直めんどくさくなったおりあそくんは、
ツイートで晒してみんなで見下してお前なんか袋叩きだゾってことにしたいんでしょ
Posted by at 2015年07月31日 10:52
これは引くな
Posted by at 2015年07月31日 21:26
反論せずに晒して他者に頼ったって事は
自分は論破された負け犬です敗北したんですって認めたも同じだよね
Posted by at 2015年08月01日 05:57

 やれやれ、こりゃどうもならんな……

 人が集まらん。「SUNNY DAY SONG」作戦は失敗だ。

 協力してくれた人、あなたの寄せてくれた言葉を結果に繋げられなくてすまない。
 全ての責任は、時局を正しく見抜けなかったこのすがしにある。
 この失敗があなた方になにか現実的な不利益をもたらすということはまずないだろうとは思うが、なんとも中途半端な居心地の悪い感じは味わわせてしまったことと思う。

 本当に申し訳ない。

 さて、作戦が失敗した以上考え方を切り替えねばならぬ。
 おりあそくん、ながらくきみのHPを不法占拠して悪かったな。俺はもうこれから当分自分からここに書き込みをしないことにする。なのできみはシンフォギアでもなんでもぞんぶんに記事を書きこんでくれたまえ。


 そうしたら俺はまた戻ってきて、きみにこの件の返答を求めるから。


 …………………
 ……? え、まだやるつもり?

 もちろん。
 自分が譲らなければいけない理由などなにひとつない。

 ……とはいえ、おりあそくんのシンパは愚か、すがしを好意的に見守ってくれていた人の間にも「疲れた、もういいよ……」という“厭戦気分”が高まっていることは否めない事実だろう。だから少々訂正しよう。



 自分はここを離れる前に「なにが問題だったのか?」を、
あくまで「すがしの視点から」ではあるが、整理していくことにする。
 心して読んでほしい。
 これから書くことをどう受け止めるかによって、ことによったら、
次の記事でもう一度すがしと対峙するという悪夢が現実になりかねないのだから。



 まず、ことの発端となったおりあそくんの記事だが、これはトップに元記事があるのでわざわざ引用するには及ばないだろう。
 次に元記事に対するすがしの第一のコメント。
 これは全文引用することにしよう。

Posted by すがし at 2015年08月02日 08:51

 なるほど。
 これまでの経緯も含めて興味深く拝見させていただきました。
 さて、私のコメントをさせていただく前に1点、おりあそさんに質問させていただきたいと思います。

【問い】
 二次元のアイドルが三次元のアイドルよりも人間的であることはありえますか?

 ……答えは聞くまでもなく明らかでしょう。少なくともおりあそさん独自の「アイドル哲学」に従う限りは。
 さて、では一ラブライバーとして、改めて反論させてもらいましょう。
 おりあそさん、あなたは大変に頭の良い方ですね。
 文章も明晰で、「根本的にセンスの違うファン」と「アニメ制作陣」、「ラブライブというコンテンツ」を混同し、区別せずに批判していることなど、粗もあるものの全体的にはかなり説得力のある論理を展開していると思います。

 ラブライブ2期は1期を超えられなかった。より以上のキャラの深みを描けなかった。

 というのは実は自分も大いに同意するところです。
 とはいえ「1クール13話の中で『ラブライブ優勝』『三年生の卒業』という物語を推進しつつ、それら2大テーマに対する各メンバーのスタンスの違いと葛藤、それを克服することによるさらなる絆」を十分に描き切れなかった一事をもって「穂乃果以外の8人は『その多大勢』」というのは明らかに的外れでしょう。
 それではあまりに言葉遣いが雑すぎる。「尺の問題を考えろよ」というストレートなつっこみ一つでたやすく足をすくわれてしまいます。
 そういう初歩的なつっこみへの対策として、文章全体を重厚長大化し「ワンテーマへの素直な違和感」を表明しにくくする、「攻撃こそ最大の防御」と尖鋭化して攻撃的に批判を展開し読み手を受け身に回らせる、まず批判をかわさねば反論できないようにする、そういうのはとても不経済なやり方ですね。賢くないしもちろんかわいくもないチカ。
 おりあそさんは大変明晰な頭脳をお持ちだが存外にお若い方と見た。うらやましいことです。

 さてちょっと話が逸れてしまったので先を急ぎましょう。
 根本的な問題は、文章全体の論拠になっているおりあそさん独自の「アイドル哲学」に従えば「アイドルは人間的であるほどドラマチックで魅力的。すなわち三次に限る。二次元アイドルは単なる不完全なコピーであり、したがってなんら存在価値はない」という結論を選ばざるを得ないということです。
 ……そうではありませんか?
 事実おりあそさんはラブライブの比較対象としていずれも「実在のアイドル」を挙げています。そりゃあ、週に30分、一二期合わせても26話しかファンと触れ合う機会がないμ’sに較べて露出もエピソードの量も圧倒的に多いに決まっているでしょう。勝負にならない。当然ではないですか?
 しかし二次元の「キャラクター」には三次元とは違う、固有の魅力がある。
 そうでなければ「まどかマギカ」もその他のアニメも存在価値を失ってしまうはずです。
 それはあなたにとっても不都合なことのはずですがいかがか?

 おりあそさん、
 あなたの主張に反対する人にマナーの良くない方が多く、また言葉遣いや考え方の未熟な方が目立つのは確かです。けれどもそうした未熟な反応を引き出したのは、「自分だけのアイドル哲学」に固執し、固有の論理によって動いているアニメという表現を、それに当てはめて一方的に裁断しようとしたあなたの独善が招いたことだという事実を自覚するべきです。
 なぜなら言葉を操るものは、沈黙をたもつ人々よりも少しだけ多く責任を負わなければならないからです。

 私からのコメントはひとまず以上です。
 質問などあればなんなりと。
 ではまた。




 追伸
 にっこにっこにー


              Posted by すがし at 2015年07月13日 06:02

Posted by すがし at 2015年08月02日 08:52

 まぁ最初は、痛いところを突いてやれば、風向きが変わったことを悟った“味方”が次々に集まってくるし、そうすればおりあそくんも返答せざるを得んだろうというだいぶ甘い見込みで動いていたので、かなりソフトな表現をしているけれども、主要な論点はだいたいこの時点で出揃ってるんだよね。
 で、これを元にして問題点を要約しようと思ったんだけど、ほとんど既に書いたことの繰り返しになってしまうのでやめます。7月13日のすがしの第一コメント以降なら、分量もそれほどではないので読んでいただければと思います。

 で、いろいろ経緯があったんだけどそれはほとんど「おりあそくん出てこい! 一対一で勝負だ!!」とか、「SUNNY DAY SONG」作戦の強行と失敗いうすがしのあの手この手の繰り返しでしかないのでまるっと省きます。

 で、7月27日、これまでで最大のイベント、おりあそくんからのツイッターによるメッセージが公開されます。これ以外にもすがし的には「たぶん、これ本人だよね?」と思っているのがあるわけですが、「確実におりあそくんからすがしに宛てたものであることが証明されている」のは27日の四つのツイッターのみです。
 すがしは“はず”とか“きっと”とかいう見込みで話をするのが嫌いなので、この四つの引用から話を始めましょう。


> おりあそ &#8207;@oriaso
当たり前だけど僕はあのコメ欄に書き込んだこともないしコメントを削除したことも
ないのに、おりあその自演だとかコメを消して戻したとか勝手にわけのわからない
ことを言ってえんえんと盛り上がってられるのほんとすごいと思うし、その調子で
ずっとがんばっててくれって感じだ……


> おりあそ &#8207;@oriaso
あとこの人、「勝利」「負け」「勝負」「論破」とかそういうことばっかり言ってるのが
本当にどうしようもない…… 批評ってそういうものじゃないし、根本的にわかって
ないんだよなぁ……


> おりあそ &#8207;@oriaso
自分が良い作品だと思ったんならその評価に自信を持てばいいし、自分の意見を発表
したいなら自分のブログ作るなり、同人誌作って文フリに持っていくなりすればいい
のに、他人の評価を気にしてえんえんと他人のブログのコメ欄に粘着してるようだから
ダメなんだよ……


> おりあそ &#8207;@oriaso
こういう人に限って、当の作品の良さを語ろうとすると「ラブライブ!!最高!!!」
ぐらいのことしか言えてないのがまた悲しみを誘う。


 以上です。
 え、これだけ? と拍子抜けされると思いますが、残念ながらこれで終わりです。
 あるのかも知れませんが、この後すがしが一回書き込んだら数分でブロックされちゃったんです。というわけで確認できない。
(誰か見てきてくれませんか?)
 二週間も「沈黙(公式発表)」した後で、↑のようなケンカ腰で話しかけてきて、一言挨拶したらブロックってなにをしたいのかよくわかりませんが、とにかくこれが「おりあそメッセージ」の全貌です。
 一応、この時のすがしからの「挨拶」も挙げておきましょう。


> 「はじめまして」かな? すがしです。きみはやっぱり「人がいかに間違っているか」
  という話をするのだな。僕はきみに「自分がラブライブを批判したことは正しい!」と
  いう記事を書いてもらいたいと思っている。それは無理な相談なのかな…?


 無理な相談だったようです。なにがそんなに「無理」だったのか、今もってわからないのですが……。
 なんにせよ、彼のメッセージからわかるのは「当事者意識の無さ」です。
「ラブライブ劇場版は『失敗作』だったのか? そうではないのか?」
 人にはそれぞれ意見があり、もちろんすがしにも意見があり、またそれは論理的に最も正当性の高い意見であると確信してはいますが、しかし、それはいまだこの記事に書きこんだ全ての人に共有された「結論」にはなっていない。
 けれども全ての人に共有されている確実な「前提」が一つある。それは――

 全てのコメントが、「ラブライブ劇場版は失敗作である」というおりあそ氏の意見に対する
“リアクション”だということです。

「ラブライブ劇場版は失敗作である」というこの記事がなければ、「それに対するコメント」はそもそも書きこむ場所がない。当たり前のことです。
 おりあそくんが意見を世に問うたから、それに対する意見が返ってきている。
 これは客観的な事実であり、「見解の相違」だの「立場の違い」だの人によって異なるという性質のものではない。誰にとってもまったく同じ「事実」のはずです。

 ところが当の本人であるおりあそくんだけが「そんな事実はない。自分は善意の第三者であって、当事者でもなんでもない」というような理解に苦しむことを言っている。
 そのことが一番よく表れているのが第一のメッセージです。再度引用しましょう。


> おりあそ &#8207;@oriaso
当たり前だけど僕はあのコメ欄に書き込んだこともないしコメントを削除したことも
ないのに、おりあその自演だとかコメを消して戻したとか勝手にわけのわからない
ことを言ってえんえんと盛り上がってられるのほんとすごいと思うし、その調子で
ずっとがんばっててくれって感じだ……


 これはまるで「普通に道を歩いていたら、知らない人に『俺の考えた大銀河宇宙bPアンケートに答えろ、お前にはその義務がある!』とワケのわからない因縁をつけられて迷惑だった」とでも言いたいようです。
 でも、それこそ「ワケのわからない因縁」なのであって、そもそもあんたは元記事を書いた当事者でしょうが、なんで他人事なのさというね。
 あなたの自己申告によれば「コメ欄」に書きこんだことはないのかも知れないが、それ以前にその「コメ欄」の土台になった「元記事」を書いてるでしょうが。
 すがしは元記事への「コメント」に対する返答を求めているのであって、「勝手にわけのわからないことを言ってえんえんと盛り上がって」いるのではない。
 すなわちおりあそくんのツイッター第一メッセージからは二つの前提が抜け落ちている。

 第一に、おりあそくんが「ラブライブ劇場版は失敗作」という元記事を書いた
 第二に、すがしはそれに対して前述の「第一のコメント」を返した

 これらは二つとも争う余地のない「事実」である。
 にもかかわらずおりあそくんはこの二つの事実を無視し、「無関係のトラブルに“巻き込まれた”善意の第三者」であるかのように振る舞う。


 …………なめてんの?


 まあいい。ところで――
 きみは僕にツイッター四つ分しか話してくれてない。それどころかこの「ツイッター第一メッセージ」はきみの見解によれば、僕に向かって放った“最初の一言”ということになる。


“はじめまして”が、「自演なんかしてない!」なんて、よっぽど気にしてたんだね……


 いや、僕は “はず” とか “きっと” とかいう見込みで話をするのが嫌いなので、どうしてそんなに気になってたか? なんてことは詮索しませんけどね……。
 ああ、あれか。「無関係であるかのように振る舞う」じゃなくて「そうでもしないとやってられない」だったのかな? わかるわかるw
 こりゃ無神経なこと言っちゃったかな……。
 ま、次行きますか。


> おりあそ &#8207;@oriaso
あとこの人、「勝利」「負け」「勝負」「論破」とかそういうことばっかり言ってるのが
本当にどうしようもない…… 批評ってそういうものじゃないし、根本的にわかって
ないんだよなぁ……


 あまりにも面白いのでこの前我慢できずにツッコんでしまったけど、本心から「勝ち負けにこだわるやつはどうしようもない」と思ってるんなら、事の発端になった記事を書いた自分が「どうもお騒がせして申し訳ありませんでした」って謝罪文を書いて“事を収める”のが一番理に適ってるよね。
(念のために断わっておくが、「心からの謝罪をしろ!」ということではない。「リアクションを最小に抑える」という観点からは、おそらくそれが「最も効果的な対応」であろう、ということ)

 ここでも彼は「自分は一切無関係」であるかのように装うがこれはあまりに拙劣。だれが一番「勝ち負け」にこだわっているか? 誰の目にも明らかなことだからである。

「俺は一切譲らない。だからお前が譲れ! なんで譲らないんだよ! なんでそんなに勝ち負けにこだわるんだよ! おまえおかしいぞ!? 俺はとにかく負けたくないんだからお前が負けなきゃ終わらないじゃないか!?」
 ……よくこういうことを真顔で言えるなぁと、感心してしまう。
 本当に、客観的に思考する訓練をまったく受けてないんだなぁ。
 ……次行こうか……。


> おりあそ &#8207;@oriaso
自分が良い作品だと思ったんならその評価に自信を持てばいいし、自分の意見を発表
したいなら自分のブログ作るなり、同人誌作って文フリに持っていくなりすればいい
のに、他人の評価を気にしてえんえんと他人のブログのコメ欄に粘着してるようだから
ダメなんだよ……


 相も変らぬ「おりあそ節」
 妙に威勢よく「他人の批判なんかするやつは自分に自信がない駄目人間なんだ!」みたいなことを言っているけど、その当の本人が多くのファンを持つ作品を批判して世を騒がせたのが事の発端なんでしょうが。
 なぜここまで自己中心的に考えて、あらゆる出来事から自己を一切免責できるのか、もはや面白いレベルに達している。
Posted by すがし at 2015年08月02日 08:55

> おりあそ &#8207;@oriaso
こういう人に限って、当の作品の良さを語ろうとすると「ラブライブ!!最高!!!」
ぐらいのことしか言えてないのがまた悲しみを誘う。


 それは「おりあそ的良さ」を語ってないだけでしょ?
 なんで僕があなたから見た良さを語らなくちゃいけないわけ?
 ……てゆーか自分、「ラブライブ!!最高!!!」なんて書いたっけ?
 …………
 ……あ、あれか?


> 「ラブライブ!」劇場版は本当に「楽しい」「元気がもらえる」映画!
   なんども繰り返し見たくなる。

「SUNNY DAY SONG」は何度聞いても踊りたくなる。
「僕らは一つの光」は何度聞いても泣けてくる。

   なぜなんだろう? 「ラブライブ!」には不思議な魔力がある。
Posted by にこにーにこちゃん at 2015年07月25日 02:24


 ってぜんぜん違うやーーーん!?
「SUNNY DAY SONG」作戦の時に「こういう単純なことを書いてくださいね〜」という例を示すつもりで、適当なコメをしたから、そこで「サイコー!」とかノリで書いてたかなぁ……と思って引っ張ってきたんだけど書いてないよ! 本気でわからん! 

>「ラブライブ!!最高!!!」ぐらいのことしか言えてない

 ってどこのこと!?
きみさぁ、学生なんだからちゃんと原文「引用」する癖をつけようよ! そんなどこのだれの記述を引っ張ってきたかもわからないふわふわした主観的な文章しか書けなくて、レポートとかどうしてるの? 教授に批判に耐えうる論理的な記述をしろって叱られない? とにかくもう少しがんばれ!!



 ……以上です。
 四つのコメントを見てみて改めて思うのは、おりあそくんは「事実」に対してまったく重みを感じていないということね。「言葉」というのは「自分の気持ちを述べる」ためのものでそれ以外の機能があるなどとは想像もできないし、理解もしてない。
「自分の気持ち」を言葉にして、記事としてネットに流した時、それは「ひとつの事実」となり、その事実がいろいろな人から様々なリアクションを引き出す誘因になったわけだけど、その相関関係が理解できてない。

「人の意見」というものが理解できず、全てのコメントを「自分の気持ち」に対する否定・人格への攻撃と“感じて”しまっている。だから「考えて、言葉で対話する」というニュートラルな対応が一切できない。
 

> 勝手にわけのわからないことを言ってえんえんと盛り上がってられるのほんと
すごいと思うし、その調子でずっとがんばっててくれって感じだ……
> 本当にどうしようもない……(中略)根本的にわかってないんだよなぁ……
> 他人の評価を気にしてえんえんと他人のブログのコメ欄に粘着してるようだから
ダメなんだよ……
> こういう人に限って、当の作品の良さを語ろうとすると「ラブライブ!!最高!!!」
ぐらいのことしか言えてないのがまた悲しみを誘う。


 人格を攻撃された(「気持ち」を否定された)と思って感情的になっているので、強烈な怒りと敵意を爆発させて「人格を否定し返す」か、「見ない聞かない知らない」ふりをして無視するかの両極端な対応しかできない。
 つまり対話する能力がそもそもない。
 彼の唯一の主張はとにかく、


すがしは目障りだからいなくなってほしい


 この一事だろう。他に言うべき言葉を持っているとは思えない。「ラブライブ劇場版は失敗作」なのかどうかさえもうどうでもいいのだろう。それは「自分の気持ち」であって人には「関係ない」のだから。



 おりあそくん、
 きみの望み通り自分はここを離れることにした。

 第一の理由は、「SUNNY DAY SONG」作戦がすがしの見通しの甘さにより失敗したこと。これはまさにきみには関係ないことであり、すがしは協力してくれた方、見守ってくれた方に自分の至らなさを謝罪しなければならない。

 そして第二の理由は、きみとの「関係」の破綻だ。
 きみは「意地」や「名誉」のために、他者からは無様に見えようとも懸命に抵抗しているのではなく、そもそもこのすがしの言葉に応える能力を欠いている――つまりいくら努力しても回答は得られないと判断した。

 だが警告しておく。
 不特定多数に自らの意見を問うなら、「自分の気持ち」以外のものも少しは考えられるようになっておけ。そうしないとまた何度でも「わけのわからないやつ」がネットの向こう側からやってくるぞ。

 第一すがし自身、「もう戻ってこない」などという約束をするつもりはない。

 そもそも、きみはずっと俺との直接の対話を拒み続けているのに、「約束」もなにもないだろう。「約束」とは言葉を交わした者同士の間に成り立つ協定だ。俺となにひとつ言葉を交わしていないきみになにを約束するというのだ?
 それに、俺がなにを言ってもきみはもう信じないだろう? 完全に敵だと思ってるんだから。違うか? 人を信じられなくなっている人間と約束しても無駄。だからなにも約束しない。うむ、きわめて論理的だ。


 じゃあ、お別れだ。
 おりあそくん、「ましな人間」になれなどと思いあがったことは言わぬ。
 そんな傲慢を口にできるほど、俺は人間を知らぬ。
 だが客観的に自己を観察して己を知り誹謗に耐え、
 「想うこと」をより論理的で明晰な“言葉”にする方法には少々心得がある。
  学べ。
 次に会う時にはもう少し抵抗できるようになっておけ。



 では、さらばだ。


Posted by すがし at 2015年08月02日 08:56
おりあそ @oriaso 7月31日

>付け焼き刃レベルの哲学や文学の知識を大仰に振りかざしてアニメやサブカルを語るのがとてもかっこわるいことだと気づいていない人

気づけ。

あのね、これあんたのことですよ?



ついでに最もカチンと来たのはこれですわ。
> おりあそ &#8207;@oriaso
自分が良い作品だと思ったんならその評価に自信を持てばいいし、自分の意見を発表
したいなら自分のブログ作るなり、同人誌作って文フリに持っていくなりすればいい
のに、他人の評価を気にしてえんえんと他人のブログのコメ欄に粘着してるようだから
ダメなんだよ……

あのね、あーたこれリアルでそんなセリフ吐こうもんなら
シバかれても文句言われへんですよ?

まあええですわ。
本題いきますわ。
何故そこまで他人事でしかいられないのはわたしから説明しましょう。
そもそもわたしがこの記事知ったのはフェイスブックで
どこぞのアホがここの記事を貼りつけたからですよ。
しかも1ヶ月後の7月に。

つまり、たかだか個人のブログが普通ここまで大きく拡散する
わけがあれへんのですよ。わかります?

これはまとめサイトを通じて拡散されたわけですよ。

この記事と同時に起きた事。
1つ、ラブライブと同時期に公開された「海街Diary」が
歯牙にもかけてへんかったラブライブに大負けして日本映画大恥。
2つ、アサヒ芸能他による見苦しいまでのラブライブ及びラブライバーへのヘイト記事。
3つ、偽旗作戦、例えばラブライバーの暴動とかね。

考えられることは一つ。シンプルな答えです。
あんたは利用された。それだけですよ。
差し金とかこれ以上言うとややこしいんでやめときますけど。
とにかく利用されたわけです。

最もベストな方法教えましょうか?
ブログもツイッターもやめなはれ。ていうかもうそれしか
手の打ちようありませんよ?
これ以上は恥の上塗りでっせ。
1回ネットから距離置きなはれ。
Posted by Bob at 2015年08月03日 19:37
そうそう、いい忘れてた
先のコメントで言うところのやめなはれってのは
ブログを綺麗さっぱり閉鎖せえ
ツイッターも退会せえ

という意味やから。
放置とちゃうで。
Posted by Bob at 2015年08月03日 20:21
おう おりあそくんの全力反論ツイートきたで
要チェックや!
Posted by at 2015年08月03日 23:47
ラブライバーこえー
ラブライブに関しての考察が、自分達が不満なものだったからとその個人のブログに粘着、閉鎖にまで追い込もうとするのか
噂にたがわぬとはこのことか
Posted by at 2015年08月04日 01:14
さて、反論ありがとうごさいます。

>>おりあそ &#8207;@oriaso 22 時間22 時間前

一応言っとくけど、あの記事が一番拡散されたのは6月23日であって、あの日の時点で記事URLはすでに数千回RTされていた。ツイートを検索してみれば当時の様子がだいたいわかるし、記事のコメ欄を見ても23日のコメントが一番多いことがわかるはずだ。
6:58 - 2015年8月3日 &#183; 詳細

んであの記事がやらおんに転載されたのは6月24日の昼だ。要するに、まとめサイトはあの記事の拡散を後からすこし加速させたに過ぎない。ちょっと調べればすぐわかることだが、そういうのを確認することもなく、思い込みで他人を攻撃するんだよな、こういうやつは。


まあこれはオレも確認せなんだのは申し訳ないです。
ですが千ものリツイがあってもFBとかをメインにしてる連中の
耳目にゃ届いてないというのも事実なわけですわ。
つまり、そんな記事知らんかったわい!!て層も頭の中に
入れなあきまへん。


>>おりあそ &#8207;@oriaso 22時間22時間前

たくさんのラブライブ!ファンがあの記事に共感を示していたことを認めたくなくて、メディアの陰謀に仕立てあげたいんだろうが、こっちからすると迷惑極まりない。

たくさん?君本当にリツイートや総返信の統計取ってモノを言ってる?
ここのコメントの限りせいぜい4割が関ヶ原…もとい関の山ではないですか?
あとはクソ返事か反論。ぶっちゃけ現実見てないのあなたなんだよ。
おかわり?いやおわかり?

>>おりあそ &#8207;@oriaso 22時間22時間前

そうやって事実から目を逸らして、自分が信じたいことだけを信じて、他人に八つ当たりしてたらダメだわ。それじゃまるでネトウヨだ。自分がやってることを一度考え直したほうがいい

ちょっと待ってちょっと待っておにーさん
きみそないなことゆーてるけどそれそのまんまあんたですやん。

って8.6秒バズーカーみたいな事言わすなよ。

>>ラブライバーこえー
ラブライブに関しての考察が、自分達が不満なものだったからとその個人のブログに粘着、閉鎖にまで追い込もうとするのか
噂にたがわぬとはこのことか

あのねえ、そんな安いレベルの考えでここの主人に粘着するつもりなら
閉鎖しろなんて言うてません。
むしろ逆。正直コメント通知が来る度胃が痛いやろと思いましてな。
それならいっそブログ閉鎖して楽になった方がええと言ったまでですわ。
だってヤでしょう?コメント通知に怯えて毎日スマホやパソコン開くとか。

百歩譲ってコメント禁止にしてもええでしょう。
要はここの主人がストレスないように出来たらええんですから。
Posted by Bob at 2015年08月04日 21:04
そうそう最後にええこと教えてあげましょうか?

ツイッターのブロック、ブロックされた側がログアウトしたら
何ぼでも見れるの知ってますか?
知らないわけはないですよね?

ツイッターやめたくないんでしたらカギかけなされ。
非公開アカウントにしなはれってことです。

優しいでしょ?フツー相手にこんなこと言いませんよ?
Posted by Bob at 2015年08月04日 21:09
あ、忘れてた。


>>たくさんのラブライブ!ファンがあの記事に共感を示していたことを認めたくなくて、メディアの陰謀に仕立てあげたいんだろうが、こっちからすると迷惑極まりない。
0件のリツイート 1件のお気に入り

これの事やね。

>>この記事と同時に起きた事。
1つ、ラブライブと同時期に公開された「海街Diary」が
歯牙にもかけてへんかったラブライブに大負けして日本映画大恥。
2つ、アサヒ芸能他による見苦しいまでのラブライブ及びラブライバーへのヘイト記事。
3つ、偽旗作戦、例えばラブライバーの暴動とかね。

これは何が言いたいかと言うと
この映画を取りまくヘイトニュース、事件の理由は何か?
何故これが書かれたのかを十分頭に入れつつ
何故自分のこの記事がここまで拡散したのか?
よーく考えないとダメってことなんですわ。

まあ、6月7月の結果を快く思っとらん奴はそりゃいるだろな程度なだけです。
まあそんなとこです。
Posted by Bob at 2015年08月04日 21:18
結局はブログ捨てて逃げた負け犬の遠吠えにしか過ぎないのによくやるよね
Posted by at 2015年08月05日 04:04
すっかり誰もいなくなったね
もう終わりかな?
Posted by at 2015年08月09日 22:22
単にみんな静観してるだけかと。おりあそさんは監視される側になったんだし
気に入らない発言とかしたらまた一気に炎上かと
Posted by at 2015年08月11日 04:36
流石にもう飽きたんじゃないの
Posted by at 2015年08月14日 15:29
だとしても、おりあそさんが場違い・不謹慎・身勝手な挑発的な態度や発言をしたら
またやった的な感じで盛り上がるのは必至だから

割とマジメにおりあそさんは本当に手打ちにしたいならブログもツィッターも辞めるべきだと想う
Posted by at 2015年08月16日 14:07
ブログ、コメントとか今日初めて見たが…

そんなに批判する必要ある?

別にいいじゃん。俺はいいと思ったけどな。劇場版。確かに他の人が言うように、二期のクオリティが一期よりかなり低くなってしまったっていうのは同意。

でも劇場版はいい終わり方してる。ストーリー性?ちゃんと二期から繋がってるじゃん。キャラだってなおざりになってるとは見てて到底思えなかったし。

言葉にするのが難しいが、このブログで批判してる人(コメント欄の人たちは除く。言ってることは納得できるから。)はただ単に自分は賢いよアピールをしたいだけな気がするな。
Posted by at 2015年08月19日 03:16
 おっ? こりゃしばらく放置してしまってスマン。

 時間がたっても意外にいろんな人が来るね。
 前の人の言うこと、もっともやね。

 言いたいことはわからんでもないが、極端すぎるでしょ?

 という素朴な違和感に目をつむっちゃいけない。
 ただ「違和感」を言葉にするのは確かに難しいね。
 そこで“想いを言葉にする”助けになればと、
 別作品ではあるけれども1989年の日本ファンタジーノベル大賞を受賞した酒見賢一『後宮小説』についての審査員の言葉を引用しようと思う。

>『後宮小説』にあって他の作品にないもの、それは淡い哀しみを帯びた
 「軽さ」である。
  この小説の「軽さ」は軽薄短小の「軽さ」ではなく、重力から逃れて
  あることの「軽さ」だ。
 『後宮小説』の世界では、登場人物、そこで起こる重要なあるいはどう
  でもいいような事件の数々も、それらを包み込んで流れる歴史も、
  そしてそのすべてを語る作者の声も、その一切が重力のくびきを逃れて
  浮遊している。この「軽さ」は内閉的な夢を語ることによってではなく、
  ついに重力から逃れることのできない我々というやっかいな存在の運命を
  直視することによってしか得られることのできない宝庫なのだ。われわれ
  はこの稀な宝物のことを「ファンタジー」と呼んできたのだ。


「ラブライブ!」と「後宮小説」はもちろんぜんぜん別の作品だ。
 けれども「ラブライブ! 劇場版」を見終わった後の、あのえも言われぬ余韻を言い表すのに “淡い哀しみを帯びた軽さ” というほどふさわしい言葉はちょっとないと思う。

 そしてこの “淡い哀しみを帯びた軽さ” は、
「アイドルおっかけ道(?)とは、自分の人間観と情熱の全てをかけてとことん真剣に応援しぬくものだ!」
 と、重くて深刻であればあるほどいい、という観念に凝り固まっている人間にはきっと捉えられないものなのだと思う。

 助けになったかはわからないが、
 
 ラブライブは軽くて楽しくて、だからこそいい!

 ということを、我々ラブライバーはもっと胸を張って、声を大にして主張していいんじゃないかなと思うんだ。
Posted by at 2015年08月22日 22:24
今日5回目行ってきた。
言えること。やっぱり何回見ても良いものは良い。誰が何と言おうと。
まあ、言ってることは分かるよ?でもちゃんと"ラブライブ"という作品のテーマはきっちりと押さえてるし、キチッとケリをつけてるところ、さすがだと思うよ。
ただ、これは言っちゃいけないけどあんなハッキリと"完結!これでμ'sはもう復活しない!"って終わってほしくなかった…。何か心に穴がなくなるどころか心が消えてしまったかのようだ。
出来ればまたμ'sの物語をやってほしいけど、まあ、まず無理だな。あの終わり方じゃ。
Posted by at 2015年08月24日 22:29
実のところ 
あの内容で終わって絶賛するよりもあれで終わりっていう喪失感の方が圧倒的に強い
Posted by at 2015年08月25日 20:16
 まぁ、「これで終りにしてほしくない」っていうのはファンみんなの偽らざる本音かなぁ、と思う。
Posted by at 2015年08月25日 22:24
天皇陛下バカにしてますね
Posted by 天皇陛下 at 2015年08月26日 18:45
冷静に見るとすげーキモい文章だけど言ってることには全面的に同意。
Posted by at 2015年08月27日 00:14

 狂信的な右翼なら自分のことを崇拝の対象だと名乗るはずがない。

 本当にアレな人で自分を高貴な人間だと信じ込んでいるなら、自称に「臣下からの尊称」をつけるはずがない。

 従って本当の狂気に踏み込んだ人間の言葉ではありえない。

 つまり誰かがなんらかの意図をもって自演しているということ。

 まったくレベルの低い……
Posted by at 2015年08月27日 01:00
結局逃げた先のシンフォギアも微妙だとわかると
シンフォギアを扱き下ろして終わりましたねおりあそくん
Posted by at 2015年09月27日 02:52
 やあ、ご無沙汰してます。
 すがしです。

 宇野常寛「ゼロ年代の想像力」を読んでたら、以前おりあそくんがツイッターの方で「ウォーターボーイズ」に言及してたのとまったく同じ文章があったのでびっくり。そういえばしばらく前の「まどか新編」の記事でも宇野さんのことに言及してたなと思い至り、なるほどなと……
 宇野常寛的視点で見たら、すがしはさぞかしタチの悪い“決断主義者”として映ってただろうなと納得。
 こりゃちょいと不勉強だった。

 ま、その詫びと言ったらなんだが、おりあそくんが宇野常寛に割と影響を受けていることがわかったので、すがしが影響を受けた評論家も教えとこうと思う。

 他でもない、宇野常寛も影響を受けた呉智英夫子がすがしの師だ。
 自分がなんで「論語」を引用できるのかと言うと、夫子の私塾「以費塾」で教えを受けた塾生だから。教えてくれる人に習ったから知っている。タネが割れてみればなんでもない話。
 宇野さんと夫子は対談とかもしてる(ネットで「宇野常寛 呉智英」と検索すればすぐ出てくるよ)ので宇野さんのファンなら夫子のことはもう知ってるんじゃないかな。自分の論の立て方はものすごく夫子の影響を受けているので、夫子の著書を読んでみると、すがしの思考の筋道が見えるようになるんじゃないかと思う。もしかしたら弱点なんかもわかっちゃうかもね。
Posted by すがし at 2015年09月29日 00:34
言ってることに突っ込みどころ多過ぎだろ
Posted by at 2015年11月01日 12:29
メンテさん、ち〜っす
Posted by at 2015年11月02日 10:38
まあラブライブでの「最後の金稼ぎ」感は否めないね


とりあえず「にっこにっこに〜ぬぃ〜ぬぃ〜ぬぃ〜」
あれ見れただけでこの映画の価値はあるw
Posted by 橋沢育郎 at 2015年11月02日 20:59
今のアニメ界のキャラ重視ストーリー軽視の流れがあるのは確かだと思いますね
結局ユーザーが深夜アニメ系に求めているものがキャラ重視路線なので
監督や脚本家もそういう路線にいっちゃうんだよね

深夜アニメ系好きなやつはDT気質なやつが多いから
男との恋愛展開とか絶対ダメでとにかく可愛ければそれでいいという
ユーザーが多い世界なんですよ
Posted by at 2015年12月03日 00:38
1期での謎シリアスな後半が叩かれて、
2期をニワカ向けにバカなご都合主義展開にしたからこそ商業的には大成功したんだよね
映画はその最たるもの

Posted by at 2015年12月06日 13:22


 …………ああ


 μ’s解散かぁ……


 今年四月に「ラブライブ!」を知ってより八ヵ月足らず……


 良い夢を見せてもらったと言うべきなのだろうな……
Posted by at 2015年12月07日 01:03
みんなが穂乃果の意見に従ったら,同調意識か〜,たぶんこの人の中では下町ロケットの佃製作所はブラックなんだろうな〜,穂乃果以外の8人は穂乃果の決定を信頼して従ったとは考えられないのか。どんなに信頼し合ってて,愛されてて,協力し合ってるグループの方針でも個人個人に主体性がなかったら,それはロボットなのかよ。信頼して自分を押し殺したんじゃないの?
Posted by at 2015年12月09日 01:40

 自分の言いたいことは配慮もマナーもなく言いたい放題。

 人の言うことにも「非常識」だの「キモい」だのやっぱり言いたい放題。

 典型的なしつけのなってない子供だよね。
Posted by at 2015年12月10日 10:28
スクールアイドルなんてみんな好きだから。やりたいからやってる。
それは一期1話からそうだった。単純に言えば、穂乃果は青春のためにスクールアイドルをはじめた。廃校阻止はあとからついてきた。
みんな義務感でやってるんじゃない。
私も義務感とか、人生の肥やしにしたいから見てるとかじゃなくて、ミューズのことがただ好きだから見ている。彼女たちが見せてくれる今を。劇中にはいっぱい「今」があった。
穂乃果は作品の主人公であるが、変化を一番怖がっていた人物だと私は感じていました。
(1期後半ことりの変化を受け止められなかった、ずっと一緒にいたい……などの類の発言
そんな彼女が、ミューズ解散を宣言したのには感動しました。

終わりを見せたからこそ私は今を感じることができたのだと思っています。

映画含め本作品の評価は個人がラブライブをどういう目で見ているかでいくつにも意見が割れると思います。
私はみんなで叶える物語 やりたいことをみんながやって、それで、誰かが救われている。だから私たちも10人目。そんな思いをミューズから感じていきたい。



Posted by at 2015年12月11日 03:25
ニューヨークでの彼女たちはアイドルではなく普通の女の子である様子が描写されていてよかったなと思う。
この映画は彼女たちがスクールアイドルから普通の女の子になっていくんだな、執着の物語なんだなと思うことができた。
Posted by at 2015年12月11日 03:28
彼女たちは私たち視聴者を救うとか導く目的なんてないんじゃないかな
Posted by at 2015年12月11日 03:31

にっこにっこにー

 こんばんは、すがしです。

 呼ばれもしないのに再登場。
 ちょっと伝えたいことがあったのでね。


> 私も義務感とか、人生の肥やしにしたいから見てるとかじゃなくて、
  ミューズのことがただ好きだから見ている。彼女たちが見せてくれる今を。
  劇中にはいっぱい「今」があった。
     〜
  終わりを見せたからこそ私は今を感じることができたのだと思っています。


 同感です。そう思っていたのが自分一人ではないとわかってとても嬉しい。
 もしご迷惑でなければまた書きこんで下さい。

 ラブライブを好きな人と話をするのはきっと楽しいと思います。
 ではまた。
Posted by すがし at 2015年12月12日 20:41
おりあそくんのツイート見てるとなかなかいい性格してるね。
すがしくんみたいなめんどくさいのは即ブロックしてフォロワーと共に袋叩きして、
自分が相手にブロックされてもフォロワーと共にネチネチ愚痴るw
Posted by at 2015年12月14日 15:18
声優の方のμ'sのファイナルライブが発表された今
改めて映画みるとファイナルライブへの橋渡し的な映画だったんだと思いますね
たぶん製作者もファイナルライブを意識して製作していたと思います
 
ラブライブにとって声優のライブはただのファンイベントとは違い
ラブライブの世界観の中で重要な1部なので
ファイナルライブはまさにラブライブの集大成のライブにしたいから
映画はああいう内容になったと思います
 
つまり今までずっとアニメや声優のライブを見続けてきたファンにとっては最高の映画になっていて
これを見てからファイナルライブいけば自分が本当にラブライブの世界に入り込んだような気持ちにさせるような映画になっているんですね
 
つまりこれはラブライバーのための完全ファン向け映画なんですよね
Posted by at 2015年12月15日 18:00

にっこにっこにー

 すがしです

 遅くなってすいません。
 一昨日、アマゾンの限定版BDが届いて13回目の「ラブライブ劇場版」を見ました。(そしてファイナルの先行予約もしました)
 改めて見てみると、確かに劇場版はファイナルライブに繋がる一体のものとして位置付けられていることを強く感じます。


> これを見てからファイナルライブにいけば自分が本当にラブライブの世界に
  入り込んだような気持ちにさせるような映画になっているんですね


 そうですね、この点がまさに「ラブライブ!」というコンテンツの際立って特異な点です。近松門左衛門は「芸の真実は虚構と現実の狭間にある」――『虚実皮膜』と言いましたが、「ラブライブ!」ほど現実とファンタジーの間を巧みに往還してみせる作品は他に類を見ません。
 僕は以前、
> 『ラブライブ! 劇場版』は「物語」として見た場合、飛び抜けて独創的で
  あるとか、他に類を見ない面白さがあるという作品ではない。
と、書いたことがあります。
 その時本当に言いたかったのはこのことだったんですよね。
 要するに「映画は内向きの“ファンムービー”で、お話そのものはあんま面白くない」と言っていると見せかけて、「虚構と現実が交錯する『虚実皮膜』こそがラブライブ!の真髄なんだよ!」というカウンターで切って落とすための布石だったというわけですな。

 ちょっと自分の話をしますけど、僕が「ラブライブ!」を知ったのって実は意外に最近で今年に入ってからなんですよね。5年前のファーストシングルが434枚しか売れなかったというコミケに居合わせたわけでもないし、それどころかアニメさえ一期も二期もリアルタイムではまったく知らなかった。スマフォを持ってないのでスクフェスもやったことないし、萌えコンテンツにあんま興味がないのでGzマガジンも買ったことありません。
 つまり僕はμ’sの5年間にほとんど触れてなくて、ライブに行ったこともないし、μ’sの存在すら知らなかったのだから当然ファンでもなかった。
 ずっと「外側」の人間だったんですよね。

 それなのにちょっとしたきっかけで僕の現実はたちまち「ラブライブ!」の世界と繋がってもうそれ以前の状態には戻せなくなってしまった。

> 本当にラブライブの世界に入り込んだような

というのは僕にとっては比喩でもなんでもなくて、そのままの実感なんです。
 アニメは見るけどたいがいレンタルで済ませるし、アニメグッズなんかろくに持ってないしそもそもほしいと思わない。従ってアニメ映画の「特典商法」なんか一切興味なく、劇場で映画を見ること自体も(コスパ的に)稀で、同じ映画を二回見に行ったことなんて一度もない。
 それが「ラブライブ!」に限って12回も通って、限定版BDまで買ってまた見ていて、年末には絶対もう一度劇場で見ると固く心に誓っているというのは一体なんなのか。
「ラブライブ!」の世界と繋がることが心底楽しく気持ちいい。そしてμ’sを応援したいという気持ち、更には自分のために、「自分が通うことで『ドーム公演』(自分にとってのμ’s初ライブ!!)が本当に、現実になる」という気持ちで通っていたのだと思います。

 そして自分の体験はきっとそれほど特殊なものではない。
「ラブライブ、たまたま見たんだけど、なんかすっごい楽しかった!」「アニメとかあんまり見ないんだけど、ラブライブはなんか好き、いや、すごく好き!」という「外にいたのにいつのまにか『ラブライブ!』の世界に入り込んでしまった人」が他にもきっとたくさんいる。
 そうでなければ深夜アニメというくくりの中でではあるものの興収28億円で圧倒的一位、現在もなお更新中という大記録を打ち立てられるはずがない。

「ラブライブ!」は「みんなでかなえる物語」
『ラブライブ!The School Idol Movie』は、今日もそうした “みんな” を取りこんで、ラブライブの世界を豊かにし続けているのだと思います。

 その流れを決定づけたのは実は一期に比べて評価が低い嫌いがある「アニメ二期」だと思うのですが、長くなってしまったので、その話はまたの機会にしましょう。
 ではまた。
Posted by すがし at 2015年12月17日 02:18
天皇陛下馬鹿にしてますな天皇陛下としてへいさ
Posted by 天皇陛下 at 2015年12月22日 17:26
なかなか楽しい読み物でした。それはそれとして、あまりライバー友達いないから俺も語っていこうかな!
楽しいのは楽しい。ダメならダメ。それはそれでいいと思う。

海未可愛いよね、海未。
俺も海外とか絶対行きたくない派だから、見知らぬ土地に不安な状態で連れていかれたのは心底同情する。海未みたいな性格の10代の女の子があの状態でいきなり迷子になったら死ぬほど不安だろうしね。
あと、俺も秀才キャラとか言われるけど、英語嫌いだからさっぱり喋れん。リスニングは別やよね、

俺は前半楽しかったけど、後半はイマイチだったな。
2期のラストで解散って決めたんだから、すっぱり解散しようぜ。
周囲の声に左右されずにさ。あ、これが同調圧力か、

あと、にこの「ぬぃっこ、ぬぃっこ、ぬぃー」は神がかってた。

なんだかんだで書きたいこと止まらないなら、満足してんだろうなぁ、ってBlu-ray見ておもた
Posted by ウェイ at 2016年01月06日 17:25
つまんな
そもそも二次元の(スクール)アイドルと三次元のアイドルを比べる事じたいどうなの?
ラブライブの好き嫌いは別として、とにかく不快な内容だった。
映画をそういう風に観て楽しいか?
Posted by とりま at 2016年01月11日 13:38
公の場で公開されたのなら批評は自由
はいロンパ
Posted by あいぽんぽん at 2016年01月18日 19:18
俺はアイマスしか知らず、ラブライブのことはキャラクターの顔と名前が一致する程度しかわからないが
アイマス映画版で全く同じことを感じたので賛同させて貰う
Posted by at 2016年02月08日 23:41
スクフェスリリース初期からラブライブを好きだったけどアニメは本当に良くなかったと思う、特に二期、全く面白くないどころかいら立って視聴やめてしまった
映画に関しても全面的に同意。面白くなかった
ラブライブのファンの悪評も相まって(ここのコメントからも感じ取れるが)好きでいられない
Posted by at 2016年02月20日 09:56
この主ガールズ&パンツァー見たら
確実に発狂するかもですな。
Posted by at 2016年02月24日 06:39
初めてコメントさせていただきます。

私は当該記事に全面的に同意です。胸のつかえが取れたような気がします。「俺妹」の黒猫グッズ目当てでG'sを初めて買い、ゲーマーズで試しに「ダイプリ」を買って衝撃を受けた頃からのファンですが、「ラブライブ!」はアニメ版以降で本当に「良くない流れ」を作ってしまったなぁ…と思います。

脚本の花田氏も関わっているアニメ版「けいおん!」の劇場版も同じく二期ラストの補完と再現に過ぎませんが、それ以上に「青春」が瑞々しく描かれており今でも友人と語り合うこともある内容でした。が、アニメ版「ラブライブ!」にはそれが全くなく、唯々すべての表現やセリフが薄っぺらい。苦痛以外の何物でもなかったです。

この大きな流れに反してG'sの連載では現在でも(公野先生の可愛らしい文体に包まれながらも)メンバーの内面や日常の出来事がきめ細かく描かれている事が唯一の救いです。。

長文、駄文失礼しました m(_ _)m
Posted by at 2016年05月30日 10:00
今更ながら

ラブライブのキャラがアニメで薄っぺらく書かれたのは同意させてもらう
一部のキャラの、まるでバックダンサーみたいな扱い
本当に下らないキャラづけ描写

昔からキャラを追い続けた自分の感じ続けていた違和感の正体を見た気がした
どこまでも一部のキャラの都合のよい展開はまるで
人気キャラに票を集めるための集金装置にすら思える

もしかしたら運営は意図してそうしむけたのかもしれない
アメリカを見ればわかるが、救いの無い格差社会は全体の多大なる利益を生むわけだからね

ただ、やはりデレマスアニメだけは好きになれない
残酷な背景まで描いて理想主義の二次元とくっつけるのは実にちぐはぐ
それならちゃんとしたソープオペラでも見た方がマシだ
Posted by at 2016年06月29日 18:38
書いてあることには同意できる部分もあるけど、いかんせん、9人を描くためには時間が足りない。
また、視聴者層が高校生あたりの学生をメインターゲットにしている以上、文学的になりすぎると、クドくなりすぎる。女の子達の青春をライトに描くという意味で言えば、あのレベルになる。

そもそも、この物語はおとぎ話であって、現実にはありえないものです。でも、その中で、ほんのすこしでも心に響く部分があったから、これだけファンが増えたんだと思います。
Posted by at 2016年08月10日 00:37
一般人:JKの生態カワイイなあハハハ
シナリオ厨:物語性を軽んじるヤカラガー

まあシナリオ厨が持ち上げる物語も
だいたいはケータイ小説レベルの内容なんですが
Posted by お前アニメは初めてか?力抜けよ at 2016年08月27日 10:08
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:


この記事へのトラックバック