2013年12月31日

話数単位で選ぶ、2013年TVアニメ10選


これを書かないと年越しできない。「話数単位で選ぶ、2013年TVアニメ10選」を今年もやってみます。

こちらの「新米小僧の見習日記」様にまとめがあります。

ルール
・2013年1月1日〜12月31日までに放送されたTVアニメ(再放送を除く)から選定。
・1作品につき上限1話。
・順位は付けない。


一応順位は付けないのですが、僕はなんとなく個人的評価が高いものほど下のほうに置いています。

実はアニメ視聴本数が2〜3年前に比べ激減しており、今年は最初から最後まで見たTVアニメが10本しかありません。なので、それら全作品から1話ずつ選ぶ形になっています。



Fate/kaleid liner プリズマ☆イリヤ 第6話 「空白、夜の終わり」
スピンオフ作品であることを最大限に活かした戦闘シーンが見応えありました。黒セイバーとイリヤの対決は、ちゃんと意味を説明しようとするとそれなりに台詞が必要になる戦闘だったと思うのですが、そうやって細々と理屈を説明するのではなく(というか登場人物たちも何が起こっているのかわかっていないのでそもそも出来ない)、『Fate』の知識を前提にした画面で理解させています。「この心象風景、この衣装、アーチャーを同化させたんだな」とか、「エクスカリバーを複製したんだな」とか、視聴者が理解できることを前提にして説明を省いているのでテンポが良い。盾、カラドボルグ、そして双剣でのアクションなど、アーチャーらしい動きも見事でした。


ログ・ホライズン 第10話 「その手につかみとれ」
ギルドの結成とか、ギルドマスターであるということとか、そういう話をされると僕としてはそれだけで涙腺に来るものがあるのです。異様なテンションのカレー回でもありました。


ハイスクールD×D NEW 第8話 『授業参観、はじまります!』
この作品は保護者世代の存在がすごく面白い。高校の授業参観なのに何故か授業は粘土作りだったり、親たちがビデオ撮ってたり、メインキャラクターたちが年のわりに子供扱いされていて笑う。リアスの父兄がイッセーの家に訪れて、イッセーの両親と酒盛りで親バカトークを始め、普段は母性とリーダーシップに溢れるリアス部長も恥ずかしがって逃亡してしまったり。あとレヴィアタンさまのキャラクター像も実にB級アニメらしくてよろしい。でも初登場前からすでにアイキャッチで乳首丸出しっていうのはひどいと思うの。


ラブライブ! 第13話 「μ's ミュージックスタート!」
ネットでは不評も買った終盤の展開ですが、僕は非常に良かったと思っています。ラブライブ出場中止、学校の存続決定、ことりちゃんの留学と、μ'sを続ける理由をあらかた失って、それでも残るものは何なのか。基本的に穂乃果にリードされてきたμ'sのメンバーたちが、ここに来て逆に穂乃果に重要な影響を与えていく構図なのが面白いです。カッコイイにこにーも見れます。
Aパートの穂乃果の喪失感の表現がすごく好きです。START:DASH!!のライブも素晴らしかったですね。


進撃の巨人 第22話 「敗者達〜第57回壁外調査E〜」
第1話から最終回まで、安定して非常にレベルが高く、どの1話を選んだものか悩まされる作品です。ただそんな中でも、この回のオリジナルエピソードはやはり印象的でした。誰より仲間思いで情に厚いのに、感情を徹底的に排除して冷酷かつ合理的に行動しているリヴァイ兵長の姿がよく浮かび上がってくるエピソードです。ハリポタのスネイプに次ぐくらいにかっこいい人ですね。


凪のあすから 第十一話 「変わりゆくとき」
陸の人々の協力で、おふねひきに向けての準備が加速し始めるあたり。見どころはたくさんありますが、美海がわざとあかちゃんを怒らせて冬眠してもらおうとする場面は涙なしには見られない。一方、あかりは美海の言動を理解していて、ひとつの決心をする。
そしてまた、こういったサブキャラたちのために奔走する主役たちの姿が胸を打つのがこの作品。この回の光の言葉も一つ一つに重みがありますよね。


AKB0048 next stage Stage 24 「扉の向こう側」
「☆の向こう側」という曲は、AKBファンのあいだで注目されることは今まであまりありませんでした。数百曲もあるAKBの音楽の中で、特に目立つこともなく埋もれていた曲のひとつです(2013年1月のAKBリクアワでは161位でランク外でした)。『AKB0048』の第24話は、そんな「☆の向こう側」を名曲として蘇らせた回だったといえます。このエピソードを見た後となっては、もう「☆の向こう側」が神曲としか思えない。キーアイテムである天体望遠鏡を軸に、「☆の向こう側」の歌詞を智恵理と父親の近くて遠い関係に再解釈し、切ない物語に仕立てあげた脚本もさることながら、扉一枚隔てた父娘の邂逅をドラマチックに描く演出、そして声優・渡辺麻友がありったけの感情を込めて歌い上げる「☆の向こう側」、すべてが秀逸の出来です。


Free! 8Fr 「逆襲のメドレー!」
部活ものの超名作。個人戦の全員敗退を経て、メドレーに賭けるお話。水泳部の仲間たちの泳ぎや伝言メッセージによって、普段無感情に見える遙の感情が揺さぶられていく過程が素晴らしい。そしてメドレーを凛視点で描いたのがまた良かった。怜のまだ上手くはない泳ぎを見て凛の嫉妬的な感情が自覚されていくのも、よく出来たストーリーだなぁと思わされる。


きんいろモザイク 第1話 『ふしぎの国の』
『きんいろモザイク』が他の萌え4コマ原作空気系アニメとは異なる印象を残したのは、やはりこの第1話があったからこそ。初めてイギリスに行く忍にとって、そこの景色は何もかも新鮮なものばかり。現地でのロケハンを踏まえた緻密な描写によって、そんな驚きの数々が視聴者にも伝わってくるよう豊かに描かれています。そして日本語しか話せない忍と、英語しか話せないアリスの心温まる交流が素晴らしい。帰国する忍をアリスが見送るあの名シーンは伝説。原作には存在しないエピソードで第1話を作ると決め、これだけのものを作り上げたスタッフさんに拍手。僕がイギリスに行く直前の放送だったこともあって、個人的な思い入れもあります。


そして今年のベストエピソード。

戦姫絶唱シンフォギアG EPISODE 10 「喪失までのカウントダウン」
ひびみくの物語の集大成。『シンフォギア』にしか生み出せない感動がここにあります。船上での対話の静けさ、バトルの熱さ、「思いつきを数字で語れるものかよッ!!」などの名台詞の目白押し。全ては2分40秒の「RAINBOW FLOWER」の決闘に結実します。現代声優界最高の逸材(たぶん)である悠木碧が演じるところの立花響の叫びが、決意が、歌が、見る者の心を震わせてやまない。決闘系百合アニメ(僕が命名した)の歴史を大きく更新した瞬間だと言えるでしょう。

なお、「なぜ立花響は『笑顔のサヨナラだ』を歌わなかったのか」というようなタイトルで長文のひびみく語りを書こうと思っているところです。しかしいつになれば書けることやら。


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2013年12月30日

SAOを叩く文章の目次を考えてみた

「何故僕がSAOを叩くのかをちゃんと説明すると卒論を軽く超える字数の文章ができる」って言ったら「書いてよ」って言われたけどさすがに書く時間はないので目次だけ作ってみました。



ソードアート・オンラインの罪――僕がSAOを許せない理由

1. 幸せだった時代
1-1 SAOに求められていたもの
1-2 原作者の黒歴史
1-3 アニメ開幕
1-4 ネトゲの世界に生きること――OPとEDの素晴らしさ
1-5 序盤の良エピソード「ビーター」

2. 失われた内省、自己愛の暴走
2-1 転換期「黒の剣士」〜「幻の復讐者」
2-2 この世界における女性とは何なのか「心の温度」
2-3 敵を作って嫁との絆を育てる「黒と白の剣舞」「紅の殺意」
2-4 個人専用スキル「青眼の悪魔」 
2-5 AIを娘にする「朝露の少女」「ユイの心」
2-6 理解不能の結末「世界の終焉」

3. キリトのための奇妙な世界
3-1 [綺麗なチート]から始まる第2部
3-2 キリトと対立した人間は悪人になる「世界樹へ」
3-3 史上最低のエピソード「ルグルー回廊」「猛炎の将」
3-4 誰もがキリトのために生きている「絆」
3-5 信じられない結末「鍍金の勇者」「世界の種子」

4. SAOが犯した罪
4-1 異世界ファンタジーの亡霊
4-2 ネトゲアニメの未来を奪ったSAO


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2013年11月11日

宇野常寛さんの『叛逆の物語』評論と、僕がそれに納得できなかった話。


まどか☆マギカ新編、『叛逆の物語』のネタバレを含んでいます。







 まずは宇野さんの『叛逆の物語』評について、「宇野常寛のオールナイトニッポン」(11月8日金曜深夜)で聞いた内容を以下に簡単にまとめてみます。


 新編は途中まで、TV版と同じようなことをやっている。つまり、繰り返す時間(現代社会の比喩みたいなもの)の中に囚われていて、そこから脱出すると「どうやって成長したらいいのか」みたいなイメージを掴める。新編でほむらは、まどかへの思いをきっかけに繰り返す世界から脱出していく。そこで鍵になるのは同性同士の友情。ここまではTV版でも描いたものを角度を変えて掘り下げただけ。

 新編にはここから先がある。ほむらは、まどかがTV版で自分を犠牲にして作った平和を一部ひっくり返し、台無しにしてしまう。ほむらはそれでかまわないんだという決意をする。
 これはどういうことか。まどかが作った世界は、誰も傷つかないで済む、完全にシステム化され、完全な正義が実現された世界。しかしほむらはそれに耐えられない。そのような世界は正しいのだけれど物足りなくて、欲望が解放できない。ほむらはそのようなシステムに耐えられなくて、悪と呼ばれることも承知で、開き直って小さな世界に閉じこもってしまう。

 ここで同じ虚淵さんが脚本の『Fate/Zero』を思い出してみると、よく似た内容がある。この作品では、二人の主役が出てくる。一人は世の中の仕組みを悟っていて、そのせいで空虚であり、欲望とかがない人物(言峰綺礼)。もう一人は、現代社会には絶対的正義なんて無いとわかっていながらも、悪と言われることも承知で、自分なりに悪と正義を切り分け、正義になろうとする(衛宮切嗣)。『Fate/Zero』はこの二人の衝突を描いている。

 この二人は、(おそらく、宇野さんが『リトル・ピープルの時代』で語ったところの)「世界の終り」と「ハードボイルド・ワンダーランド」に対応する。そして、悟ってるんだけどそのせいで空虚な言峰は、TV版での結末でまどかが作った世界に対応する。自分の正義とか美に殉じちゃう衛宮は、新編の結末でほむらが作った世界に対応する。虚淵玄の作品では、どちらにおいてもこの2つが衝突している。

           世界の終り = 言峰綺礼 = TV版の結末でまどかが作った世界
ハードボイルド・ワンダーランド = 衛宮切嗣 = 新編の結末でほむらが作った世界

 『仮面ライダーW』は、勧善懲悪が通用しない現代で、それを復活させようとした作品だった。小さな街だけを舞台にして、引きこもることを選んだ。そして「ある街の正義は別の街の正義とちがう」という前提から逃げた。『W』の最終回は『まどか』新編とそっくりだが、『まどか』新編のほうがずっと深度がある。美醜とか愛とか人間的な価値を求めるためには、ときにはシステムに背を向け、小さく引きこもらなきゃいけないことがある。でもそれは悪になるかもしれない。自分の信じる正義とかを実現すると、誰かにとっては悪になるかもしれない。そういうことを描いていて、これは『W』が描けなかったところ。

 正義とか悪とかをどうしても描かなければいけないジャンルである仮面ライダーで、虚淵さんが何を描くかに注目(『仮面ライダー鎧武』)。『まどか』はセクシュアリティとか、他の面から見ても面白い作品ではあるけどそれは別の機会に。


 ……というのがオールナイトニッポンで宇野さんが話した内容でした。



 しかし個人的には納得できないところが多い。


 ほむらには「まどかのため」というたった一つの行動基準しかなくて、その基準で新しい世界も作られている。自分なりとはいえ功利主義的な倫理を通そうとした衛宮切嗣の行動や理念とは程遠い。
 ほむらがまどかの作った世界に叛逆したのは、単にこの世界ではそのまどかが犠牲になっているからであって、「正しいのだけれど物足りなくて、欲望が解放できない」システムに耐え切れなかったからなんかではない。まどかの世界が空虚だという描写はどこにもなかったと思う。
 なので、なぜ言峰がまどかの世界に、衛宮がほむらの世界に対応させられるのか、自分には全然わからない。

 それに「世界の終り」って『リトル・ピープルの時代』では「(宇野さんの言う)ナルシシズムの記述法」の話じゃなかったっけ。だいぶ関係ない話になってないかな。あの本の内容をよく憶えてないので、ちょっとここはわからない。



 宇野さんは「自分の信じる正義を実現すると、誰かにとっては悪になるかもしれない」っていう話を新編が描いたと言う。でもそんな話は、『まどか』では最初から前提となっている世界観だ。
 いくらでも例は出せるけれども、たとえば7話の時点で「希望を祈れば、それと同じ分だけの絶望が撒き散らされる」 「そうやって差し引きをゼロにして、世の中のバランスは成り立ってるんだよ」って杏子が言っているし、杏子の過去もそういう話だ。
 さやかは確かに「何人か救いもしたけど」、「その分、心には恨みや妬みが溜まって」他の人を傷つけたり死なせたりした。
 ほむらはまどかを救うために、さやかを殺そうとしたこともある。
 最終話のまどかが魔法少女の末路を救おうとして世界を改編したことですら、元々いなかった魔獣という存在を出現させてしまった。
 そういう世界であることはTV版の時点で誰もが承知なのであって、いまさら新編から読み取るような話じゃないと思う。



 「まどかが作った世界」を「誰も傷つかないで済む、完全にシステム化され、完全な正義が実現された世界」だと言うのは、作品の誤読だと思う。
 魔獣は暗躍してたし、魔法少女は戦い続けて死ななきゃならないし、エントロピーの問題は解決が遠のいたし、QBも陰謀をめぐらせていた。
 ほむらが最終話で「たとえ、魔女が生まれなくなった世界でも、それで人の世の呪いが消え失せるわけではない」「世界の歪みは形を変えて、今も闇の底から人々を狙っている」「悲しみと憎しみばかりを繰り返す、救いようのない世界」と言っていた通りだ。
 新編でのほむらの世界改編と同じように、TV版でのまどかの願いも「完全な正義」なんかでは全然なかった。

 「まどかが作った世界」と「ほむらが作った世界」を対比させるのも良いけど、こと「正義と悪」の話で語るならば、その2つの世界は本質的にはまったく同じだ。
 その2つのどちらの世界においても(あるいは一番最初の世界でも、もっと言えばこれから何度改編を繰り返した世界でも)、本当に根本的なところは何も変わらない、っていうところが『まどか』らしいところだと思う。宇野さんの読みはなにかがおかしい。



 全体的に宇野さんは、自分が持ってる理論の側に作品を引き付け過ぎている気がする。宇野さんが自著で自分の思想を展開する中で作品の一例として『まどか』をこのように論じるのならまだ許容できるけど、『まどか』の作品批評としてこの議論はちょっと受け入れがたいなぁ、という気持ち。

posted by おりあそ at 15:16| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年11月03日

母性vs愛vs正義 まどか『叛逆の物語』感想メモ


昨日ようやく『叛逆の物語』を観てきました。以下、とりあえずの感想メモです。
ネタバレも入っています。




● 『叛逆の物語』のサービス精神

『叛逆の物語』のシナリオを、純粋に物語としての出来具合だけで評価するのも結構ですが、僕は初めに、この映画が娯楽作品として、幅広いニーズにほぼ完璧に応えていることを大いに評価したいです。

まず、TVシリーズの終わり方からして続編を作ることだけでも困難であっただろうに、ほぼ全ての登場人物にしっかり出番や見せ場を作っています。特に、TVシリーズで不遇な扱いを受けたマミさんやさやかちゃんの活躍は、彼女らのファンが一度見てみたかったものでしょう。

そして映画の前半部分には、5人が協力しての戦闘とか、杏さやのキャッキャウフフとか、全員分の変身シーンとか、ファンが見たかったであろう、でもTVシリーズでは決してあり得なかった、いろんなシーンがたくさん詰まっています。

ファンが見たいものをしっかり理解して、それを限られた尺と物語な条件の中で存分に披露してくれました。このサービス精神はすごい。あらゆるファン層のことを考えて、最善のものを作ってくれたのだという気がします。




● 物語のルールを順守する『まどか』

そして、TVシリーズにも今回の劇場版にも言えることですが、『まどか』という作品には、なんというか“反則”的なものがありません。

たとえば、よく比較される『エヴァ』には、世界観の説明をかなぐり捨てたり、観客を映してみせたりという、なんだか“反則”的なものがよく見られます。『ウテナ』や『ピングドラム』の世界はあまりにも不条理な現象で満ち溢れていて、何が起きているのかはっきり分かることは殆どありません。

それらに比べると、『まどか』の物語は理屈が難解でありながら、設定に沿ってしっかり辻褄が合っており、それが作品内でほぼ説明されきっています。


こうして見ると『叛逆の物語』は、けっこうキツい条件を自らに課しているように思えます。豊富で多様なサービスを用意し、物語の理屈もきっちり通す。その上でなお、これほど惹き込まれる謎解きのシナリオと、予想を裏切る驚きの展開を作ったのは、それだけで本当にすごいと思っています。




● 何より映像が素晴らしい

語彙が貧弱で申し訳ないのですが、TVシリーズに続き今回の劇場版も映像的な驚きだらけでした。見たことのない、訳の分からない魅力的な世界が、2時間に渡って次々と出現し続けるのです。『まどか』の世界がまだこんなに斬新に生まれ変われるのか、と感じました。この映画を10回以上リピートしてるような人々を、特別に奇異には感じません。それぐらい何度でも見たくなる映像だと思います。

OPとEDもかなり印象的でしたね。特にOPの、ほむらだけが座り込み、他の4人が周りで踊るとこ、衝撃的でした。




● 感情の揺さぶりはあまり強くないかもしれない

もしかしたら低評価の原因になるかもなぁと思ったのは、観る側の感情を強く揺さぶるシーンは意外と少なかったところです。謎解き的な要素や、状況や理屈の説明で忙しかったこともあってか、登場人物の心情を丁寧に描く部分もそれほどありませんでした。ほむらや杏子の心情にはもっと寄り添ってもよかったのでは、という気はしないでもないです。

とはいえ、必要以上に感情移入を迫らないのは『まどか』の良いところなのかもしれません。『コードギアス』や『進撃の巨人』のように、主人公の激情を描きまくる作品だと自動的に感情移入してしまって心が揺さぶられるわけですが、それだけが良いアニメのあり方ではないはず。登場人物たちを少し離れて観察して、その言動の微細に感情を読み取り心を打たれる、『まどか』はそういう楽しみ方に適した作品だと思います。




● 『叛逆の物語』は、ほんの序章に過ぎない?

今回の劇場版『叛逆の物語』は、本当に重要な物語のほんの始まりに過ぎないという印象を受けました。というのも、『叛逆の物語』を終えて、主役3者の相容れない価値観とその対立の構図がはっきり示されたように思われるからです。

母性と秩序の神「まどか」と、
愛と欲望の悪魔「ほむら」と、
功利主義的な正義を執行する「キュゥべえ」。

TVシリーズのストーリーでも、まどかとほむらの価値観は異なっていて、それが切ないすれ違いの物語を構成していたわけですが、今回のほむらの「叛逆」によって、その相違が明確な対立になりました。

『叛逆の物語』ではほむらが暫定的な勝利を収め、まどかとキュゥべぇはその支配下に置かれたようです。しかし、まどかは円環の理を思い出しかけていますし、このままでは終わりそうにありません。ボロボロになったキュゥべぇの瞳が映るラストシーンは、今後のキュゥべぇによる逆襲を予期させます。

次の作品では、この三つ巴を中心に、さやかなど他のキャラクターを含め、世界の在り方を賭けた戦いが展開されるのではないでしょうか(推測)。



何より、終盤のあの渡り廊下のシーン、ほむらがまどかに、いずれ貴女の敵になるかもしれないと言っていたのが印象的でした。

愛する者と、愛のために戦う物語が、きっと始まるのでしょう。


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2013年09月28日

シンフォギアG最終回に対する主な不満点 「手を繋ぐ」というテーマを描き切れてないことについて

(最初ツイッターに投下しようと思ってたので、文章が細切れになってますがご容赦ください)


G全体で、二課サイドの物語は、ひびみくもクリつばもちゃんと描いてたし良かったと思う。フィーネサイドの物語は、きりしらはまぁまぁでしたがマリア関連はよくわからなかった。二課とフィーネサイドの交流は、響と調の関係をなんとか描いたものの、他の組合せは全滅。



最終回で深刻な問題なのは、装者6人が協力してる理由がほとんど単に「当面の危機を乗り越えるため」っていうだけって点ですよね。そんな6人に手を繋がれ、絆の証っぽい協力バリアとか協力必殺技を使われても、そこには何の感慨も無いというか。

やっぱり二課側の3人とフィーネ側の3人とは、共同戦線を張る、という程度の間柄だと感じました。そしてそういう間柄の2グループにふさわしいカッコイイ戦闘の魅せ方は、全員手を繋いでの必殺技みたいなのではなく、もっと他にあったと思います。

それでも6人に手を繋がせなければならなかったのは、それが響のアームドギアであり、シンフォギアのテーマの一つだったからです。だとすればこれまでに響がフィーネ側の3人と対話しなければいけなかったのだけど、それができなかった。

調はできたとしても、マリアさんとは12話ラストで初めての対話だったし、切歌とは最後まで何も無し。まぁ、今作の響は左腕やらガングニール侵食やらvs未来やらで忙しすぎたからしょうがない。

なので響の代わりに翼さんやクリスちゃんがフィーネ側と対話しなければいけなかった……が、この二人も何もしてなかった。二人のあいだの関係で精一杯だったようだ。

おかげさまで、最終回になっていざ必殺技という場面になってあわてて、翼「惹かれ合う音色に、理由なんていらない」とか、クリス「わたしも付ける薬がないな」切歌「それはお互い様デスよ」とかいうバカみたいな会話をしなければいけなくなってしまった。

(いや、後者のクリス×切歌は会話自体はわりと良いと思うんだけど、ここまでの対話何も無しで、こんな理由でいきなり手繋いで命懸けの必殺技みたいの繰り出されても笑うしかない。「手を繋ぐ」が安くなりすぎだろ……)



やはり最終回、いたるところで装者たちは「手を繋ぐ」とか「仲間が居る」っていうことに触れているし、実際それが必殺技の決め手っぽいので、これがシンフォギアGの最終的テーマなんだとみなさざるを得ない。

だけど、二課側の3人、フィーネ側の3人はそもそも最初から手を繋げている仲間だったわけで。だとすればシンフォギアGの肝心要の部分は、二課側の3人とフィーネ側の3人がどう繋がったかっていう話になるんだけど、それが響と調のライン一本だけっていうのは……

まぁ、どのみち70億の歌だから、6人の中の話なんてどうでもいいのかもしれないけど……

人数の少なかった1期はそのへんしっかりテーマを描けていたと思う。過去の出来事に由来する確執を乗り越えて、お互いに戦士として認め合う関係になった響と翼。戦場で絆を深め、敵味方の壁を乗り越えた響とクリス。この3人が響を中心にして「手を繋ぐ」のはよくわかる



やっぱGは、敵味方の関係ではなく、ひびみくとかつばクリとかきりしらとか味方内での関係が素敵に描けていた作品だったと思うし、それ自体はとても良かったので、最終回のテーマをどこに絞るかっていう部分を、もう少し考えたほうがよかったのではないかなぁ

あと、途中までガングニール侵食による響の運命がテーマだったのに、それを11話冒頭で失ってしまったので、そのあとのテーマ性に困ったっていう面もあるのだろうね。5〜10話の不吉な緊張感のある展開が一番面白かったし、変な言い方だけど10話を最終回に持って来れれば一番良かったような気がする

posted by おりあそ at 23:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年08月31日

シンフォギアG 9話メモ(ネタバレ)

● さりげ上手いと思ったのが、今回の中ほどで司令に「英雄故事」を歌わせておいて、ラストで未来さん装者化をもってくる、という構成。すでに情報として、キャラクターソングがシリーズで(マリア×翼の1枚以外に)7枚出るということ、そのうち6枚は響・翼・クリス・マリア・切歌・調であることは明らかになっていた。だからあと1枚が誰なのか、っていうところに既に視聴者の注目が集まっていて、有り得そうな候補は司令、未来、セレナあたりだと言われていた。「この中で誰が歌うんだろう?」っていう議論になっていたわけだ。そこでこの9話、単純にいきなり「未来さんでした」と行くんではなく、一度視聴者に「司令かよ!!!」って思わせるフェイントをかけておいて、ラストで未来を出してくる。
このシンフォギアというアニメ、1期の最初の『喰霊-零-』的ミスリードからそうなのだけど、雑誌とか公式サイトとか、作品外部の情報まで使ってアニメを盛り上げてくるのが上手だなぁって思っている。用語説明も毎週更新されるし。まとめて見るより、毎週1話ずつ見るのに向いているアニメだと感じる。

● 未来のシンフォギアの色が紫。GのEDの未来のシルエットが紫なのは、その場限りの設定ではなかったようだ。これにより、僕が以前に呟いた、1期6話の下着の色がひびみくでお互いの色になってる、っていう話がより説得力をもってきたぞ。


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2013年06月29日

僕と女性向三国志の世界のお話。

(もともとリプライのつもりで書き始めましたが、長くなりすぎたのでブログ記事にしました)


僕が見ていたのは主に12〜6年前ぐらいかと思います。当時はBLなんて言葉を聞くことは少なく、女性向という遠回しな言葉が使われていることが多かったですね。もっと直接的な表現としては「やおい」もありましたが、あまり使われていなかったような。

一番最初に偶然見かけたのは荀ケ×徐庶っていうレアなCPでした(たしか「笛吹堂」っていう、郭嘉×曹操が中心のサイトでした。このCPは火葬と略すのが一般的でしたかね)。最初の頃は何のことかわからず、「房中術って何だろう?」みたいな感じだった気がします。

だんだん意味がわかってくると、歴史系裏電網探索とかでそっち方面のサイトをめぐるようになっていました。当時の鉄板人気は惇兄×曹操(遁走)と曹操×荀ケあたりだった気がします。

当初は魏、特に荀ケを中心に見ていたと思います。魏では後に、鍾ヨウ×荀攸っていうCPが好きになりました。荀攸がなぜかドSの鬼畜だったり、ほんわか癒し系だったり、実にいろいろでした。

当時の潮流としてはだんだんイッヒが盛り上がるようになってきていて、僕も「月下庭園」「花天月地」「Dark Side of the Star」などのサイトをよく見ていました。イッヒや郭嘉×陳羣人気の周辺で、呉質×郭奕なんてマニアックな人たちも注目されていましたね。

蜀のほうはあまり見ていませんでした。馬超、劉備、諸葛亮あたりに興味がもてなかったので、CPが限られてしまったせいかもしれません(関羽や張飛は髭キャラなせいか、やおい人気は薄めだった記憶です)。それでも姜維や趙雲の周辺で少しは読んでいました。

無双系もあまり見ていなかったので、僕はよく知らないかもしれません。中国演義遊戯(三國無双解体新書)の投稿小説のコーナーとかである程度雰囲気は掴んでいましたが……。個人サイトでは無双準拠とそうでないものを分けているところが多かったですね。

中学生の頃に僕の興味はだんだん呉に移っていきました。特に女性向ではなかったですが「江東の空」「雨天好日」というサイトがお気に入りでした。呉ではやはり周瑜人気は圧倒的で、策瑜や瑜策が中心でしたが、周瑜総受け状態になっているものもよくありましたね。

僕は興味がなかったのですが、甘寧×凌統あたりの人気も根強かったですね。僕が見ていたあたりでは、孫河や呂範がけっこうスポットライトを浴びていて、CPに組み込まれていました。

僕が見ていた頃は、イッヒと並ぶくらいに、孫権人気が高まってきていた時期のような気がします。僕も「ONE STEP」という策瑜メインのサイトで権陸SSを見かけたあたりからか孫権にハマっていきました。

最終的には僕は孫権の学友である朱然に魅力を見出し、孫権×朱然というCPに至りました。このCPを扱っていたサイトは本当にごく僅かでしたが、脳内補完で楽しんでいました。この2人に陸遜、胡綜、周瑜あたりを加えた人間関係が一番お気に入りでした。

あと全体的には、国や勢力を越えたCPがけっこう多かったのが印象的でしたね。僕はそういうものをイマイチ理解できなかったのですが、まったく会ったこともないはずの2人がCPになっているものが多くて面白かったです。

ひとまずこのへんで。
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2013年01月01日

2012年テレビアニメ 個人的ベストOP、ベストED、ベスト規制


2012年のテレビアニメから、個人的なベストOP、ベストED、ベスト規制()を選んでみました。


【ベストOP】

戦姫絶唱シンフォギア「Synchrogazer」
ストーリーを示唆する、あるいはどういう意味か視聴者に考えさせるようなシーンが多く、オリジナルアニメらしいOPだったと思います。冒頭のカッコイイ映像、サビのリズムにあった響の動きなど、良いところもたくさん。「きっと、生まれた日から出会える日をずっと探してたんだ」のところも好き。



【ベストED】

ハイスクールD×D 「STUDY×STUDY」
とにかくスゴいとしか。新しいアイデアをたくさん盛り込み、オカルト研という共同体の魅力を描き出した1分半。


AKB0048 「夢は何度も生まれ変わる」
主役たちの汗と涙に焦点を当てたOP「希望について」に対し、このEDでは、長い歴史の中でのアイドルの存在という『AKB0048』のもう一つのテーマを扱っている。廃墟から生まれてくるもの、灰の中から蘇るもの。寂れた街を背景に主役たちのシルエットが踊り、やがて少しずつ明かりが灯り出すというシンプルな映像でありながら、このテーマを見事に表現している。



【ベスト規制】

未来日記 第13話 Cパートの規制
HAPPY!!?と書かれた赤いリングが胸と股間の周りに2つ回っている面白い規制。意味はよくわからないが、よくある光渡しとか黒塗りとか湯気とかいう規制とは明らかに一線を画している。平面的な規制から立体的な規制になり、単調でつまらない「どうせ見えない」規制から、動きのある「つい見てしまう」規制になっている。従来型の塗り潰し的規制方法と異なり、おっぱいとかが「そこにある」感じがするのがとても良い。BD/DVDでは胸周りのリングは外れたらしい。





おまけ

【 アニメ『ソードアート・オンライン』 ワースト5エピソード 】
アニメSAOの中でも、本当に酷いと思うエピソードを5つ選んでランキングにしてみました。

第5位 #14「世界の終焉」
茅場ことヒースクリフとキリトの、世界の解放を賭けた一騎討ち! キリトを庇ってアスナが死に、キリトも刺し殺される。 しかし直後にキリトが謎の復活を遂げてヒースクリフを倒し、死んだはずのアスナも何故か生きている! これまで死んだ人々はなんだったのか、理解不能の理不尽エピソード!

第4位 #24「鍍金の勇者」
須郷に陵辱されかけるアスナを助けたいキリトだが、須郷の重力スキルで動けない! そこに現れたのは死んだはずの茅場! 茅場に管理者権限を与えられたキリトは復活し、数千人を殺した大量殺人犯の茅場を英雄のように讃える! 定番のBGMが流れ出し、キリトは須郷をぐちゃぐちゃに斬り裂く! 基本的に意味がわからないエピソード。

第3位 #9「青眼の悪魔」
段違いに強いボスが登場! 「軍」の精鋭が次々に殺される状況で、キリトたちも大苦戦! そこでキリトはこれでは仕方ないとばかりに、今まで隠していたキリト個人専用スキル「スターバーストストリーム」を炸裂! お決まりのBGMと共に、一人でボスをボコボコにしたのであった! オンラインゲームで個人専用スキルなどとは本当に噴飯モノである。

第2位 #19「ルグルー回廊」
キリトとリーファの前に、サラマンダーの一隊が現れた! よく指揮された魔法騎士たちにキリトたちは苦戦! しかしここでキリトがある呪文を唱えると例のBGMが始まり、キリトは体長10mはあろうかという巨大な悪魔に変身、サラマンダーの一隊を造作もなく壊滅させたのであった! ゲームバランス崩壊ってレベルじゃねぇぞ!

第1位 #20「猛炎の将」
他国間の揉め事に割り込んだキリトは、ALO最強プレイヤーのユージーンと対決! 苦戦し敗れかけるキリトだが二刀流にすると突如覚醒、いつも通りのBGMが流れ出し、ユージーンに圧勝した! そしてキリトは女の子にモテモテに! まったく同じパターンを2話連続でやってしまったのがスゴいし、どうしてこのアニメはこうも同じパターンの安直なエピソードばかりなのか本当に理解に苦しむ。


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2012年12月31日

話数単位で選ぶ、2012年TVアニメ10選

「話数単位で選ぶ、2012年TVアニメ10選」を、今年もやってみようかと思います。

ルール
・2012年1月1日〜12月31日までに放送されたTVアニメ(再放送を除く)から選定。
・1作品につき上限1話。
・順位は付けない。

今年は、最後までちゃんと見たアニメが12作しか無いという酷い状況で、見きったアニメほとんど全てから一話選ぶような形になってしまってはいるのですが……

順位は付けないそうですが、なんとなく本気で推しているものほど下になるように並べています。
では、早速。



あの夏で待ってる 第2話「先輩といっしょ…」
檸檬先輩がみんなにお酒飲ませてる後半が良かった。酔っ払ったみんなの反応も良かったしテンポも良かった。それだけです。


ハイスクールD×D 第1話「彼女、できました」
日常世界から非日常の世界に接続していく第1話ですが、その移行の部分が非常に上手だと感じました。かなり動きのあるストーリーが自然に詰め込まれていて、あれよあれよという間に作品世界に没入させられてしまう。共感を誘う主人公も良くて、死にそうになるときのモノローグなんかも現実味を感じさせる。合間合間で、2話以降の舞台となるオカルト研もしっかり雰囲気を醸しだして登場している。おっぱいだけのアニメじゃないのだ。


未来日記 第22話「切断」
刺激的で面白かった。まぁ、これだけの登場人物を一度に殺せばそりゃ面白くもなるか、っていう気もするが……。秋瀬或による謎解きの大詰めにドキドキした記憶があります。そして、実はものすごく『エヴァQ』的な話だよね……。秋瀬=カヲルくんや他のみんなが必死で止めるのに、ユッキー=シンジくんが「みんな僕を騙したな!!!」ってなって取り返しのつかない殺人をしていってしまうあたりとか。結局カヲルくん死ぬし。


Fate/Zero 第二十三話「最果ての海」
さよなライダー! いわゆる“名君”像とは程遠い姿ながら、王のあり方の一つの理想形、完成形として描かれたライダーは素晴らしかったですね。この作品全体を通しても、ウェイバーとライダーの話は一番安心して見ることができました。ライダーは死に、ウェイバーは生き残るという話になるだろうことは最初から分かりきっていましたが、それでも十分に滾るものがあった回でした。


戦姫絶唱シンフォギア EPISODE 9「防人の歌」
今年のアニメで一番笑ったネタ、風鳴翼(≒水樹奈々)による「恋の桶狭間」に対する表彰です。参った。


ブラック★ロックシューター EPISODE 04「いつか夢見た世界が閉じる」
ヨミの希望から絶望への相転移、絶望へのジェットコースターを一話にして描き切った壮絶な回。これまでのヨミは、カガリに過剰に必要とされている、カガリに束縛されているという形でだけ描かれていたが、この回で実はヨミもまた、カガリに必要とされることを必要としていたということが露呈する。視聴者の予想の裏切り方が上手く、第2話までで描かれた人間関係をさらに一段と掘り下げて描いてみせたところが見事。


ソードアート・オンライン #2「ビーター」
第1話で、元βテスターであるキリトは、他のプレイヤーたちを出し抜いてレベル上げするためソロで街を出た。この第2話では第一層ボス攻略に参加するが、攻略会議を組織したディアベルが戦死し、みんなのことを託されてしまう。キリトは、ディアベルが元βテスターでありながら一人だけで生き延びようとするのではなく、人々と共に戦おうとしたことを思う。ボスを倒した後、元βテスターの存在をめぐり仲間割れしそうになる人々を前にして、キリトは自分一人だけ悪役となり、他のみんなを団結させる道を選ぶ。この回の始まりと結末で、キリトはどちらにおいてもソロプレイヤーなのだけれども、その意味はまったく違っている。……という秀逸なストーリー。この頃のSAOは面白かった。



以下は今年のベスト3。


AKB0048 Stage 1「消せない夢」
「わたし、寝たフリしてたはずだった。でも、いつの間にか、本当に眠ってしまっていて…… あの憧れのステージで、友歌と織音は、AKB00メンバーになっていた。歌って踊る二人を、綺麗だと思って……。 そこにわたしがいないのは…… いないのは……。 あきらめたポスター。 ぽつーんって、空いた場所。 埋まらない、隙間。 ……。 ……。 私、やっぱり……。」
「会いたかった」アレンジと共に凪沙のモノローグが流れる、この一連のシーンがどうしようもなく好きなんですよね。説明のしようがないけれども、素晴らしい。
「大声ダイヤモンド」「最終ベルが鳴る」「会いたかった」などを意識したと思われるラストの疾走シーンも、AKBのイメージを見事に表現している。あと、この回のランカスターの、寂れた鉱山都市の風景が実に美しい。
Stage 6「初めての握手会」や、Stage 9「キモチリレーション」とも迷ったのですが、見直してみてやはり第1話かなと。


ちはやふる 第二十一首「わがころもでにゆきはふりつつ」
クイーン戦予選1回戦での天才りりかちゃんとの対戦。
りりかの大きな耳の話とか、母親の「かるただってなんだっていい なにかを大好きになってほしい 自分を大好きになってほしい」とか、「宝物にしてきたんだ 簡単に触れないで」とか、新と村尾さんのエピソードとか、泣きどころだらけの感動回です。EDが特殊バージョンになっていて、名人・クイーン戦に向けて大きな展開に入る雰囲気を醸しだしています。
音とか画面の演出も素晴らしくて、たとえばりりかのかるたがどういうものなのかとか、千早が途中でどういうふうに取り方を変えたのかとか、素人には到底わかりそうにないものが伝わってくる。シリーズ全体に言えることですが、試合会場の空気感を表現する力がすごい。



そして今年のベストエピソード。


ギルティクラウン phase16「王国:the tyrant」
ギルクラの主題の一つは、“リーダー”あるいは“王”というものがいかにあるべきか、という点にあったと思います。第1クールでは涯がリーダーとして一つの完成形にあり、第2クールでは居なくなった涯の代わりに集がリーダーになろうとする。最初は仲間の声をよく聞き、仲間を大切にする、そういうリーダーになろうとする。しかし集は第15話での失敗と祭の死という挫折を経て、それではこの困難な状況から脱出することはできない、独裁的な政治体制を敷き、能力によって仲間を差別し、仲間を苦しめることもしていかなければ仲間たちを助けることはできないのだと悟るようになる。ここに至って、“罪の王冠”というタイトルの意味が明らかになるわけです。ヴォイドという一風変わった設定も、まさしくこのことの比喩でありました。仲間たちのために、リーダーは仲間たちを武器として用いて戦わなければならない。
脚本家が同じであるコードギアスと比べると、“リーダー”という点において、ギルクラはギアスを深化させかつ乗り越えようとした作品であるように思えます。主人公の戦う動機こそ異なりますが(ルルーシュは単に妹だけのため)、ルルーシュは作品中ほぼ一貫してこのギルクラ第16話の集の境地にある。ルルーシュは狂ってるのでそれが当たり前なわけですが、ギルクラでは集という凡人の主人公を通して、この境地を選択することの意味や辛さを描いています。ギルクラはさらにこの後、この境地を再度否定してそれを超えるリーダー像を描こうとしており、それはあまりに安直かつ幼稚なもの(不可能なレベルの自己犠牲)となってしまいましたが、とにかく第16話は面白かった。



posted by おりあそ at 23:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年11月22日

エヴァQメモ


シルポくんとの対談を踏まえて、エヴァQメモ書き。


★ 最大の見所=カヲルくんとシンジくんの(象徴的)セックス
・ピアノ連弾 「上手く弾く必要はないよ」「ただ、気持ちの良い音を出せばいい」
・星空を眺めて添い寝 「いいねぇ。二人で横たわるって」「こんなに心地良いとは知らなかったよ」「ありがとう。誘ってくれて」

セックスのメタファーなんだけど、まぁそういうメタファーっていろいろ工夫のしようがありそうな中で、あまりにも直接的(半ば下ネタ)な表現を使ってしまっている点が素晴らしい、というシルポくんの指摘には笑った

カヲルくんはシンジくんにとって他者ですらない。カヲルくんとのセックスは母親の乳飲んでるとかそういうのに等しい(シルポ談)


★ 「破」で一般的だった、「シンジくんが成長した」という解釈を真っ向から否定するストーリー
シンジくんちっとも成長してないいいいぃぃぃぃ
アスカの「バカシンジ!」が「ガキシンジ!」に変わったことに象徴されるように、シンジくんの精神的幼児性がとにかく強調されている話でした。
全体としても、シンジくんが承認欲求で暴走して大惨事を引き起こしてしまいました、っていう程度のストーリーでしかなかったですからね。

「破」はやっぱり、成長したっぽく見えただけで、あんなの別に成長なんかじゃなかったわけです。
このことを明らかにした点で、「Q」は圧倒的に「正しい」お話でした。


★ 14年後という設定
まぁでも、周りの人たちだけ14年間で十分に成長して大人になっちゃってるっていうのは酷いですよね。
TV版とかでは、アスカやミサトさんやリツコさんなど周りの人々のメンタルもボロボロで、彼女らの成長なり苦悩なりも描かれていたわけですが、今回は彼女らは成長しきってすっかり大人に。
シンジくんは置いてけぼりです。
その分、とにかくシンジくんの成長(できなさ)だけに焦点が当たっているお話でした。


★ その他
・カヲルくんとの絡みで考えれば、基本的にはTV版24話をなぞっているお話。
・しかしとにかく、「ストーリーなんか無かった」という印象が強い
・いたるところで訳のわからないことだらけだが、どうせ次回で説明なんかされるわけもないだろうし、べつにそんな説明されても嬉しくない
・もはやヴィレとネルフ以外に人類残ってるのだろうか?
・SDATは28曲目へ。ところで、14歳+14年=28歳で、アスカたちは28歳のはず。
・戦艦・ヴンダーがすごくかっこいい。敵を振り回す戦闘もかっこいい。
・ヴンダーに乗ってた新キャラのおっさん存在感あったよね。あのへんの新キャラの存在感が14年間の状況変化を実感させていて良い
・マリ、今作もどうでもいい立ち位置だった
・今作のゲンドウにはラスボス感がある。「リリンの王」とは
・綾波どうするの問題。
・今作は乳首が足りない。乳首は見せよう


★ 次回作に対する賭け
シルポくん → シンジくんが成長する
  ぼく   → シンジくんは成長しない

ど真ん中だけど、ゲンドウ倒すっていうストーリーは十分あり得る気がする。
シンジくんが社会に適応できるようになる、他者と触れ合えるようになる、みたいな成長は無いだろうというのが僕の予想。
成長するとしても、EoEみたいな、「自分の中でたしかに何か一つ克服したんだ」というぐらいの“成長”に留まるんじゃないかなぁ。



また何か思い出したら更新。

posted by おりあそ at 23:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする